王都へ《1》
――学院の上半期が終了した。
学院は夏季休暇に入り、多数の生徒が実家に帰ったが……それでもまだ、熱気が残っていた。
魔法杯である。
夏季休暇から、一週間後に魔法杯という日程であるため、当然関係者は全員が残り、本番に向けて最終調整を行っていく。
ただ、もう本番前であるため、ボックス・ガーデンでは本気の模擬戦はやらなかった。
他の競技と違ってこの競技は、ダメージを外に流す機構があるとはいえ、ガチでやるとケガする可能性が大だからな。
後遺症が残る程のダメージは負わないが、下手な攻撃の受け方をすると、骨折くらいはすることがあるのだ。
だから、戦術等の再確認を軽くした後は、各々が最後の仕上げを自分で行う時間となった。
俺もまた、空き時間は全て華焔を振ることに費やし、俺の意識よりも優秀な俺の肉体に、出来る限りで華焔の持つ技をインプットしていった。
……正直、ボックス・ガーデンの練習よりもハードな時間だったな。
ちなみにだが、夏季休暇に入る前に行われたテストは……ギリギリ、本当にギリギリなんとかなった。
あと数点落としていたら赤点、というレベルだったが、必死に勉強したおかげで、俺もシイカもどうにかそれを免れることが出来た。
まあ、赤点の場合は夏に補習が入り、それでどうにかはなるようになっているそうだが……そういうのが無いに越したことはないからな。
流石にそこまで行くと、ゴード料理長の料理目当てで頑張っていたシイカのやる気も削がれて、絶対勉強しなくなってただろうし。
――そして、魔法杯を前日に控えた、今日。
俺は、それを前に、思わず感嘆の声を漏らしていた。
「おぉ……」
ゴウン、ゴウン、と唸るエンジン。
回る幾つものプロペラ。
デカく、ゴツく、だがどことなく優雅さのある形状。
俺の目の前にあるのは、飛行船だった。
前世で俺が知っているものとは形状が全然違い、具体的に言うと気球部分が存在していないため、どうやって浮いているのか皆目見当も付かないが、超かっこいい。
別に、機械オタクとかではないのだが、これを初めて見て興奮しないというのは、嘘だろう。マジですげぇ。
実は、学院の近くを飛んでいる様子は以前に見たことがあったのだが、こうまで近くで見るのは初めてだ。
が、これだけ感動しているのは俺だけのようで、他の皆は慣れた様子で、次々に中へと入っていく。
「ユウハ、みんな、行ってるわ」
「お前様、後ろがつかえてるよ」
「お、おぉ」
シイカと華焔に促され、俺はタラップを登っていく。
外を見た時からわかっていたが、中はかなり広いようだ。
ホテルかと思わんばかりに内装が整っており、そして驚く程静かである。
あんなにゴウンゴウンしていたエンジン音が、全然していない。多少エンジンの振動を感じるが、それだけだ。
遮音魔法みたいなものでも、あるんだろうな。
ちなみにシイカと華焔は、選手でもなければスタッフでもない訳だが、「? ユウハが行くなら、当然私達も行くけど」「何を当たり前のことを聞いておるんじゃ?」と返された。
大丈夫なのかとちょっと不安だったが、ミアラちゃんがそれを見越してコイツらも関係者としておいてくれたらしく、こうして共にいるのだ。
「その様子だと、ユウハ君、魔導飛行船は初めて?」
そう聞いてくるのは、前を歩いていたアリア先輩。
「はい、初めてです。すごいですね、これ……」
前世でも乗ったことはない。
そうそうあるもんじゃないだろう、飛行船に乗る機会は。
と、次に、アリア先輩の隣を歩いていたシェナ先輩が口を開く。
「ユウハ君、これが普通だとは思わない方が良いよ。ここのは、学院長様が自重無しに協力して、出来上がった飛行船だそうだから」
「シェナの言う通りね。まず間違いなく、世界でも最新鋭の飛行船よ」
「あ、やっぱりそうなんですか」
あの人が本気出すと、大体全部こうなるな。
どこまでもこだわる、研究者の性だろうか。
「ちなみに……魔導飛行船って言いましたけど、『魔導』ってなんです?」
それに答えるのは、アリア先輩。
「ん? あぁ、魔導っていうのは、機械とか、装置とか、そういうのが複雑に組み合わさって発動する魔法のことを言うわね。一人が単体で発動する魔法は魔導とは言わないし、単純な機構で発動するものも、魔導とは言わないわ。と言っても、これは結構ニュアンスの問題で、どこからが魔導っていう風に厳密に決められてる訳じゃないんだけれど」
なるほど、何となくだが、イメージは伝わった。
普通の魔法よりも複合的な要素のある、複雑な仕組みが必要になるものを魔導って呼んでいるのか。
――と、全員が乗船し終わり、飛行船前方の展望デッキのようなところに集まったところで、引率代表である魔女先生が口を開く。
「さ、全員乗ったわね。事前に注意事項は話したけれど、騒がないように――というのは無理だろうから、節度を持って騒ぎなさい。あと、甲板に出てもいいけど、危ないからしっかり注意するように。落ちても守られる機構は動いてるけど、はっきり言って、相当マヌケよ」
彼女の言葉に、皆から笑いが漏れる。
節度を持って騒げ、と言う辺り、学生というものをわかってるな。
魔女先生、色々やっているが、どうやらこの学院の教頭であったらしく、その関係で大人が必要になる行事等の代表には、あの人がなることが多いらしい。
ちなみにミアラちゃんも飛行船に乗っているが、彼女は完全お任せモードであるようで、ちょこんとソファに座ってニコニコしている。マジ幼女。
「体調が悪くなったりしたら、ちゃんと言うこと。――じゃ、エルシアに着くまでは結構あるから、あとは好きになさい。向こうに着いたらもう、競技によってはほとんど暇が無くなるだろうから、作戦会議等がゆっくり出来るのは、ここが最後よ」
そう彼女が締めると、各々ガヤガヤと話しながら、好きにし始め――というところで、座ってニコニコしていたミアラちゃんが、「おーい、ユウハくーん!」と俺を呼ぶ。
? 何だ?
「はい、どうしました?」
「えっとね、向こう着いちゃったらお互い忙しくなるだろうから、先に聞いてほしいんだけど……明後日のお昼以降は、確か時間あるよね?」
「そう……ですね。はい、大丈夫なはずです」
明日から行われる魔法杯は、全四日の日程となっている。
まず、俺が確実に出るのは二日目午前中の試合で、仮にそこで勝ち残った場合は、四日目の最終日に行われる本選にも出場することとなる。
ボックス・ガーデンは、競技の性質上、一試合に大人数が参加するため、予選で数を絞った後にはもう最後の本選となり、そこでボックス・ガーデン優勝者も決まることになる。
つまり、参加するとしても最大二試合になるのだ。
まあ、一試合の拘束時間が長いし、本気のやり合いになるので、楽さは全くないんだがな。
予選は一・二年と、三年・四年に分けられて行われるが、本選は学年関係なく、勝ち残った者が全員参加となる。
……せめて、予選は勝ち抜きたいもんだな。
色々言っていたが、俺も、男だ。
勝負事があるなら、勝ちたい。
自らの持てる力を出し切り、戦いたい。
無茶だと思い続けていたこのイベントだが、今はもう、それなりにやる気になっていた。
「ん、なら、二日目の……そうだね、四時以降。四時以降、空けておいてほしいんだ」
彼女の言葉に、俺はピク、と反応し、答える。
「……わかりました、そうします。どこにいればいいですか?」
「ホテルの入り口辺りにいてくれると助かるかな。――ありがとう。ごめんね、その時は疲れもあるだろうけど、よろしく頼むよ」
……ミアラちゃんが、俺を魔法杯の選手にした理由、に関する話か。
わざわざ口で話さず、そうやって場所と時間を指定した以上、そこには何かあるのだろう。
いったい、何が待ち受けているのか――。