その頃のシイカ
感想ありがとう、ありがとう!
――ユウハが一度部屋に戻り、出る準備をしていた頃。
アリアとシェナに付いて、先に魔法杯の会場へとやって来ていたシイカは、何故かそのまま、アリアをサポートするスタッフとして、フィールド裏までやって来ていた。
「人が、本当にいっぱい。びっくり」
観客席を埋める、人、人、人。
多数はやはり、エルランシア国民であったが、それ以外の各国からの観客も多くおり、人種の坩堝と化している。
その観客達が放つ喧騒は、シイカが今まで感じたことのない熱気を帯びており、フィールド裏から観客席の方を見ていた彼女は思わず目を丸くし、その様子を見たアリアがクスリと笑う。
「フフ、シイカちゃんは、こういうところに来るの、初めて?」
「ん。ずっと、一人で森にいたから。ユウハに会って、初めて、他の人に会ったわ」
「……そっか。ユウハ君に会って、世界が広がったのね」
アリアの言葉に、シイカは何も迷わず、即答する。
「ん。ユウハが、いっぱい色んなこと、教えてくれた」
それが、彼女の正直な思いだった。
学院に来て、様々なことを学び、経験し。
自らの世界が、どんどんと広がり、色を帯びていくのが、わかるのだ。
色彩豊かで、数多がある世界。
そしてこれは、やはり、彼のおかげなのだ。
彼がこうして連れ出してくれたおかげで、自分は今、日々を楽しく、驚きと共に過ごすことが出来ている。
だから――。
「でも、大丈夫かしらね、ユウハ君。アルテリア先生が状況の確認に向かったそうだけど……」
心配そうな顔で、そう溢すアリア。
ユウハが何か、おかしなことに巻き込まれたらしい、ということは、曖昧な情報だけだが彼女らにも伝わっていた。
生徒会に所属しており、故に今回の魔法杯でも生徒達の代表となっているアリアやハルシルなどは、知らない仲ではないということもあって、彼のことをかなり気にしていたのだが……逆にシイカは、特に気にしていない様子で口を開く。
「ユウハには、カエンが付いていったから。だから、心配ないわ」
「……そうなの?」
「カエンがいたら、ミアラちゃんが相手じゃなかったら、大体はどうにか出来るわ」
「……ず、随分信頼が厚いのね?」
「ん。とても強いのがいたら、私もわかるけど、でもそんな気配は、ミアラちゃんのだけだったから。なら、カエンに任せておけば、大丈夫」
朝出て行く時、ユウハがカエンを腰に差していたのを、シイカは見ている。
あの子は、結構勝手なところがあるが、しかしユウハを守るという意思だけは、疑いようもなく本物だ。
そして、強い。
今は相当に力を落としているみたいなので、自分の方が強いが、しかし彼女が完全に魔力を取り戻した時、いったいどれだけ相手が出来るか。
である以上、そんな大した気配のない今ならば、何があってもユウハを守ることが出来るだろう。
故にシイカは、彼が何かに巻き込まれたらしい、と聞いた時も、ただ一言「そう」とだけ返していた。
平然とした様子でそう言うシイカに、最近は頭から抜けていたが、やはり世界でも最強に挙げられる種族だなと、アリアは苦笑を溢す。
「ユウハ君は、シイカちゃんと、カエンちゃんっていう、二人の最強の子達に守られてるのね」
「えっへん」
胸を張るシイカを微笑ましく思いながら、アリアは少し声音を変えて、言葉を続ける。
「――さ、シイカちゃん! 私の出番が、もうそろそろだけど……この競技に関して、何か気付いたこととか、あるかしら?」
「気付いたこと……これは、めいろ? を抜けるきょーぎ、よね?」
「えぇ、そうよ。色々魔法的な仕掛けもあって、それらを回避するか攻略するかを選んで、ゴールがある中央に向かうの」
シイカは、少し考えてから、答える。
「んー……詳しいことはわからないけど、アリアのスタートのとこは、入ってすぐの正面に、何か大きな魔力のものがあるわ。でも、それを抜けたら後は特にないかも。道なりに進んで、大きな魔力を回避していけば、真ん中に着く、かも」
シイカから返ってきた想定外の言葉に、一瞬言葉を呑んでから、アリアは問い掛ける。
「えっと……何で、そう思ったのかしら?」
「? 見えるから」
「見える?」
「ん。何となく。魔力の、感じからして」
本人もわかっていなそうな様子で、首を傾げながらそう言うシイカ。
その尻尾もまた、可愛らしく首を傾げている。
マジック・ラビリンスは迷路だが、しかし運の要素を排除するため、感覚が鋭い者や、魔法的な能力が高い者程、迷わずに先へ進めるような造りとなっている。
わざと、指標を作っているのだ。
だから、理屈としては、ゴールまでが感覚的にわかっていても、おかしくはない訳だが……。
「……そう。ありがと、シイカちゃん。参考にさせてもらうわね」
――その後アリアは、マジック・ラビリンスの予選を、今までの記録を大幅に更新し、一位通過で抜ける。
そして、思った。
来年は、必ずシイカを選手にしなければならない、と。