杯の中の円《2》
……邪教、と来たか。
「儂が知ってるくらいの、古くから存在しておる組織じゃ。呼び名はまちまちじゃが、多くはそのまま、『杯の円』なんて呼ばれておった。同じ組織がずっと続いている訳ではなく、全く違う組織が同じ名を名乗っていることもあるようじゃが……目的は、同じ」
「……神を作り出す」
華焔は、頷く。
「うむ。神を作り出す、もしくは自ら神になる。邪教、と言った理由は、語らずともわかるな? ろくでもない輩が、如何にも考えそうなことじゃ。古今東西、行きつくところまで行きついた阿呆の考えることは、変わらんのー」
……そうだな。
行くとこまで行った奴が考えることは、大概一つ。
不老不死だ。
前世の歴史でも、どれだけの権力者がそれを求めていたことか。
神になる、というのも、思想の根っこは同じものだろう。
「この、『Ⅴ』が聖杯、っつったな。何かそういう……特別なアイテムでもあるのか?」
「そこまで詳しくは知らん。じゃが、何か器、を用いた儀式を行うとは聞いたことがある。この魔法杯には、儀式に適した何かがあるのかもしれん。あくまで想像じゃけど」
「こんなところに隠れてやがったのも、その関係と?」
「さあ、何か目的があったのか、それともただの監視か。一つ確かなのは、此奴らは、すでに作戦行動中じゃった、という点じゃ。――次元の魔女は、知っておったのじゃろうな。此奴らが、魔法杯で暗躍しておるというのを。お前様を呼んだのも、ここに理由があるのじゃろう」
「……お前は、何か知ってるのか?」
すると、華焔は何か考える素振りを見せてから、口を開く。
「……ま、これは、儂が話すことではないの。本人から聞くと良い。それよりお前様、早いところ人を呼ぶなり何なりした方が良い。訓練された戦闘員というのは、気絶からの回復が存外に早いぞ」
何か事情を知っている様子の華焔だったが、それ以上を語ることはなかった。
――その後、騒ぎを聞いて駆けつけてきた警備員達により、二人組は意識のないまま拘束された。
事情説明は求められたが、男達が実際に武器を有していたため、捕らえるのはすぐに捕らえてくれた。
どうやら、暗器らしきものも幾つか装備していたようだからな。言い逃れの出来ない装備である。
邪教がどうの、というのは、一般的には知られていない、言っても理解されないであろう事柄らしいから、変な顔されるだけだろうし言わなかったが……凶器を所持してホテルの敷地内にいたことは間違いのない事実なので、留置場で根掘り葉掘り問われることになるだろう。
まあ、華焔を佩いてた俺も、ぶっちゃけあの男達と同じような立場であるので、結構詰問されたのだが。
競技のために、真剣で感覚を研ぎ澄ましていたのだと必死に説明し、途中で何事かとやって来た魔女先生によって俺の身元が保証され、どうにか拘留を免れた感じだ。
危うく華焔が没収されかけ、『お前様、この阿呆ども、儂が斬ろうか? ね?』とキレ始めていたので、良いところで来てくれて助かった。
「もう、ビックリしちゃったわよ。当校の生徒が殺し合いをしていた、なんて連絡が、急に来るんだもの」
「お手数をお掛けしました……」
恐縮気味にそう言うと、魔女先生は苦笑を溢す。
「……いえ、ユウハ君は全然悪くないし、巻き込まれた側だものね。カエンちゃん装備してたから、誤解が増した節はあるけれど」
いやもう、それに関してはすみませんでした。
紛らわしいことしてて。
「それにしても、賊、ね。何が目的だったのかしら。ウチは有名だから、恨まれることも多いけれど、ああまでわかりやすく武装した不審者は、珍しいわね。ウチが狙われてるなら……注意喚起が必要ね」
「……あの、先生、『杯の円』って知ってますか?」
「? 何の円?」
不思議そうに聞き返してくる魔女先生。
……なるほど、一般的には知られていない、か。
「いえ、華焔が言うには、あの男達、なんか良くない犯罪組織のところだったらしいです。なので、しっかり捕まえといてほしいなって思って。詳しくはわかりませんが」
少し言葉を濁して、そう話す。
「……わかったわ。私の方から話しておきましょう」
「ありがとうございます。それと、魔女先生、ミアラちゃんは……」
「学院長は、今朝早くにエルランシア陛下のところに挨拶へ向かわれたから、もういないわ。開会式の挨拶があるから、その関係ね。……今回の件で何か伝えたいことがあるのなら、緊急のメッセージは送れるけれど……」
「……いえ、忙しいようなら、大丈夫です。後にしておきます」
魔女先生の申し出を、俺は断る。
聞きたいことは、それはもうあるが……明日には、それを聞けるのだ。
ならば、それまで待つことにしよう。
◇ ◇ ◇
「うわ、誰もいねぇ」
がらんとしたホテルの中を見て、思わずそう溢す。
色々とやっている内に、移動の時間となってしまったらしい。
時計を見ると、確かにもう、開会式の時間になっていた。
今頃は、選手全員、スタジアムに集まっていることだろう。
実際、遠くから開会式っぽい音楽と、人の歓声なんかが聞こえてきている。
……朝起きて、一時間くらい華焔振って、その後に戦闘で、んで警備員からの詰問があったからな。
シイカに関してだが、魔女先生に聞いたところによると、アイツはアリア先輩とシェナ先輩と一緒に朝食を食べ、そのまま先輩らが連れて行ってくれたらしい。
俺も急いで開会式に向かおうと思ったのだが、彼女が「もう今更だし、しっかり朝ごはん食べてから来なさい。ここでご飯を抜いて具合悪くなったりしてたら、意味ないわ」と言ってくれ、俺自身朝から動いて腹が減っていたので、大人しくホテルに戻ってきた感じである。
あの人、そういうところ現実的で、良い先生だよな。
――そんなこんなで俺がやってきたのは、ホテルの食堂。
『お前様、儂もお腹空いたー。魔力』
「うい」
左手で掴んでやり、ちゅうちゅう魔力を吸われながら、右手でパンを食べる。
すごい行儀が悪いが、まあ、誰もいないし許してもらおう。
食堂、まだ開いてて助かったな。
バイキング形式で、もう余りものだけだったが、それでも普通に美味い。
このホテル、実は高級ホテルであるそうで、なので内装とかもかなり綺麗だし、洒落ているのだ。
さっきの警備員とかも、このホテルの人らしいからな。
「んで、この後は……とりあえず一旦部屋戻るか」
汗かいて気持ち悪いし、運動着のままなので、この際だから一度部屋に戻ってシャワーを浴び、制服に着替えてくるとしよう。
一日目は、俺何にもなくて、ほぼ全て自由時間だからな。
いや、まあ、本来は開会式に出なきゃダメだったんだが。
それから、待ってるだろうからシイカと合流して……見るべきは、アリア先輩のマジック・ラビリンスの試合と、ジャナルのブルームだな。
あとは、一日目のボックス・ガーデンの試合か。
俺はまともに競技すら見たことないので、地形の確認もしたいし、これもちゃんと観戦しなければ。
「一番近いのはアリア先輩のか……華焔、お前はなんか、見てみたいものとかあるか?」
と、何となくでそう聞いた俺だったが……少々真剣な様子で、彼女は言葉を返してくる。
『お前様、儂は少し、気になるものがある。ひとまず、競技が行われる全ての会場を見ておきたいの』
それは……邪教、やらの関係でか。
「……わかった。そうしよう」