潜入《1》
ボックス・ガーデン予選は、どうにか切り抜けることが出来た。
三十人中十三人を俺が斬り、加えて生存ポイントと、他の選手が持っていた隠しアイテムを得たことで、一位を獲得することが出来た。
妨害も、あの一度きり。
一応、「防御魔法が変だった」ということは大会スタッフに伝えたのだが……点検する、という答えをもらっただけだった。
きっと、何も発見されないことだろう。
こうなるのは、正直見えていた。
結局怪我人は出ておらず、大会スタッフからしたら選手を守る機構に不具合があったなど、そう簡単に認める訳にはいかないだろうし、彼らからしたら、半ばいちゃもんを付けられたと思っているのではないだろうか。
ちなみに二位通過は、決着の付かなかった例のエルフ、ルーヴァ先輩だった。
あの人、実力あったしな。
あのままやってたら、俺が負けた可能性もあっただろうし。
どうやらあの人の方は、隠されたアイテムを集めるだけ集め、そして余裕が出来たと見たからこそ、ああしてトラップ地帯を作って他の選手を待ち構えていたらしい。
だから、撃破ポイントは俺の方が圧倒的だが、結果はかなり僅差だったようだ。
「――やぁやぁ、ユウハ君! 無事君も、予選を抜けたようだね」
そして今、そのルーヴァ先輩は、控室の俺のところまで来ていた。
「お疲れ様です。先輩も抜けたみたいですね」
「いやぁ、ホントは一位で抜けられるんじゃないかって思ってたけど、君に抜かれちゃったよ。このリベンジは、本戦でだね!」
爽やかに笑い、ポンポンと俺の肩を叩くルーヴァ先輩。
……こうして、改めて見て思ったのだが……この人、性別……どっちだ?
かなりの美形なのだが、そのせいで大分中性的な顔立ちをしており、ズボンを履けば男性に見えるが、スカートを履けば女性に見える感じだ。
ケガしまくりのこの競技に出ている以上、男性である確率の方が高いだろうし、ウチの学院も女子は出場していないのだが……確証が持てない。
戦っていた際は、この人周囲に紛れるためにわざと服を汚していたし、顔も汚していたし、体形から勝手に男だと思っていたのだが……。
髪は短めだが、女性でもこんくらいの髪の長さの人はいるだろう。
声は、男性にしては高めだが、女性にしては低め。
そして背丈も、男にしては低めだが、しかしいない訳じゃないだろうっていう背丈なのだ。
「……その、失礼なことを聞きますが、ルーヴァ先輩って……男……ですよね? ほ、ほら、種族が違いますから、そういうのがちょっとわかり辛くて……」
性別を聞くなど、相当な失礼だと思うので、若干恐縮しながらそう聞くと――エルフの先輩は、ニヤッと笑みを浮かべ。
「さぁ、どっちだろうね?」
「えっ」
「いいかい、ユウハ君。性別っていうのは、実は曖昧で、個人を識別する際の小さな要因の一つに過ぎない。今の時代、男が男を愛することもあるし、女が女を愛することもある。である以上、大事なのはその人のことをどのように認識するのか。つまり、主観の問題さ」
「は、はぁ」
「で、ユウハ君、君は僕のこと、どっちだと思う?」
「そ、それは、えっと……」
お、男、だとは思うが……けど歩き方や笑い方は綺麗な感じがあり、微妙に良い匂いがする気も――って、何考えてんだ俺は!
だんだん混乱してきて、口をパクパクするだけの金魚になっていた俺を見て、彼? 彼女? は愉快そうに笑みを深める。
「フフフ、そういうことさ、ユウハ君。性別っていうのは、こうして僕のことを見て判別が付かないような、曖昧なものにしか過ぎないのさ。だから君も、深くは考えないでいいんだよ。僕のことは、ただ僕として見なさい」
「……は、はい」
「それにしても君、改めて見るとわかるけど、綺麗な魔力してるねぇ! うーん、人間でこの魔力は、なかなか!」
「そ、そうですか?」
俺の周囲を回り、まじまじと見てくるルーヴァ先輩。
ち、近い。
「……うん! 君のことは、覚えたから。これから、仲良くしてくれると嬉しいな! よろしく、ユウハ君!」
「……よ、よろしくお願いします、ルーヴァ先輩」
そう言葉を交わしたのを最後に、ルーヴァ先輩は朗らかに笑って去って行った。
――ど、どっちなんだ、結局!
◇ ◇ ◇
著しく脳みそがバグったかのような、なんか試合よりも疲れたかのような感覚を味わったが……いつまでも控室で呆けてはいられないので。
とりあえず会場を後にし――と、俺を待っていてくれたらしい面々が、すぐにこちらを出迎える。
「お疲れ、ユウハ! いっぱい見てたわ!」
「うむ、あのエルフとの戦闘は良かったぞ。相手もそこそこの強者じゃったが、押し負けず、しっかり思考して戦えておったな」
「すごいわよ、ユウハ君! 一年で本戦出場、しかも一位通過なんて、お手柄よ!」
「ありがとうお前ら。先輩も、ありがとうございます」
出迎えてくれたのは、シイカ、華焔、アリア先輩の三人。
あれ、シェナ先輩がいないな、と思ったのが顔に出ていたのか、それを察してアリア先輩が言葉を続ける。
「あ、シェナはスタッフとして、君が勝ったのを見た後に、すぐに仕事に行っちゃったわ。まあでも、ユウハ君が頑張ってたところは、最後までしっかり観てたわよ」
「ん、そうですか。忙しい中で、あとで感謝しないとですね。……と、あの、アリア先輩。一つ聞きたいんすけど……エルフって、性差が少なかったりします?」
「え? あぁ、うーん……人間から見ると、そうかもしれないわね。ほら、エルフの子達って、人間から見ると、みんな美形に見えるじゃない? だから、私達からしたらそんな風にも感じるわね」
あ、やっぱエルフって美形が多いんだ。
俺、エルフの知り合いが今までにいなかったから、知らんかった。
……というか、あれだろうな。
ちょっと失礼な想像だが、俺達からすると、猫ってみんな可愛く見えるけど、猫からしたら美醜の差がちゃんとあるのだろうっていう、そういう人種差による感覚の違いで、エルフがみんな美形に見えるのだろう。
「あとは……彼らは命が長いから、その、種を残すっていう本能が他の人種と比べると、ちょっと弱いそうなのよ。それが理由で、人間程しっかり性差を意識することは少ない、とは聞くわね。まあ、その辺りは私達と同じように、個々人によりけり、らしいけれど」
……なるほどな。
それにしたってあの人は、自分が中性的に見えるってことをわかって、わざとあんな態度を取っていたような気もするが……。
……うん、どっちにしろ、ルーヴァ先輩が変な人っていうのはわかった。
「して、お前様。そのエルフとの戦いの際、建造物が崩れた後、変な動きをしておったな。あれは……」
「あぁ、防御魔法、切れてた。あれ食らったらヤバかったわ」
俺の言葉で、華焔は事情を察してくれたらしい。
「……ふむ。邪教どもか。お前様を鬱陶しく思って、排除に動いたのか」
「でもユウハ、ポンポンって飛んでて、カッコ良かったわ! 華焔がいなくても、ユウハ、ちゃんとやれるのね」
「なんか、『はじめての、おかいもの!』みたいな言い方にちょっと思うところがあるが、まああれは俺も上手く動けたと思ってるよ。あんなんに潰されても面白くないしな」
「……ねえ、ちょっと待って。防御魔法が切れてた? 邪教? ……ユウハ君、君、やっぱり何かに巻き込まれてるの?」
と、そこで、俺達の会話を聞いていたアリア先輩が、そう問うてくる。
……あ、し、しまった。
疲れてたせいで、アリア先輩がいるのに、普通に話してしまった。
俺は、何と言うべきか少し悩んでから、変に誤魔化さないでおくことにする。
「すいません、そこは触れないどいてください。その……学院長が、俺を魔法杯にねじ込んだことに、関係のある事柄なので。おいそれとは話せないんです」
「……そう。学院長様関連、のことなのね?」
「はい。だから、聞かなかったことにしといてください。恐らく……今日、それも終わるので」
彼女は、ジッと俺を見て、それから言った。
「……わかったわ。とっても気になるけれど、そこは聞かないでおくわ。でもユウハ君……何か危険なことしてるなら、十分気を付けて」
「はい、ありがとうございます。すいません、何にも話せなくて……」
「んーん、良いの。あの方の関連することなら、仕方がないものね」
首を振り、しょうがない、という顔になるアリア先輩。
――そうして、話がひと段落したところで、俺はウチの二人に問い掛ける。
「俺、ホテルに帰ってちょっと寝るわ。……この後もあるしな。シイカ、華焔、お前らまだ競技見ていたいなら、見ててくれていいが……」
「阿呆、お前様が戻るなら、儂も戻るに決まっておるじゃろう」
「ん、なら私も、付いてくわ」
ミアラちゃんに指定されたのは、今日の午後、四時。
多分……いや、確実に何かあるだろう。
ただ、流石に疲れたので、少々休憩したいのだ。
「そう、それじゃあ、今日はここでお別れね」
「はい、ウチのを面倒見てくれて、ありがとうございました、アリア先輩」
「楽しかったわ、アリア」
「うむ、お主の解説は、なかなか良かったぞ」
◇ ◇ ◇
――その後、ホテルに戻った俺は、しばし眠り。
そして、指定の時間の三十分前くらいに、シイカに起こしてもらって目を覚ました俺は、顔を洗って頭をシャッキリさせてから、ホテルの入り口に向かう。
シイカは再び競技を見に行ったが、華焔はやはり俺に付いてきている。
コイツは本質が刀なので、シイカ程人の催しに興味がある訳ではないのである。
もう俺も、コイツを腰に差している状態が、当たり前のように感じてしまっている。
んで……今のところ、それらしい姿はないな。
まあ、彼女は忙しいだろうし、全然待つが――なんてことを思っていたら、横から声を掛けられる。
「こんにちは、おにいちゃん」
「? あぁ、はい、こんにちは」
見ると、そこにいたのは、ワンピースを着た幼い子供。女の子だろう。
背丈と、そして彼女が麦わら帽子を被っている関係で、顔は見えない。
一瞬ミアラちゃんかと思ったが、服装も声も違うので、別人だろう。
「おにいちゃん、今、お暇? ちょっと、手伝ってほしいことがあるんだけど……」
「え? あー……わかった、にいちゃんも用事あるから、ちょっとだけな」
別に暇ではないが、ちょっとくらいならミアラちゃんも許してくれるだろう、なんて思っていたその時、そこで彼女が上を向き――今度は先程と違い、聞き覚えのある声で言ったのだ。
「やぁ、ユウハ君」
「何やってんだアンタ」
そこにいたのは、やっぱりミアラちゃんだった。
ユウハ は こんらん している!