裏
――何の変哲もない、ある喫茶店にて。
その、カフェテラスの席にて、とある老婦人と青年が、穏やかな表情でテーブルを共にしていた。
老婦人は、頭から二本の巻き角が生え、魔族であると思われるが……青年は、わからない。
外見的な特徴が少なく、人間にも、魔族にも見える姿である。
老婦人が浮かべているのは、一切の裏など感じさせない、子供に好かれるような優しげな表情。
青年の顔に浮かべられているのは、人当たりが良さそうな、誰もが好印象を覚えるであろう、自然な笑み。
どこにでもいそうな、普通の二人である。
通りを行き交う人々。
雑踏の、緩やかな喧騒。
それらの、街の景色の一つとして混じりながら、青年はティーカップを口に運び、そして言った。
「いやはや、あなた様とこうしてお茶が出来て、私は幸せ者ですね」
「まあ、口がお上手ね。私のようなおばあちゃんとお茶したところで、楽しいことなんてないでしょうに」
老婦人の言葉を、青年はにこやかな顔で否定する。
「いえいえ、そんなことはありませんよ、マダム。私のような若輩にとって、あなた様のような経験豊富なお方とのお話は、値千金となるもの。何しろ今は少し、窮屈な世の中ですから。こういう時の世渡りの秘訣をお聞き出来たら、嬉しいものです」
「あなたのような、ご立派に仕事をなさっている方に、私のような者の助言が必要とは思えませんがねぇ。ただ、そういうことならば、私にお話し出来ることは、お話ししましょうか。何か悩みが……例えば、私達みんなが今、ちょっと困っている問題に関しての悩みなどが、おありで?」
「えぇ、まさにそれです、それ。解決のため、色々と頑張ってはいるのですが……なかなか上手くいかないものでして。私達にとっての良い噂が出てくれたら、皆さんがもう少し、やりやすくなるのになぁ、などと考えているのですが……」
一瞬、老婦人の瞳が鋭くなり、だが次の瞬間には、まるでそれが嘘だったかのように穏やかな表情へと戻っていた。
「確かにそうかもしれないわねぇ。ただ、急に全てが上手く流れ出しても、中には不安に思ってしまう方もいて、良くないことが起こる気もするのよねぇ。何事も、塩梅は見なくちゃ、よ?」
「えぇ、確かに。肝に銘じておきましょう」
「……そうですね、程々を保つのであれば……お好きなようになさるのが、良いのではないでしょうか。上手く解決を図っていただけることを、祈っていますよ」
「ありがとうございます、そのお言葉を聞けただけで、勇気が湧いてくるというものです。――おっと、そろそろ時間ですね。すみませんが、私はこれで」
「あら、残念ね。もっとたくさん、楽しいお話を聞かせてもらえるかと思いましたのに」
「申し訳ありません、私はあまり、口が得意な方ではなくて。次にお会いする際に、あなた様をご満足させられるお話が出来るよう、努力致します」
「そう。じゃあ、今後の楽しみとして、待っているわね」
青年は、にこやかな表情で席を立ち上がる。
「では、また」
「えぇ、また」
彼らは、互いの名を最後まで一度も呼ばず、別れる。
――エルランシア魔法杯が始まる日は、近い。
((あの人、名前なんだっけ……))




