学生ならやらなければならないもの
――ミアラちゃんの研究室にて。
「あー、そっかぁ。確かに、その可能性があったか。そう言えば私の杖も、特注で作ってもらったんだった」
「もう、すごいがっくり来ましたよ」
「ごめんごめん。そうだね……確かに杖は持っておいた方が良いだろうから、夏休み、魔法杯が終わったら、君用の術具を一つ作ろうか」
「ホントですか? けど、お金とかは……」
「そんなの勿論、学院が払うよ。ユウハ君達の環境を整えるのは、条件の内だし」
当然、といった顔でそう言うミアラちゃん。
おんぶにだっこである。超ありがてぇ。
「ありがとうございます、助かり――」
「いらんいらん、そのようなもの! 儂がおれば、問題ないからの、お前様よ」
と、俺の言葉の途中で、華焔がそう反発する。
「いや、でもカエンを使うとなると、抜き身で構える必要あるでしょ? それは危ないから、ユウハ君も、一つくらいは別で杖を持っておいた方が良いかなって」
「ぐ、ぐぬぅ……惑わされるなよ、お前様! 次元の魔女は、甘言を用いて人々を堕落させる存在なのじゃ!」
「残念ながら、信用度で言えばお前よりもミアラちゃんの方が高いが」
「あー! そういうこと言うんだー! 儂は、こんなにもお前様に尽くしておるというのに、次元の魔女の味方するんだー!」
子供か。
「――わっ、バカ、いてて、やめろって」
「え、えっとぉ……ま、まあ、ユウハさんも、カエンさんを第一に思ってるのは間違いないと思いますよ。ただ、本当に必要だから、用意しようとしているだけで」
不服というのを全力で示すためか、座っている俺の背中にしがみ付き、首筋をガジガジしてくる華焔の姿を見て、困ったような苦笑でフォローしてくれるフィオ。
どさくさに紛れて、シイカの尻尾も俺の足に絡みついてくる。
お前らホント、隙あらばだな。
「そうだ、お前の有能性はちゃんとわかってるって。俺が部屋で、洗濯機とか、オーブンとか使う時、お前はアレらにムカつくのか?」
「むっ……別に、何とも思わん」
「だろ? 俺にとっちゃ、同じようなもんだ。戦闘で何か使うってなったら、どうせお前以外あり得ないんだからよ。だから、そんなむくれんな」
「むむぅ……フン、まあいいじゃろう! 儂は優しいから、それで納得しておいてやるかの!」
そこでようやく、腹立ちも収まったようで、華焔は俺から離れる。
俺は、小さくフィオにサムズアップすると、彼女はクスッと笑った。
「みんな、尻尾無いから、不便ね。生やせば良いのに」
「おぉ、そうじゃ、お前様! お前様も尻尾を生やせば、それで万事解決じゃの!」
「勘違いしているようだから教えてやるが、ヒトは任意で尻尾を生やしたり無くしたりは出来ないんだ」
お前らは人体の構造を勘違いしている可能性があるな。
そんな俺達のやり取りを見て、クスクスと笑うアリア先輩。
「フフ、みんなが来てくれて、本当に賑やかになりましたね、学院長様」
「そうだねぇ。前は三人で、しかも一人実地授業行っちゃったから、しばらく二人だったもんねぇ」
「……そう言えば、もう一人いるっていうこの授業の先輩、結局会えませんでしたね」
「あ、えっとねぇ、彼は下半期には帰ってくるから、そこで紹介するよ。あんまり口数の多い子じゃないんだけど、面白い子だよ。――さ、一年生組は、頑張って。テストまで、そんなにないからね」
そう、テストである。
この学院は、上半期と下半期の二つの時期に分けられているのだが、早いもので、その上半期も終わりに近付いている。
そして、この学院は何だかんだ言っても教育機関だ。
である以上、それぞれの時期の終わりには、学んだことがどれだけ身に付いているのかのテストが行われる。
ここで大事なのは、一つ。
まだまだ俺は、同級生に勉強のレベルで追い付いていない、ということだ。
端的に言って、落ちこぼれである。
しょうがないことではあるのだが、残念ながら、そんな落ちこぼれの俺にも平等にテストの日はやってくるのである。辛い。
――今は、ミアラちゃんの授業である『魔法研究Ⅵ』が終わった後の、空き時間だ。
彼女が「今日は久しぶりに暇があるから、みんなも大丈夫なら、勉強見てあげようか?」と言ってくれ、俺達は誰一人否と言わず、そのまま勉強会の始まりである。
なんかもう、当たり前のように、こうして勉強まで見てもらっちゃってるが、この学院の生徒にとってこれは、超レアイベントなんだろうな。
「……ミアラちゃんの授業と、魔女先生――アルテリア先生の授業がどうにかなりそうなおかげで、まだ絶望的じゃないのが救いですよ」
この人の授業はテストとかないし、魔女先生の授業は、魔法の披露をしてその成果で点数を付けるそうなのだが、原初魔法が使えるようになった時点で彼女本人にも「シイカちゃんは勿論、ユウハ君も問題ないわね」とお墨付きをもらっている。
だからまあ、あとは他の授業のテストに集中すれば良い訳だが……。
ちなみにだが、『魔法研究Ⅵ』の授業で、シイカが研究題材として選んだのは腕輪っぽい奴だったが、「何かちょっと、面白い」と、興味を引く何かがそれにはあったらしく、割と真面目に研究を行っていた。
それの性能を引き出すのがシイカの課題であるそうだが、「これ、パズルみたい」と、本人は言っていた。
同じくこの授業を受けているフィオが選んだのは、古めかしい杖だったが、その杖には隠された機能があるらしく、それが何かを探るのが課題だそうだ。
フィオは真面目なので、授業への取り組みの真剣さに関しては、こちらは言うまでもなく。
そして俺に課されている課題は、華焔の力を取り戻す、というものである。
……なんかちょっと、俺のだけ方向性が違うような気がしなくもない。
「あはは、ま、研究って、そんな簡単に成果が出る訳ないからね。極論すれば、成果が出なくても仕方がないし。普段真面目にやってるのを見てるから、それで問題ないんだよ。だって、本来研究って言うのは、他者は一切関係のない、自分自身との闘いなんだから」
「……ミアラちゃんは、やっぱり本職は『研究者』、なんですか?」
「うん? うん、まあそうかな。自分の中で何を一番に置いてるかと言ったら、そうなるかな。色々やらなきゃいけないことが多くて、残念ながらそれに集中出来てないのが現状なんだけどねぇ……ま、こればっかりは他人に任せられない、私の義務だから、仕方ないんだけども」
ここ最近忙しくしている様子からも、ミアラちゃんが持つ仕事量の多さは窺えるしな。
ホント、お疲れ様である。
と、俺の隣で教科書と向き合っていたシイカが、ハァ、とため息を吐き、コツン、とテーブルに顎を乗っける。
「ミアラちゃん、私、テスト、面倒くさいわ。こんな面白くないもの、やりたくない」
「はは、確かに、面倒かもしれないね。でも、頑張って良い結果が出たら、ご褒美に、ゴートに物凄く美味しい料理を作ってもらうから」
「……ものすごく?」
「物凄く。学院長権限で、思いっきり贔屓して。だから、その時は黙っててね?」
「ミアラちゃん、私、頑張るわ」
「フフ、頑張りなさい。勿論、みんなの分も作ってもらうからね」
俺達はさらに気合を入れ、テスト勉強に精を出す。
超学生っぽいが……なんかホント、急に忙しくなったな。