予選《3》
その後、花火を打ち上げながら、寄って来た他の選手を殴り飛ばしていく。
すでに八人は斬ったろうが、この競技の参加人数は三十人だ。
隠されたアイテムの発見で加算されるポイントのことを考えると、まだ安全圏とは言えないな。
隠されたアイテムにもグレードがあり、一番高いポイントのものだと、結構になったはずだ。
俺も、索敵しがてら、ちょっとは探してみたものの、もう全然見つからない。
今まで倒した選手の中に、一人腕輪を落とした奴がいたので、それを貰って腕に嵌めているくらいだ。
確かこの腕輪は、そこまで高いポイントじゃなく……忘れた。
……お、俺には関係のないものだからと、それより他のことを学ぶのに集中してたので。
ま、まあ、結局今気にしたところで意味はないし、最後のお楽しみということで。
華焔には、「お前様は経験が浅い。赤ん坊と言うても良い。である以上、ほんにハルシルと戦いたいのならば、今の内に経験を積め」と言われているため、魔力索敵を続けながら、フィールドを徘徊する。
ただ、そろそろ花火の効果も薄くなってきたな。
すでに試合開始から四十五分程が経過しており、選手間の間隔が広がっているのか、目に見えて接敵しなくなった。
選手の居場所が上空の水球モニターのマップに映されるのは、残り時間三十分になるか、人数が十人以下になったらなので、今は自力で探すしかないのだが……遠くから聞こえてくる戦闘音もまばらで、わかり辛いな。
俺、音で判断して距離と方角を測るようなスキルはないし、砂漠エリアとか山エリアとかならまだわかりやすいが、市街地エリアと森エリアだと入り組んでいるため、音が結構反響するのだ。
大体の方向くらいはわかるが、それだけなのである。
……こうして接敵しないと、むしろヒリついてくるな。
多くの物陰、死角。
索敵は続けており、周囲の確認は怠っていないものの、しかし俺より上手な相手がいないとは限らない。
悪くないドキドキだ。
自身の鼓動が、やけに大きく感じられる。
試合前に感じたものとは違う、どこで何が出て来るかわからないという緊張感に、何となく楽しくなってきていた俺は――ピク、と反応し、そこで止まる。
トラップ地帯だ。
地面のあちこちに、魔力の痕跡が見える。
誰か、ここを根城に狩ってるな。
足を止めた俺は、そこで魔力を探っていく。
薄く、広く。
索敵の範囲を広げていき……いた。
意外と近い。
向こうも俺の存在に気付いているようで、足を踏み入れたら後ろに回って急襲し掛けるつもりだったな。
――いいぜ、望み通りにしてやろう。
俺は、トラップ地帯に足を踏み入れる。
それに連動し、相手側も動く。
遮蔽物で、向こうからこちらが見えなくなる瞬間を見計らい、拾い上げた石を投げ――罠の一つが起動し、ドン、と爆ぜる。
瞬間、他の罠を踏まないように気を付けながら、俺はトラップ群の主の下へと駆ける。
俺が罠に引っ掛かったと思ったようで、顔を出したソイツは、詰める俺を見て一瞬息を呑むも、すぐに短杖と短剣を片手ずつに構える。
反応が早い。
慣れてるな、二年か?
人種は……エルフだな。
突っ込んだ勢いで、俺は模擬刀を振るう。
が、短剣で受け流され、同時に相手の杖に高まる魔力。
俺は、その杖を持っている腕を蹴って照準を狂わさせ、刹那遅れて杖の先から氷の刃が飛び出す。
「やるねっ、見たことないけど、一年かい!?」
「うっす! 一年ユウハっす! そちらは二年っすか!?」
「そうだねっ、エルフィン法国学院二年、ルーヴァだ! よろしくユウハ君!」
そう挨拶を交わし、殴り合いによって友情を育む。
……なるほど、短剣が防御で、攻撃の起点は杖の方なのか。
発動が早く、小規模だがしっかりと殺傷能力のある魔法を短い間隔で放っており、魔力の流れをしっかり見ていないと、普通に食らってしまいそうだ。
そして一発でも食らえば、恐らく負ける。
この人は強い。
一発食らえば、そこから畳みかけてくるであろう実力がある。
見る。
目を見て、身体の向き、動きを見て、動きを予測する。
――設置した罠に誘導して、嵌めるつもりだな。
華焔から、強く叩き込まれた点だ。
俺は目が良いのだから、見続けろ、と。
相手の全てを見て、思考と情報を得て、戦闘に役立てろ、と。
ルーヴァ先輩の狙いを推測した俺は、それを基に次の手を考え――何か、変な魔力を感じた。
次の瞬間、ゴウ、という音が耳に届く。
彼の後ろ。
背後のビルっぽい高い建造物が斜めになり、そしてこちらに落ちて来る。まだ彼は気付いていない。
よっしゃあ、何か知らんが好都合だ、手前で俺だけ逃げて――いや、ちょっと待て。
おい、これ……防御魔法が切れてないか?
俺は、魔力を注視し続けていた。
今、この近辺から、フィールド全体に張られているはずの、選手を守るための防御魔法が感じられない。
である以上、アレに潰されたら、恐らくそのまま、死ぬ。
――おいッ、何でだよ!?
「せ、先輩ッ!! こっちにッ!!」
「え?」
今まで戦っていた相手にそう言われても、すぐに動けないというのは当たり前で。
「くっ――!!」
俺は彼の懐まで飛び込むと、腕を引っ張って瓦礫の落下範囲の外に追い出す。
残るは俺だが……もう外に出るのは間に合わない。
目の前に迫る瓦礫。
死がすぐそこにあるが――食らうか、こんなもん。
舐めるな、俺はあのミアラちゃんが危険と判断して宝物庫にしまった、災厄をもたらすモノと呼ばれた剣に教えを受けているのだ。
見ろ。
凝視し、それに伴って、世界の速度がどんどんとゆっくりになっていく。
見ろ。
目標は……窓。
引き延ばされた時間軸の中で、一歩前に足を踏み出し、立ち位置をその下に調整。
接触の瞬間、斬って、割る。
バリンという音。
腕へかかる負荷。
瓦礫の一部が地面に接触し、地が揺れる。
轟音。
割れたガラスの破片が飛び散る。
次だ。
俺は地を蹴って跳び、瓦礫内部の壁を蹴り、三角跳びの要領で跳ね回り――やがて瓦礫全体が、地に落ちて停止する。
ようやく足場が安定し、俺もまた内部の壁の上に乗り、そこで、引き延ばされた時間が元に戻っていく。
「フゥー……ビビった」
集中し過ぎたせいか、頭痛がする。
少々だるい。
我ながら忍者みたいな動きをしていたと思うが、この身体なら、大道芸でも食っていけそうだな。
「おーい、ユウハ君、大丈夫ー?」
と、さっきまで戦っていたルーヴァ先輩が、そう外から声を掛けてくる。
俺は窓を蹴破り、外に出る。
「ケホッ、ケムいな……うす、大丈夫です。そっちも大丈夫でした?」
「うん、大丈夫だけど……どうしたんだい? あれに潰されても、僕が負けてるだけだったと思うけど」
「……俺、魔力を感じ取るのが得意なんすけど、今、フィールドの防御魔法が不安定な感じがしたので。なので、ちょっと危ないかなと思いまして」
「えっ、ホント? うーん……僕の罠を避けてた感じからして、魔力が見られるっていうのはホントっぽいし……事故か何かかな?」
「今はもう、元に戻ってるみたいですけどね」
あの寸前、変な魔力を感じた。
次の瞬間にはビルが崩れ、そして防御魔法が切れていた。
まず間違いなく、人為的なものだろう。
誰かが、何かをした。
考えつくものとしては――やはり、邪教ども。
散々、邪魔しまくってやったしな。
俺を鬱陶しく思った奴らが、何か小細工をしたのだろうか?
ただ……こうまでハッキリと、殺りに来るとは。
奴ら、どうするつもりだったんだ?
仮に俺と先輩が、この瓦礫に押し潰されて死のうものなら、競技会自体が中止になったのではないだろうか。
それとも、そこまでは行かないと高を括っていたのか?
そんなに、俺に腹が立っていたのだろうか。
と、思考を続けていると、隣にいたルーヴァ先輩が口を開く。
「ところで、どうするユウハ君? やり直す? もうなんか、その気も削がれちゃったけど」
「あー……そうっすね。この後もう一回最初から、っていうのは、やる気になりませんね」
「なら、ユウハ君。その様子だったら予選は楽勝だろうし、次は本戦で戦おっか。――じゃ、僕、『クモクモ作戦』に戻るから」
「……クモクモ作戦?」
「え? うん、クモクモ作戦。足がいっぱいあって、巣を作って、獲物を待つ虫で――」
「あ、いや、クモがわからなかった訳じゃないんすけど……そ、そうっすか。それじゃあ俺、あっちの方に次の敵、探しに行くんで」
「はいはい、それじゃあ、またねー!」
……なんか、変な人だったな。
そうして決着が付かないまま、爽やかなエルフの先輩とは別れ――その後幾つか別の戦闘を行ったところで、残り時間が経過する。
予選終了。
俺は一位抜けし、本戦への出場が決定した。