魔法杯へ《4》
突然だが、アリア先輩の肩書に『生徒会長』というものが存在しているように、この学院には生徒会が存在している。
何のかんの言っても、やっぱりこの学院は、教育機関だからな。
故にそういう、『学生自治』の組織は、前世と同じく必要なものなのだろう。
生徒会の仕事としては、大まかには、入学式とかの会の準備や進行、そして今回のような、行事の準備や進行。
あとは貴族関連のことや、何かしらの、あまり表には出て来ないが重要な、細々とした仕事を行っていると聞いている。
そう、魔法杯に関しても、生徒会が中心に進めているようで、選手の選定手伝いから練習日程の調整等を、以前から行っていたそうだ。
魔法杯は一大行事であり、毎年行っているものであり、故に入学式が終わって一か月目くらいで、動き出してはいたのだという。
そして今日、俺はアリア先輩から直々に「この時間に、ここの会議室で会議するから、君も来てね!」と言われ、初めてやって来たのだが……。
「――ふざけるな! 何故貴様のような落ちこぼれの平民が、選手になどなれる!?」
「何故って言われても」
俺に食って掛かるのは、貴族らしい、男子生徒。
知り合いではないし、見た覚えもないのだが、俺が貴族ではなく、しかも大して魔法も使えないということを知っている以上は、同学年なのだろう。
「俺に文句を言われても困る。言いたいことがあるなら学院長に言ってくれ。俺を選んだの、あの人だから」
「貴様っ、ミアラ様を言い訳にするのか!?」
言い訳も何も。
「俺だって戸惑ってるんだ。そんなことを言われても困る」
「ならば自らで辞退することだ! 実力もないのに出場しては、この学院の名折れだ!」
「何回か無理とは言ったんすけどね」
「ハッ、本当に無理だと伝えたのならば、聞き入れてもらえていたはずだ! あわよくば出たい、などというあさましい気持ちが出ていたのだろう! とっとと出場を辞退して、どこかへ行きたまえ!」
何がそんなに気に食わないのか知らないが、喧々とうるさい少年。
……今まで俺の友人の中に、こういう如何にもな奴は一人もいなかったが、やっぱいるところにはいるんだな。
コイツのような、権威主義的なのが。
大して関わりもない相手に、よくもまあ、こんなキレ散らかすことが出来るもんだ。
――俺みたいなのがいることに、不満があるのは正直わかるのだ。
前からちょっとずつ進めていた中で、突然横からしゃしゃり出て、花形競技の選手に参加、っつー訳だからな。
ただ、こうまで言われると、流石に俺もムカついてきたため、言い返そうと口を開き――が、その前に、横から声が割り込んでくる。
「ペチャクチャるせぇな、ボケ。そんなに気に入らねぇなら、結果で見返しゃあ良いだろうが。口しか出せねぇザコがよ」
それは、俺のクラスの友人、ジャナルだった。
ここにいるということは……コイツも魔法杯に出るのか。
「……ジャナル殿だな。私の友人達が出られず、故にその彼らの分まで頑張らねばならないのに、このような実力も何もない、落ちこぼれの男が出られているんだぞ!」
向こうはジャナルのことも知っているようで、俺の時よりは口調を抑えていたが、それでも抑えられない苛立ちを感じさせる様子でそう言う。
が、そんなことなど関係なく、我が友人はバッサリと斬って捨てる。
「知らねぇよ。学院長サマがこのアホを選んだっつーことは、テメェのそのお友達よりコイツの方が優れてんだろ。それとも、テメェよりも学院長サマの目の方が、節穴だって言いてぇのか?」
「そ、そうではないが……しかし、そちらも貴族だろう、何故そんな平然としていられる!?」
「この件に貴族がどうのっつーのが関係あんのか? 腕があるか、ないか。それだけだろうが」
「ッ……!」
ギリィ、と歯を噛み締める男子生徒。
あぁ、何、出たくとも出られなかった友人らがいて、にもかかわらず俺みたいな授業に付いて行けていない奴が魔法杯に参加することになって、それがそんなに気に入らなかったのか。
言いたいことはわかるが……それで俺に文句言われても、困るんだって。
お前、言っておくが、誰が一番困惑してるのかっつったら、俺なんだぞ。
その彼は、まだなお言いたいことがある様子だったが――その前に、会議の進行役らしい、壇上に立っていたアリア先輩が口を開く。
「いい加減になさい。何をどうしても、ユウハ君の参加は変わりません。まだ文句があるのならば、後程生徒会長として、私が直接話を聞きましょう」
いつもの、のほほんとした様子とは違う、凛とした声。
俺に喧嘩売ってきた彼は、一瞬怯んだ表情になったが、すぐに不服そうな顔でこちらを睨み。
「……その選択、後悔しますよ」
最後にそれだけを言って、席に座った。
嫌われたな。
まあ彼に毛程の興味もないので、どうでも良いんだが。
俺もまた、ジャナルの隣の席が空いていたので、そこに座ると、こちらに集まっていた注目は霧散し、気を取り直した様子でアリア先輩が会議を始める。
ただの面白愉快お姉さんではない、生徒会長としての凛々しい顔に内心で感心しながら、俺はジャナルへとこっそり声を掛ける。
「よう。ありがとな、ジャナル。庇ってくれてよ」
「……ケッ、あのボケナスがあんまりにも見苦しかっただけだ。いるんだよな、ああいう自分の立場が上っつーだけで、全てが上だって勘違いしてやがるアホが。いったいそんなもので威張りくさって、何になるってんだ」
吐き捨てるようにそう言ったジャナルを、俺は見る。
「……んだよ、その顔は」
「いや、ジャナルがあまりにも真っ当な意見を言ったなと思って」
「お? 何だ、喧嘩売ってんのか?」
「まさかまさか。大切な友人に、そんな喧嘩なんて売りませんよ。口が悪いクセに、案外まともだなコイツとか、そんなこと思ってませんよ」
「よし、わかった。喧嘩売ってんだな。いいぞ、買ってやる」
握り拳を作って怖い笑みを浮かべるジャナルに、俺は笑って両手を挙げ、降参のポーズを取る。
目つきの悪い我が友人は、フン、と鼻を鳴らすと、少しだけ自身の事情を明かしてくれる。
「……俺はよ、一応貴族っつーことになってるが、実際は違う。ただの庶子で、名前が偉そうなだけだ。だから、立場としてはユウハと一緒だ」
「庶子っつーっと……」
「あぁ、お袋が平民だ」
ジャナルの本名は、ジャナル=ユエラ。
ユエラ、というのは、『ユエン帝国』という国において、王族を表す名だと聞いている。
つまり、母親が平民であるということは、必然的に父親が王族、ということになるが……それは、あんまり愉快そうな話じゃないな。
「まあ、俺のお袋も頭がアレだったんで、正直庇えねぇ部分があんだがな。んで、お袋が死んで、そこでようやくゴミみてぇな親父との繋がりがわかって、綺麗なお飾りを着せられてよ。ま、俺としてもクソ食らえ、だ。とっとと家と縁切って、『ユエラ』を名乗らねぇで済むようにするため、この学院に来たんだ」
あっけらかんと、どうでも良いと言いたげにそう言うジャナル。
普通に話したところからしても、コイツの中ではもう整理の付いた、終わった話なのだろう。
ただそうする、と決めたことだけが残り、今こうして学んでいるのだと思われる。
そうか、だからさっきみたいな、貴族の身分を翳してどうの、と話す奴を見ると、相当に滑稽に見えるのか。
「なるほど……お前、かっこいいな」
「は?」
「いや、純粋に。バカにしてる訳じゃねぇぞ? 頑張ってんだなと思って。あとはエルランシアの、ジオとかと上手くやってくれると、俺としては嬉しいんだが」
「……それは別の話だ。あそことウチは、もう昔からずっと、仲良しこよし、だ。テメェもそこには首突っ込むな」
「へいへい」
そろそろ学院以外の舞台を書きたい……話を進めねば。