準備《2》
この世界には、魔法の発動を補助するための『術具』、というものが存在している。
術具には大きく分けて二種類のものがあり、演算領域の代わりを果たし、魔力を込めるだけで魔法を発動してくれるタイプのものと、演算領域の代わりにはならず、術式の構築自体は自分でやらなければならないものの、魔力制御や術式構築の補助をしてくれるタイプのものがある。
前者に代表されるのが『魔法書』で、後者に代表されるのが『杖』だな。
故に、どのような形状をしていようが前者のタイプのものを魔法書と呼び、どのような形状をしていようが後者のタイプのものを杖と呼ぶことが多いそうだ。
これらに優劣はなく、使用用途によってどちらのタイプも使われる。
魔法士ならば、別に演算領域を代替してもらう必要はないため、汎用性の高い杖の方を多く使うそうだがな。
聞くところによると、シイカの尻尾なんかも、ヒト種における杖の役割を果たしているそうだ。
そして、ボックス・ガーデンの競技では、一人一つまで術具を持つことが許されている。
性能制限は設けられているそうだが、術具があるのとないのとでは大違いであるため、ウチの学院の選手たちも全員各々がそれを持っているそうだ。
俺以外。
ちょっと前、雑談で「そう言えばユウハ、全然杖使わないな」という風に言われ、「え、いや、持ってないんで……」と答えたところ、「は?」という顔で驚かれた。
……どうやら、魔法士ならば、魔法を補助する術具を持つのは当たり前のことであるようだ。
前世ならば、兵士が銃を持ってるのが当たり前、といったところだろうか?
今まで俺は、『杖を持つ』というのが常識だと知らず、逆に他の人達は、「持っていないのは、今が練習期間だから、わざと自分に負荷を掛けているのだろう」と考えていたそうで、聞いてこなかったようだ。
それがあんまりにも当たり前過ぎて、まさか俺が持っていないから使っていないのだとは、想像だにしなかったらしい。
だ、だってこの学院、授業だと術具はほぼ使わないし……つっても、どうやらそれも、個人の魔法技能を伸ばすため、という理由があってのことらしいが。
――そういう訳で今、俺は華焔と、そしてそういうのに詳しいらしい、猫獣人のシェナ先輩に協力をお願いして、空き教室で術具を選んでいた。
「うわっ、すご。これ、最新のだ。って、待って、こっちの、多分表に売ってないのじゃ……」
「お前様、言わせてもらうけど! 儂がいれば、本来このようなものは必要ないんじゃからな! 儂ならば、お前様の魔法の補助まで完璧に行って、戦えるんじゃから! ここにあるもの、ぜーんぶ儂の劣化じゃからな!」
呆れ混じりの顔で色々見ているシェナ先輩に、なんかちょっと気に入らない様子で、ぐちぐちと文句を溢す華焔。
「わかってるって。いつも頼りにさせてもらってますよ」
「……多分、企業が持ち得る技術を全てつぎ込んで作ったであろう最先端の術具を、自分の劣化って言い切れるの、すごいね……」
「当たり前じゃ、猫娘! 儂は災厄をもたらす剣! このような小道具、がらくたと一緒よ!」
最近のお前は、災厄をもたらす剣というか、怠惰をもたらす剣って感じだけどな。
部屋だと、すげぇぐーたらしてやがるし。
モノを用意してくれたのは、ミアラちゃんだ。
魔女先生に相談したら彼女まで話が行き、「私が出てってお願いした以上は、私が用意しなきゃね!」と、学院にあったものを十数種類持ってきてくれたのだ。
相変わらず今は忙しいようで、これらを持って来てくれた後に、すぐに帰っちゃったんだけどな。
ここに揃っているのは、全て杖タイプのものだ。
戦闘に使う術具は、魔法書タイプは反応が遅くて、適さないらしいな。
形状は色々あり、ブレスレット型、指輪型、チョーカー型、タブレット型、短剣型など、様々だ。
逆に、ホントに「杖!」っていう形状のものはない。
どうやら俺には合わないと、ミアラちゃんが候補から弾いといてくれたようだ。
「で、ユウハ君は、どういうのが良いの?」
「あ、はい、俺は術式を使わないので、術式補助があるようなのじゃなくて、魔力制御だけやりやすくなるのだと嬉しいですね」
「術式を使わない? ふぅん……」
少し考えるような素振りを見せた後、シェナ先輩はモノを選び始める。
「ユウハ君みたいに剣も使って、それでいて戦闘で邪魔にならない術具って考えると……やっぱりブレスレットタイプか、指輪タイプのものがいいかな。魔力制御だけの効果のだと、これとかこれとか、これとかね。模擬剣に補助機能が付いてるものもあったりするんだけど……」
と、次に華焔が口を開く。
「一体型のはやめておいた方が良いね。我が主様は割合器用な方ではあるが、何でもかんでも出来る性質じゃない。慣れぬ内は、一体型は無理。実際儂も、まだ主様には剣術しか教えておらんし」
「あ、まだ先の段階があんの、あれ?」
「当然。戦いとは、剣に魔が合わさって初めて成り立つもの。お前様はまだ、その片方の入り口の入り口に立っているに過ぎん」
「前々から思ってたんだが、お前は俺をどのレベルの剣豪にするつもりなんだ?」
「無論、弱いお前様が、何があってもとりあえず死なないで済むところまで!」
「主人思いの剣なんだね?」
「……過保護が過ぎて、要求の高さが半端ないんすけどね」
マジで。
「ま、シェナの言う通り、腕輪か指輪辺りが良いじゃろ。あまり術具に制御を任せ過ぎては、融通が利かんくなるし……儂も、この辺りのものが良いと思うぞ。お前様の隠し玉も、やりやすくなるじゃろう」
「へぇ? ユウハ君の隠し玉か。練習も大分派手にやってたし、本番見るのが楽しみね」
「……れ、練習見てたんすか。俺がボコられまくってたの」
ボックス・ガーデンの練習は、マジで俺がボコられてるだけなので、あんまり見られたくないんだが……。
「うん、ごめん、見ちゃった。でも、本気で頑張ってたから、かっこよかったよ」
「…………」
素直な誉め言葉に、何も言えなくなる俺。
隠し玉に関しては、原初魔法で、一つ練習を続けているものがあるのだ。
俺の戦闘を見てくれる華焔が派手好きなので、結構派手なものになってしまったが……こっちも、本番までに完成させないとな。
――そんな感じで話しながら、薦められた術具を試してみたところ。
「あれ……動いてんのか、これ」
「む?」
「術具って、魔力の流れを補助してくれるんだよな? 全然そんな感じしないんだが……」
簡単な魔法を発動してみたが、それを補助されている感じが、全くしない。
いつも通りの発動感覚である。
俺の使い方が悪いのか?
それとも、本当に機能していないのか?
「……うん、確かに機能してないの」
「ん、おかしいね。今の行程なら、効果は出るはずだけど。私は使えるし……」
俺の代わりに試してみたらしいシェナ先輩の様子を見て、華焔が少し納得したような顔で口を開く。
「……なるほど。お前様は、魔力の質がかなり独特じゃから、どうやら術具が認識出来ておらぬようじゃな」
「えっ」
「シェナの様子を見る限り、間違い。全く、これだから、がらくたは」
……魔力を認識出来ない、か。
あり得る話だ。
俺の魔力は、自然のものに限りなく近い。
空間にある魔素と、俺の体内に存在する魔力との差はほぼ無いに等しく、術具が魔素に反応して誤作動を起こさないようにされている場合、同じく俺の魔力にも反応しない可能性は高い。
魔力と魔素は、根源的には同じものであり、故に戦闘用の繊細な魔法器具は、そうやって魔素に反応しないよう設定されているらしいのだ。
部屋にある生活用の魔法器具とかなら、そこまで繊細にする必要もないので、俺でも使えているのだと思われる。
「ということは、つまり俺、結局術具無し?」
「……多分、ユウハ君専用で作ったらいけるとは思うけど、それをすると規約に引っ掛かる可能性が高いかも。だから、えっと……端的に言うと、その通りね」
「お、おぉ……」
セルフ縛りが確定である。
思わずがっくりと肩を落とし――と、ポンとシェナ先輩が俺の肩に手を置いてくる。
「あー……無理ならしょうがないって。残念だけど、割り切って、それは無いものとしてやるしかないわ。ほら、元気出しな。表彰されて、私の耳と尻尾、触るんでしょ?」
「……触ります」
「なら、頑張んないとね」
近くから、励ますように笑ってみせるシェナ先輩。
「……頑張ります」
「ん、偉い。ちゃんと、応援してるから」
短くとも、しっかりと気遣いの感じられる先輩の言葉。
……頑張ろうか。