舞台裏にて《2》
感想、ありがとうねー。
――臭ぇ。
魔法の芸術性を問う競技、『ブルーム』に出場するジャナル=ユエラは、自らの出番を会場裏で待ちながら、きな臭さを感じていた。
彼は、悪所の生まれである。
欲と暴力、ヒトの悪徳が存分に詰まった地域に生まれ、そこで育ってきた。
だから、知っているのだ。
――ヒトの、悪意の臭いを。
ヒトの気配というものは、正直である。
例えば殺意を持てば、それを隠そうと取り繕い、だがその取り繕った部分にどうしても違和感が生じてしまう。
訓練を重ねた者程、それは滑らかに、平坦になっていくが、どこかに必ず歪は生まれるのだ。
ジャナルはユウハ程感覚が優れている訳ではないが、過ごしてきた環境から、そういうものを敏感に感じ取れるようになっていた。
最初に違和感を感じたのは、ここに到着した昨日だ。
会場全体から、熱気に混じって何か、ヒリつくような、張り詰めた空気を感じたのだ。
ジャナルも、このような大規模な大会は始めて参加するため、ただ選手がピリピリしているのだろうと、そう考えていた。
しかし今朝、知り合いであるユウハが何者かと交戦した、という話を耳にし、そしてこうして大会が始まってからも消えない張り詰めた空気に、疑惑を確信にまで強めていた。
――今、この大会の裏で、何かが蠢いている。
「……チッ、面倒くせぇ」
苛立ち混じりに、舌打ちを一つ溢す。
自分が芸術など、似合ったものじゃねえなと思いながらも、機会が与えられたのならばそれを自分のものにし、糧にすると心に決めていたジャナルだったが……どうやら、競技にだけ集中すれば良い訳ではないらしい。
ちょっかいを掛けられたのならば、軽くないのだとわからせるため、ぶちのめして、伸ばしてきた腕をへし折らなければならない。
それが、悪所の掟だ。
この手の輩は、しつこいというのが相場なのだから。
――と、控室から出て行こうとしたところで、学院のブルーム選手の代表となっている、エルフの男の先輩が声を掛けてくる。
「あれ、ジャナル君、どうしたの?」
「……すんません、ちょい忘れ物したんで、取ってきます。出番までには帰って来ますんで」
「あ、そうかい。しっかり者の君には珍しいねぇ。りょうかーい」
のほほんとしたその声に、若干気勢を削がれながら、ジャナルは控室を出る。
「ったく、長命種は呑気なことで……」
――そうして、ジャナルは会場の裏を歩いていく。
それとなく、一人一人の顔を確認しながら、辺りを見て回る。
そして――。
「――おう、ちょっと待てや、そこのゲロ臭ぇバカども」
その時すれ違ったのは、観光客に見える、三人組。
人気のない、ただ観葉植物が植えられている場所。
「……何だ? 少年。何か用か?」
「君、口が悪いな。突然何なんだ」
「何か気に障ることでもあったのかい?」
ひどい口を利かれ、気分を害した、という顔になる男達に対し、だがジャナルは、嘲るような笑みを浮かべ、口を止めない。
「臭ぇんだよ、テメェら。嘘と悪意に塗れた、ゴミクズの臭いがしてやがる。コソコソと気色悪ぃから、やめてくんねぇかな、マス掻き野郎ども」
瞬間、もう誤魔化すのは無理と悟ったのか、スッと男達から表情が失われ、腕が腰裏へと伸ばされる。
恐らく、武器でも隠し持っているのだろう。
――やっぱクロか。
珍しい、『雷属性』という派生属性に適性があるジャナルは、『雷霆魔法』と呼ばれる魔法を得意としており、速度、威力共に魔法の中でもトップクラスのそれらを自在に操ることが出来る。
それこそ、その才だけでエルランシア王立魔法学院に入学を許される程で、故に相手の出方を見てからでも制圧出来る、という絶対の自信があるからこそ、わざと煽っていた。
「おら、なんか言えや。ガキにブルって、何も出来ねぇのか? それならタマ取って、ドレスでも着ることだな。さぞかし似合うだろうよ」
男達から敵愾心が立ち上り、どちらが先に動くかという、一触即発の空気となり――横から飛び出す影!
それは、ユウハ。
彼を認識する前に、一人が鞘で顔面を殴り飛ばされ、そこで男達はようやくユウハに気付く。
残った二人は、すぐに武器を引き抜き――だが男達が行動に移るより先に、ジャナルの魔法が発動する。
使ったのは、対人制圧用魔法『スタンショット』。
威力は控えめだが、人一人は簡単に行動不能に出来るだけはあり、そしてそちらを抑えた分術式構築から発動までの時間が非常に早いため、対人用の魔法としてはトップレベルに使い勝手の良いものである。
ジャナルが放ったそれは、近くにいたユウハは巻き込まず、正確に二人だけを撃ち抜く。
「ガッ――!!」
「ぎッ――!?」
ビリビリと身体を震えさせ、男達は、そのまま行動不能となった。
「よう、ジャナル。その様子だと、特に助太刀しなくても大丈夫そうだったな」
「……何だ、ユウハ。コイツら、テメェのダチか?」
「そんなようなもんかね? 朝、コイツらの友人と、仲良くなったんでな。どうやら楽しいことやってるみたいだし、邪魔出来るだけ邪魔してやったら、愉快かと思ってよ」
肩を竦めてそう言うユウハに、ジャナルはニィ、と笑う。
「へぇ……そりゃあ、確かに随分と、愉快そうだ。俺も噛ませろよ」
「いいけどお前、そろそろ出番だろ」
「んなもん、すぐ終わらぁ。そっちよりも、アホどものケツを蹴り上げる方が、よっぽど楽しそうだ」
そう言うと、ユウハは苦笑を浮かべる。
「わかった、んじゃあ、フィールドに何か仕掛けがされてるっぽいから、もし何か見つけたら、すぐに壊してくれ。ただ、気を付けろよ。コイツらみたいなの、多分会場に他にも混じってやがるぞ」
「おう、そっちもな」
そしてユウハは、その場を去って行った。
――アイツはアイツで、よくわかんねぇな。
ユウハの後ろ姿を見ながら、そう思う。
普段はとぼけた顔をしているクセに、いざという場面では、これだ。
いち早く異変に遭遇し、そして動いている。
この学院に来て、得体が知れないと思った相手は、同級生のカルヴァン=エーンゴールが筆頭だったが……今去って行った同級生も、なかなかに得体が知れない雰囲気がある。
「何かあんのかねぇ、あの野郎」
◇ ◇ ◇
――その報告に、スーツを身に纏った男は、ピク、と眉を顰めた。
「……警備の者に、五人捕らえられた?」
「はい、どうやら生徒に気付かれ、戦闘になったらしく――ぐっ」
報告をした部下の男は、ゴス、と杖で顔面を殴られ、たたらを踏む。
「何をやっているのです? 待ちに待ったこの計画を無に帰すつもりですか?」
「も、申し開きもありません。警備員の話から推察するに、感の鋭い子供がこちらの監視と武装に気付き、攻撃してきた模様です。陣の幾つかも使用不能になっているところから見て、壊されたかと」
「……魔女の動きは? 気付かれたのですか?」
「いえ、張り付かせている部下からの連絡では、幸いなことに動いている様子は一切見られない、と。ずっと表に姿を見せ続け、VIP席で観戦しております」
スーツの男は、険しい表情を少し緩めさせる。
「……わかりました、壊された陣は、すぐに張り直しを。用心なさい。二十四時間、気を抜いてはなりません。あの魔女に悟られるのはもはや時間の問題でしょうが、出来る限りそれを遅らせなさい。奥の手は用意してありますが、それは最後にしか使えないからこそ、奥の手なのです」
「ハッ!」
「生徒に関しては、まだ邪魔なようなら、事故に巻き込まれてもらいなさい。――『協力者』の資金提供により、大会スタッフへの工作も、その他の準備も、全て滞りなく終わっているのです。この程度で、中断する訳には行きません」
すぐに動き出した部下の男を尻目に、スーツの男は、『ソレ』を見る。
「……そう、我らの悲願が、すぐそこにあるのです。この程度で、終わらせてなるものか」
その瞳には、狂気が宿っていた。
こう、さ、ジャナルのひっどい悪口書いてる時さ、作者としてはすごい楽しいわ……笑