夕日に染まる
――ジャナルと会った後は、特に敵と遭遇することはなかった。
各会場を巡り、魔法陣を発見し次第破壊していき、結構な数を斬ったと思う。
途中から華焔とか、俺の訓練のための良い機会だと思い始めていた節があり、『この付近じゃ。見つけ出してみよ』とか言って、俺に探させたりしてたしな。宝探しじゃないんだから。
まあ、おかげで、索敵がスムーズにやれるようになったと、自分でも思うのだが。
いやホント、本番手前で訓練機会を与えてくれてありがとう、といった感じだ。
ただ、これだけやってしまって、敵に逃げられないかと不安に思う部分もあったのだが、華焔曰く『いや、問題なかろう。お前様の壊した魔法陣から感じる繋がり、途中から増え始めておる。つまり、邪教の連中、修復しておるの』とのことで、少し安心したものである。
直す、ということは、向こうはまだまだ撤退するつもりはないということに他ならないからだ。
わざわざご苦労なことだ。
さぞイライラしながら、俺のことをぶち殺そうと考えながら、修復していることだろう。
そして――現在の時刻は、すでに夕方。
西に陽が落ち、綺麗なオレンジ色が世界を染め上げている。
観戦客も、選手達も、続々と会場から引き上げていき、観戦客は楽しかった時間を反芻するような顔で、そして選手の方は、己の結果に満足が行った者、上手く行かず悔しそうな者、喜怒哀楽様々、といった様子だ。
会場を包み込んでいた熱気は少しずつ薄れており、だが明日には、再び同じように熱気で溢れ返るのだろう。
「悪い、シイカ。お前放置しちまって……」
俺は、隣を歩くシイカに、そう謝る。
結局、最後までシイカと会うことは出来なかった。
一度合流しようと探したのだが、どうやらシイカの方は、今日一日アリア先輩達と一緒に動いていたようで、何だかタイミングが合わなかったのだ。
色々やっている内に俺、昼飯も食いそびれちまったしな。
朝、ガッツリと食っておいて助かった。
俺の言葉に、だが彼女は、首を横に振る。
「んーん、あのね、とっても楽しかったわ! ヒトがいっぱいいて、それで色んなきょーぎがあって! アリアの解説も面白くて、魔法って、あんな綺麗な使い方もあるんだなって、そう思ったの!」
珍しく興奮しており、身振り手振りを交え、一生懸命に話すシイカ。
どうやら、初めて来たこの大会が、よっぽど楽しかったらしい。
……これなら、合流して魔法陣を探すだけの探索に付き合わせないで、良かったかもしれないな。
瞳を輝かせ、心からだとわかる笑みを浮かべているその表情に、不覚にもドキッとしてしまった俺は、気恥ずかしさを誤魔化すために視線を逸らし、頬をポリポリと掻きながら言葉を返す。
「……そっか。お前が満足したなら、良かったよ」
「ん! あ、でも、ユウハがいなくて、ユウハと一緒に見られたら、もっと楽しかったかなって、そう思ったの。だから、明日は……明日は、ユウハのきょーぎの番ね?」
「……あぁ、そうだな」
「じゃあ、明日はいっぱい応援するから、明後日! 明後日、一緒に観戦しましょう。それで明々後日は、きっと明日ユウハが勝って次に行くから、またいっぱいいっぱい応援するわ! あ! あと、今日全然ユウハの魔力を感じられなかったから、今日の分!」
そう言って彼女は、尻尾を俺の腕に巻き付かせる。
「とりあえず、大満足だったんだな」
「ん!」
見惚れるような笑顔。
俺は苦笑を溢し、だが悪くない思いで、シイカに巻き付かれたままホテルへの帰路を歩く。
――あぁ、そうだな。悪くない。
コイツとこうして……並んでゆったり歩くのは、気分が良い。
シイカや華焔は、俺の魔力を「心地良い」と言うことが多いが……恐らく今の俺もまた、同じものを感じているのだろう。
こうして巻き付かれている今の状況を、心地良く感じているのだ。
決して、嫌じゃないと思っているのだ。
なんてことだ、共に日々を過ごしている内に、どうやらいつの間にか、コイツらの感性に俺もまた毒されてしまったらしい。
「? ユウハ、どうしたの?」
「何がだ?」
「ん、何だかとっても、楽しそう」
「……まあな。今、悪くない気分だと思ってよ」
「そう。私も!」
――そうして俺達は、時折コツンと肩を触れ合わせながら、ホテルへと戻っていく。
腰に差していた華焔は、からかうような笑みの感情を一度送ってきた後、だがそれ以上は何も言わず、ただ黙っていたのだった。