予選《1》
感想ありがとう、ありがとう!
――魔法杯二日目。
とうとう、今日がボックス・ガーデン予選の日だ。
一日目は色々と動き回ったが、本来は、これがこの大会のメインイベントである。
今日まで、この日のために頑張ってきたのだ。
悔いの残らないよう、全力でやんねぇとな。
前日と同じく、朝早くに起きた俺は、運動場にて華焔を振るう。
少し辺りの警戒をしたが、今日は邪教集団の監視はないようだ。
華焔曰く、『下手にそういう手を打てば、逆効果になると学んだのじゃろうな。あとは、昨日散々お前様が壊した魔法陣を、必死になって修復しておるのじゃろう』とのこと。
なので、何にも気にせず身体を動かし、華焔によって動きを細かく修正されていく。
『――お前様、今日はこのくらいにしとこう。あまりやり過ぎて疲れを残しても良くないし、今日朝食を食い損ねたら、結構致命的じゃぞ。お前様の競技、試合終了まで残れば、昼まで動き続けることになるし』
「フー……そうだな、そうしよう。敵がいない、って思ってて、この後急に出て来て戦って、朝食食い損ねた上に競技にも間に合わないってなったら最悪だもんな」
『お前様じゃと、そういうこともありそうじゃから困るの』
そんなことを話しながら日課を切り上げた俺は、部屋に戻って軽く汗を流した後、その頃にはシイカもしっかり目を覚ましていたので、彼女を連れて食堂に向かう。
まだ早い時間だったためか、人はまばらしかいないが、ホテルの食堂自体はもう開いているので、好きに食べる。
この学院、相変わらずこの辺り、自由だからな。
決められた時間内だったら――というか、ホテルの食堂が開いている時間帯だったらいつ食事にしても良いし、何ならホテルの食堂で食わず、外に出て自分で買って食っても良いのだ。
全員揃って、一緒にいただきますとか、そういうのは一切ないのである。
まあ、俺ら無一文だから、買い食いという選択肢は選べないのだが。
……今のところ、金がなくて困ったことはないのだが、こういう時に正直不便な部分はあるので、ちょっとは持っておきたいよな。
この大会で、屋台とか出ていて美味そうだったのだが、そういうのも買えない訳だし。
ミアラちゃんに言ったら、普通に「じゃ、はい、お小遣いね! 無駄遣いしちゃダメだよ」とか言って渡してくれそうだが、流石にそれは申し訳ないし……なんか、学院で出来るバイトとかないだろうか。
「ユウハ、それ美味しそうね?」
「おう、取って来い。そっちの方にあったぞ。あ、お前、取り放題だからって、食い過ぎるなよ?」
「勿論わかってるわ。他の人も食べるって昨日知ったから、ちゃんと半分だけにする」
「……半分ってのは、あの大皿の半分ってことか?」
「? そうよ?」
それ以外何があるのか、といった感じの顔でそう答えるシイカさん。
そ、そうか。半分か。
いや、まあ、全然マナー違反とかじゃないし、別に責められるものじゃないだろうが……うん、ホテルの人ら、料理の補充頑張ってくれ。
そうして、シイカが料理を取りに行ったタイミングで、食堂に見覚えのある二人組が入り、料理を取って席を探し始め――俺を見て、「おっ」という顔で、こちらにやって来る。
「おはよう、ユウハ君、カエンちゃん。一緒しても良いかしら?」
「おはよう、ユウハ君、カエンちゃん」
「おはようございます、お二方。どうぞどうぞ」
「はよう、小娘二人組」
やって来たのは、アリア先輩とシェナ先輩だった。
二人に声を掛けられたので、華焔もまたこのタイミングで擬人化し、俺の隣に肉体を生み出す。
「ユウハ君、昨日大変だったみたいだけれど、大丈夫だったかしら?」
「その様子だと、特に大事は無さそうだけど……」
「はい、すんません、ご心配おかけしました。なんかちょっと、変なのに絡まれただけだったので、全然大丈夫です。俺がコイツ装備してたから、話が大事になっちゃっただけなんで」
「なんじゃ、お前様。儂が原因みたいな言い方して」
「拗ねるな拗ねるな。お前のせいじゃないってのはよくわかってるから。……まあなんか、今年は変なのが多いみたいなので、先輩達も気を付けてくださいね」
邪教がどうの、というのは、大っぴらに話して良いことでもないだろうから、注意もこれくらいになってしまったが……つっても、奴らもそんなド派手に動いて、存在を気付かれる訳にもいかないだろうしな。
「……そっか。ん、わかったわ。私達も気を付けましょう。――それで、今日はとうとう、ユウハ君の出番ね! どう、調子は? 緊張してる?」
「アリア、そういうのを事前に聞くの、人によってはむしろプレッシャーでしょ」
「そーお? でもユウハ君なら大丈夫よ。この子、そういうの気にするタイプでもないでしょうし。図太くて」
「それは誉め言葉と捉えていいんすかね、先輩」
「勿論よ。図太いのは良いことだわ、物怖じしなくなるし、ということは本来のポテンシャルを本来通りに発揮出来るってことよ。はー、私も、ユウハ君くらい図太くなれたら良いのに」
「シェナ先輩、やっぱりこれ、褒められてる気がしないんすけど、俺だけですかね?」
「ううん、安心して、私も同じ風に思ったから。あとアリア、アンタは十分図太いから」
「あ、俺もそう思います」
「儂もそう思うの」
「ホント? ありがとう、嬉しいわ、三人とも」
「……この人のメンタル構造を知りたいっす、俺」
「奇遇だね。私もよくそう思う」
「時折おるの、こういう全てをプラスに捉えられて、本当に力に出来る者が」
思わず苦笑を溢す俺とシェナ先輩に、冷静に分析する華焔。
俺達の言葉を聞きつつも、しかしアリア先輩は何にも気にした様子はなく、ニコニコしている。アンタ強いわ、ホントに。
ただ、こうして彼女らと話している内に、俺の中にあった初の大会に対する緊張も、薄れていった。
これを見越して、俺の緊張を解くために冗談を言ってくれたのなら……いや、そんなことはないか。
多少はそんな意図があったのかもしれないが、半分以上は確実に素だな。
◇ ◇ ◇
――そして、時間は過ぎてゆく。
シイカと華焔、そして朝食の流れで、ウチの二人と一緒に観戦することになったアリア先輩とシェナ先輩の計四人と別れ、俺が今いるのは、ボックス・ガーデン会場の控室である。
俺が出る試合は一・二年が出場する、つまり経験の浅い生徒が出る試合であり、ここが最後のアドバイスの時間となるため、あちこちで上級生が熱心に下級生へと助言している。
ウチの学院も、ボックス・ガーデン代表であるハルシル先輩が俺達全員に激励を送っていき――。
「ユウハ」
「うっす」
「お前が俺に言ったこと、忘れていないぞ」
「……うっす。そのまま覚えててください」
そう言葉を返すと、彼は不敵に笑う。
――そして、案内スタッフに名を呼ばれる。
後ろを付いていくと、魔法陣の描かれた部屋に通され、その上に乗る。
数秒後、何か大きな魔力の高まりがあったかと思いきや、次の瞬間には転移魔法が発動したらしく、もう目の前の風景が変わっていた。
「……すげーな」
大分魔法というものにも慣れてきたが、こうやって体感する度に、やはり感動してしまう。
ランダム転移とは聞いていたが、恐らくここは、市街地エリアだな。
入り組んでおり、高低の差があり、常に奇襲を警戒しなければならないエリアだ。
――好都合だ。
ここなら、襲撃を数多受けられる。
腰に差した模擬刀を抜き、数度振って感覚を確かめる。
刃引きされ、華焔とは重量も違い、リーチも異なっている。
一応、刀っぽい奴があったのでそれを借りはしたのだが、やはり借り物のせいで違和感が大きい。
……まあ、この部分は、文句を言っても仕方がないからな。
華焔を装備していないということに、自分でも意外に思う程、心細さがある。
最近はもうずっと、アイツを腰に差していた訳だが、意外と俺は、自分で思っている以上にアイツに依存していたらしい。
もう始まる手前なのに、思わずそんなことを考えて苦笑を溢し――ブー、というブザーの音が、高らかにフィールドに鳴り響く。
試合開始の合図である。
フゥ、と一つ息を吐き出し、そして意識してニッと笑みを浮かべる。
さあ、祭りだ。
派手に行こう。
シイカが、この大会を見て、楽しんでいるのだ。
ならば、アイツをもっと楽しませてやらないとな。
俺は、右手を空に掲げ、一つの魔法を発動させる。
ボシュッ、と手のひらから放たれたそれは、ヒュゥ、と音を発して空に昇って行き――一定の高さまで昇ったところで、パァン、と爆ぜる。
色とりどりの火花が、まるで花のように等間隔に弾け、そして虚空に消えていく。
同じように、数発を打ち上げると、観客席の「おぉ」という歓声が、フィールドのここまでも聞こえてくる。
――今のは、名付けて『花火魔法』。
俺が開発していた、原初魔法の一つである。
実は今章、こっちが本筋なのよね。