潜入《2》
いつもの魔女っぽい恰好ではなく、年相応な感じのワンピースが、とても愛らしい。頭の麦わら帽子が非常によく似合っている。
杖は持っているが、装飾が子供向けっぽい感じで、こう……「まじかる☆ビーム!」とか言ったら似合いそうな、おもちゃっぽさがある。
いや、その杖から感じる魔力量からして、恐らく実用品なのだろうが。あれも特注で作ったのだろうか。
もうなんか、ミアラちゃんのことを知っていてもミアラちゃんだとは気付けないであろう、紛うことなきただの幼女が、そこにはいた。
「……何です、さっきの声?」
「え? 何って言っても、私はいっつもこんな感じでしょ、おにいちゃん!」
ミアラちゃんの口から紡がれる、知らない幼女の、可愛らしい声。
いや、確かにどことなく、ミアラちゃんっぽさのある声色には感じられるのだが……脳みそが壊れそうである。
「……とりあえず、お兄ちゃんって呼ぶの、やめてくれませんか」
「ダメダメ、今から君は、私のおにいちゃんだ。それで、自分の妹に『ちゃん』付けで呼ぶおにいちゃんもそんなにいないだろうから、私のことは『ミアラ』と呼びなさい」
「ミアラ、お兄ちゃんはお兄ちゃんって呼ばれるのに、慣れていないんだ。勘弁してくれないか」
「やだー。おにいちゃんは、私のおにいちゃんだもん!」
ニコニコと――いや、ニヤニヤと、それはもう愉快そうな笑みのミアラちゃん。
絶対に楽しんでやがる、この人。
「ちなみにこの声は、別に魔法は使ってないよ、おにいちゃん。私は幼女だからね、である以上、幼女みたいな声も出せるんだー!」
「ミアラ、お兄ちゃんは今、頭がおかしくなりそうだ」
「ホント? じゃあ妹である私が、魔法で治してあげる! 実はミアラ、魔法が得意なの!」
そりゃそうだろうよ。
と、そこで、言葉を失っていた我が刀、華焔が、ミアラちゃんに口を開く。
『……恥ずかしくはないの?』
「え? 全然? だって私、幼女だし」
『……お前様。儂はこの女の、こういう鋼のめんたると、何にも気にしない豪胆さが、昔から苦手』
「……言いたいことはわかるぜ」
世界最強の魔法士は、メンタルまで世界最強だとでも言うのか……。
◇ ◇ ◇
「――で、ミアラ。いったいどういうことなのか、そろそろお兄ちゃんに説明してくれるか?」
俺は、ミアラちゃん完全幼女モードを肩車しながら、歩く。
ここは、会場近くの街中だ。
自由なウチの学院でも、流石に生徒はこっちの方には来ちゃダメと言われているのだが、ミアラちゃんからこちらに行けという指示を承ったので、堂々と規則破りである。
後で俺だけ怒られないことを祈ろう。
ちなみにこの肩車は、当然ながらミアラちゃんが求めたものだ。
より自然な兄妹を演出するために、らしい。
決して俺が求めた訳ではないことは、明言しておかなければならないだろう。
……要するに、ミアラちゃんがミアラちゃんとバレないための、変装のための『兄妹』なのだろう。
誰も、彼女がこんな風に、肩車されてる、なんて思わないだろうからな。
だから、色々と、本当に色々と言いたいことはある俺だったが、それらを飲み込んで、大人しく言われた通りに兄妹のフリをしていた。
「うん、勿論。とりあえず……ごめんね、おにいちゃん。私のせいで、色々と危険も、不都合なこともあったみたいだね」
声音だけは聞き慣れない、ふざけたものだが、しかし態度は真摯な様子で、そう言う我が妹カッコカリ。
「……いや、それはいいよ。わかってたことだし、ほとんど俺が勝手に首を突っ込んだようなものだから」
一日目の朝の、運動場での遭遇は予期せぬものだったが、それ以降は、完全にこちらから首を突っ込んだ形だ。
危険があろうが、何かに巻き込まれようが、自業自得というものである。
「……うん、ありがとう。……それで、『杯の円』のことは、カエンお姉ちゃんからは聞いたかな?」
『……華焔お姉ちゃんは、やめてほしいんじゃが。次元の魔女よ』
「嫌!」
『…………』
いつもは我の強い華焔が、珍しく黙らされている。
とりあえず、今のミアラちゃんは無敵らしい。
俺は何とも言えない曖昧な笑みになりながら、答える。
「あぁ、聞いたよ。ろくでもない考えの、ろくでもない邪教集団だって」
「うん、その通り。でも、私とその邪教集団には、少なからぬ繋がりがあってね。具体的に言うと、私が原因で、生まれた集団なんだ」
一瞬足を止めてしまってから、再度歩き出す。
「……どういうことだ?」
「それはすぐに見せられるだろうから、後でね、おにいちゃん。それで、私はこの大会に、そのろくでもない人達が来るって聞いてね。でも、まだ情報が足りない部分があるから、昨日と一昨日は、その収集に動いてたんだよ。変に感付かれちゃったら、奥に潜られちゃう可能性があったから」
……その辺りは、華焔が予想していた通りだな。
「いやぁ、おにいちゃん達が派手にやっててくれたおかげで、助かったよ。動きがいっぱい活発になって、すぐに尻尾を掴むことが出来て。でもそれは、表の尻尾だけだったから、ここで裏の尻尾も捕まえたいんだ」
「助けになったのなら良かったけど……裏の尻尾?」
「そう。あ、おにいちゃん、あそこで下ろしてー」
「はいはい」
指定されたポイントで、俺はミアラちゃん完全幼女モードを下ろす。
目の前にあるのは、防壁。
王都エルシアをぐるっと囲っていたものだろう。
そして、その防壁の一部に鉄格子の扉があり、そこから地下へと続く階段が見えていた。
「ここは……」
「うん、王都を巡る、地下水道の入り口の一つだよ。……邪教の本拠地には、ピッタリの場所でしょ?」
当然ながら鍵は掛かっていたようだが、スゥ、と彼女が手を振れると、カチリと音が鳴り、まるで最初から開いていたかのように、ギィ、と何事もなく開く。
……なかなか、悪い魔法もあるもんだ。
「フフ、おにいちゃん、この魔法は教えてあげないからね。女の子の部屋とか覗き放題になっちゃうし」
「しねぇわそんなこと」
アンタ俺のこと何だと思ってんだ。
そうして中に入ったところで、ミアラちゃんはこちらを向き、声音を元に戻す。
「さて、ユウハ君。ここから先は普通にしてくれていいよ。監視がいた地域は抜けたから」
「あ、やっぱり監視がいたんすか」
「向こうは絶対に私の動向を知っておきたいようで、いっぱいいたよ。観客に混じってね。今頃は、エルランシア君のところの魔法士が、上手くやってくれていることだろう」
「……ちなみにエルランシア君っていうのは……」
「ん? 国王」
うん、ですよね。
「あぁ、でも、君が私に妹を望むのなら、まだ続けても――」
「本当に勘弁してください」
「そう? なら普通にするけど」
からからと愉快そうに笑い、そして俺を連れて歩き出す。
「話の途中だったね。――そう、裏だ。この邪教の連中は、恐らく何者かに資金提供を受け、今回のを企てたっぽいんだ。そして、学院の襲撃。覚えてるね?」
「……はい」
「あれもまた、裏に何かがいて、唆されてあんなことをしたのだっていうのが、今ではわかってる。フィオちゃんのところの、国の動乱から始まってね。どうやら、何者かが私を鬱陶しく思って、国際社会への影響力を削ごうとしているっぽいんだ」
「…………」
聞く限りによると、今、ミアラちゃんによって、世界は平和を保っているという。
である以上、それを疎ましく思う者達は……必ずいるだろう。
その者達が今、動き出しているってことか。
「ま、でもこっちは、私達大人が解決すべきことだから、君は気にしなくて良い。君にはそれじゃなくて、知ってほしいことがあって、今日呼んだんだ。あ、ケルベロス」
「? ケルベロス――ぬわぁ!?」
曲がり角の先に、なんか普通に、三つ首の、可愛げのないデカい犬が鎮座していた。
「見て、ユウハ君。君なら感じ取れると思うけど、このケルベロスは『式神』タイプだね。実際に肉体を持っている、術か何かで縛った『契約獣』タイプじゃなくて、術者の魔法によって疑似的に肉体が構成された存在だ。実際に命がある訳じゃないから、命令のままに戦い続けることが出来るのが強みだ。だから、基本的には倒すしかない」
「そ、そんな悠長に話してる場合ですか!」
俺は華焔を腰から引き抜き――だがその華焔の方は、全然やる気のないような声で言うのだ。
『落ち着け、お前様。よく見よ、その式神、もう戦えんぞ』
「……は?」
戦えない?
よく見ると、ケルベロス君は一声も鳴かずに三つの頭を垂れており……身体が震えている。
どう見ても、戦意喪失している。
「……式神は、基本的に倒すしかないって言いませんでした?」
「基本的に、さ。彼らは実際に命がある訳じゃない。けど、疑似的にでも生き物を模している以上、根源的な部分には少なからず本能が残っているんだ。その部分で、私と敵対してはダメだと悟ったんだろう」
……サラッと言っているが、まず間違いなくそれは、この人だから通じるトンデモ理論なんだろうな。
何で、魔法も何も使わず屈服させられんだ。
仮の命に恐怖を覚えさせるってなんだ。『実際に命がある訳じゃないから、命令のままに戦い続けることが出来るのが強みだ』って言ったのも、アンタだぞ。
仮でも命は命ってか。
「じゃ、ケルベロス君、そのまま監視頑張って。さあユウハ君、こっちだ」
何もせず、ただポンポンとケルベロスの鼻先を撫で、そのままスルーして彼女は先へ進む。
俺だけ残って攻撃されたらヤバいので、慌ててその後ろを追いかける。
「……ミアラちゃんといると、驚きの連続ですよ」
「フフ、今日はもうちょっと驚いてもらおうかな」
無敵幼女ミアラちゃん。日朝にやってます(やってません)。