準備《1》
だんだんと魔法杯への日程が近付いてくるにつれ、学院の熱が増していっているのを感じる。
やはり一大行事であるようで、生徒達の話題に上る回数も多くなっており、その準備を手伝う同級生や先輩達が忙しく動き回っている様子が、学院全体で見られるようになっているのだ。
この学院が、学校っぽい活動をしているのを見ると、なんかちょっと、面白いんだよな。
とんでも学院であっても、学校は学校なんだなって感じられて。
俺の日常も、授業を受け、華焔にしごかれ、シイカに原初魔法を見てもらい、そしてボックス・ガーデンの練習と、なかなか過密な日々となっている。
何人か、同学年や先輩の知り合いも増え、おかげで競技性や戦い方についても、少しずつ理解が進んでいる。
……直接身体に叩き込まれている、という感じではあるが。
「――だんだん慣れてきたな。元々お前は、周りがよく見えていたが、それが活かせて来ている」
そう声を掛けてくるのは、背が高く、細身に見える程の鍛え抜かれた肉体をした、人間の先輩。
名前は、ハルシル=ヴラヴィル先輩。
こう言うと失礼かもしれんが、学生服があまり似合っておらず、もっとフォーマルなスーツとか、もしくは軍服とか、そういうのの方が似合いそうな大人な先輩である。
俺より二つ上の三年生だが、ボックス・ガーデンの選手の中では学院一番の実力者であり、そして人望もあるため、この競技の責任者になっている人だ。
実際こうやって話す中でも、説明は上手いし、気遣いの出来る紳士だし、分け隔てなく接するので、人望があるというのもよくわかる。
如何せん、指導が実戦派でスパルタ、という面はあるのだが。
一応貴族籍を持ってはいるらしいが、ほぼ平民と変わらないような下級貴族であるそうで、本人は「ただの地方貧乏騎士の家というだけだ。貴族などと名乗るのもおこがましい程だな」と、冗談なのか本気なのかわからないような顔で言っていた。
それでも確かなのは、上からも下からも好かれている人である、ということだろう。
ちなみに生徒会役員でもあるらしく、アリア先輩の次はこの人が生徒会長になると言われているとか。俺も同じように思う。
「ハァ、ハァ……ありがとう、ございます」
息を整えながら、俺はそう答える。
身体の節々が痛い。
ボックス・ガーデンの選手として本格的に活動を始めてから、俺の身体は生傷量産祭りだ。風呂が染みるの何の。
――今日行っているのは、本番形式での、ボックス・ガーデンの模擬戦である。
一定以上のダメージを流すための、ステージ全体に張る防御魔法が相当の魔力を食う上に、他の競技との兼ね合いもあって毎日やれている訳ではないのだが……その分、本番形式の練習の日は、もう全員ガチである。
実戦なので普通に魔法ぶっ放されるし、模擬刀で殴られるし。
死にはしないが死ぬ。
すっげぇ怖ぇ。
普通の汗に合わせて、冷や汗流しまくりで、毎試合脱水症状にでもなりそうだ。
例の襲撃の際、魔物どもの群れに突っ込んだのよりはマシではあるのだが……それとこれとは、話が別なのである。
マシンガンぶっ放されて、怖くねぇ奴がいるか?
いたとしたら、ソイツは神経がおかしくなっている。
「お前は大きな伸び代がある。流石ゲルギア先生が、素人ながらお前を上級剣術に呼んだだけはあるな。考え、同時に動く、というのが身に付いている」
実は俺は、この人とはボックス・ガーデンの競技を通して知り合ったのではなく、前からの知り合いである。
何を隠そう、『上級剣術』の授業にも、この人が参加していたからである。
今までも数度は話したことがあり、だからという訳ではないだろうが、俺の面倒はほとんどこの人が見てくれている。
「……今のところ、一回も良い順位は取れてないですけどね。今も失敗しまくりですし、本番までに、どれだけやれるか」
最初、ビリばっかり取っていた俺だが、少しずつ順位が伸び、今では真ん中くらいを取れるようになってきた。
が、真ん中である。
本当に、皆が強いのだ。
特に、このハルシル先輩が強い。マジで強い。
見つかったら最後で、俺も三回程この人にやられている。
近距離は、上級剣術の授業に出ているだけあって隙が無く、遠距離は、五対一でも他を圧倒出来る程の魔法技術を有しているため、距離を取っていると一方的にバンバン魔法を放たれ、打ち負けるのだ。
これ、と言って何か特殊な魔法が使える訳ではないようなのだが、とにかく状況判断が優れており、その場その場で使用する魔法が的確で、しかも発動が異様に早い。
何で後出しで、魔法の打ち合いを先制出来るんですかね、この人。
ボックス・ガーデンは競技の性質上、不意遭遇戦が多くなり、奇襲も多いのだが、この人はその持ち前の反応の良さで、全てを返り討ちにしているのだ。
俺も一度、奇襲を行って、ぶっ飛ばされた。
二秒もせずに一定量のダメージを叩き込まれ、リングアウトである。
なるほど、ボックス・ガーデンにおける学院一番の実力者か。
……というか俺、何故魔法学院に来て、こんなに身体ばっか苛めているのだろうか。
健全な肉体には健全な魔力が宿ると教わったが、流石にちょっと、おかしい気がしなくもない。
「そうだな。考えながら動けている、とは言ったが、まだその思考での動き全てを発揮する実力がない。得たい結果のために、どの選択肢が正解で、どの選択肢が外れかを、身を以て覚えている最中、といったところか」
「……よく見てますね」
「フ、それが役目だからな」
男前に笑うハルシル先輩。
「特にお前は、相手が誰であろうと、戦う姿勢を崩さない。俺への奇襲もしている。だから、順位自体は低く出ることが多いが、そう問題はないだろう。本番では、差のある三、四年とはブロックを分けられるからな。俺自身、お前の本番を見るのが楽しみだ」
「……? 別に俺に限らず、戦う姿勢を崩さないっていうのは、みんな同じでは?」
「いや、一年の選手は、年上と当たるのを、自然と避ける節がある。自分よりも相手が格上だと思ってしまっているからだ。そして、半端に自分に実力があると思ってしまっているからだ。だから年上と当たるのを避け、自分より格下を狙う。つまり、同学年だ」
「……弱い相手を狙う、というのは、間違ってないんじゃないですか?」
「そうだ。戦術としては文句なく正しい。が、今は本番ではなく練習だ。である以上、お前くらい、もっと積極的に掛かってきてほしいものだ」
……誉め上手な人だ。
他者をやる気にさせるのが上手い。
根っからのリーダー気質なんだな、この人。
ボックス・ガーデンは団体競技ではなく、完全なる個人種目である。
最終的なポイントで他校と競ったりする関係で、同校同士は序盤の削り合いを回避するのが通例だし、近くで同校の選手が戦っていたら、それとなく援護を行ったりもする。
露骨に協力し合うと、競技性が崩れるため反則点を取られるものの、その程度ならば『戦術』として許される訳だが……必要になれば、普通に同校同士でもやり合う。
エルランシア魔法杯は、あくまで『個人』の魔法技能を競う場だからだ。
学院がどうの、というのは、あくまで副次的なものに過ぎないのである。
だから、とにかく経験が浅い俺は、今の内に皆の動きを見ておきたいのだ。
結局最後は、誰が相手でも戦うことになるのだから。
幸い俺には、華焔という、戦闘のエキスパートが味方にいる。
アイツは何のかんの言ってても、俺に協力してくれるし、教えるのも上手い。
疲労困憊にはなるものの、俺の限界を引き出し、最大効率で身体に直接教え込ませてくれる。
俺が他の選手の特徴を覚え、アイツと対策を練る、というのが一番の上達の道だろう。
「さあ、お前はどんどん参加しろ。アドバイスはするが、ユウハの場合は口で教えるよりも、経験が何よりの成長に繋がるだろう。だから、疲れても行け。もう無理だと思っても行け。俺達が必ず、毎度ボロボロにしてやろう」
「励ましなんですか、それは」
「勿論だ。やればやるだけ伸びる者に、手心を加える必要はない」
容赦のない、だが本心で言っていることがわかるハルシル先輩の言葉に、俺は苦笑を溢し、次の模擬戦に備えて準備する。
本当に、その気にさせるのが上手い人だ。
◇ ◇ ◇
――そうして、ボロボロにされまくったその日の夕方。
「もっと、私に構うべきだわ」
部屋に戻った俺を迎えた、シイカの第一声はそれだった。
腕を組み、むん、とした表情のシイカさん。
どことなく、尻尾もむん、といった様子である。
「えっと……何でしょうか、突然」
「最近、ユウハは頑張り過ぎ。もっとだらけて、のんびりするべきだわ」
「お、おう、確かに忙しくはしてるが……」
あー……第一声が「自分に構え」だったが、これは一応、心配してくれている、ということか?
「そして、私に身体を差し出して、魔力をいっぱい感じさせるべきだわ」
うん、そっちが本音っぽいよな。
あと、身体を差し出すって言い方、やめてくれないか。別に間違っちゃいないんだろうけども。
……確かに最近、一日中活動して忙しいし、夜もすぐ寝ちまうので、以前より暇な時間が減っているのだが。
「だから、ユウハ。はい、どうぞ」
そう言ってシイカは、冷蔵庫を開き、中から皿を取り出す。
そこに乗っていたのは、菓子。
冷めてもちゃんと美味しいタイプのものである。
「これは……お前が作ったのか」
「ん。新しいレシピを覚えたから。食べて」
俺は、渡されたフォークを受け取り、食べる。
ん……美味い。
普通に美味い。
料理の技術では、俺はもうコイツには敵わないだろう。
「美味いぞ。ありがとな、シイカ」
「ん、良かった。それで英気を養って」
そう言ってニコッと笑い――シイカは尻尾をパシッと伸ばし、俺に巻き付く。
「……英気を養わせてくれてるんだよな?」
「そうよ。それで、ユウハが養ったその英気を私が吸い取って、私の力にするの」
「ただの養分じゃねぇか」
「だからユウハ、もっと太っても、良いのよ?」
「最終的に俺を食うつもりだな? ん?」
お前はお菓子の家の魔女か。
ただ、そうこうしている内に、シイカの機嫌も回復したようで、小さく笑みを浮かべている。
……コイツがこんな顔するのなら……好きにさせようか。
と、いつものようにマイペースにごろんとしていた華焔が、俺達の様子を見て口を開く。
「お前様は、あれよの。存外、姫様に甘いね」
「……うるせ」
あと一話か二話で、魔法杯始まるかな。