魔法杯へ《3》
「――へぇ、ユウハ、魔法杯に出るんだ。しかも、ボックス・ガーデンか。あの競技は良いよ、迫力があるから見ていて面白いし、すごく盛り上がるんだ」
「そうか、俺も一度くらいは、実際に見てみたい、もんだッ!」
カルの、死角からの一撃を受け流し、そのまま刃を滑らせて反撃。
直前で身体を引かれてしまい、それは不発に終わるが、カルが「おっ」といった感じの顔になる。
「ユウハ、最近どんどん上手くなってくね。いやぁ、友人の成長が感じられて、相手をしている身としては嬉しい限りだよ」
「フフフ、俺は日々進化する――ぬわぁっ!?」
次の瞬間、嘘みたいな体捌きでカルに転がされ、俺は間抜けな声を漏らし、地面に激突する。
痛ぇ。
「……茶番は茶番で、せめて最後まで俺が言い切ってから、転がしてくれ」
「ごめんごめん、次からそうするよ」
笑って、こちらに手を伸ばすカル。
俺はため息を一つ吐き、その手を取って立ち上がる。
――現在は、上級剣術授業の時間。
俺はいつものように、カルを相手に、組手を行っていた。
最近は毎日華焔に扱かれているのだが、それじゃあまだまだ足りないようで。
カルとの間には、依然として大きな差があるようだ。
「で、ボックス・ガーデンはどういうスタイルで行くんだい? 剣は使うの?」
「あぁ、一応そのつもりだ。今、魔女先生――アルテリア先生から色々話を聞いて、考えてるところだな」
真剣を持ち込むことは許されていない。
が、大会側が用意した、刃引き済みの剣ならば、使って良いことになっている。
俺みたいな何もかもが中途半端な身としては、使える手札は全て使わないとどうにもならないと思うので、とりあえず武器として剣は使うつもりだ。
……刀形状の剣、置いてあってくれないかな。
今の俺は、華焔を十全に扱うために、片刃の剣術を叩き込まれているところなので、両刃の剣で、あと直剣とかだと上手く使える気がしない。
カトラス、とかだったら用意されてないだろうか。
弘法筆選ばず、と言うが、俺は達人でも何でもない素人なので、道具は超こだわって選びたい。
出来る限りで相談して、ちょっとでも自分に有利にしたいものである。
「ん、ならお節介として、一つ助言しておこっかな。索敵系の魔法を、とにもかくにも、練習しておいた方が良いよ。相手を先に発見出来るかどうか。あの競技は、それが重要だからね。地形が複雑で、建物の陰も多数あって、出場する選手の何人かは確実にそういうところに潜むんだ」
「……確かに、重要だろうな」
ボックス・ガーデンというのは、つまるところ、ルールが設けられている疑似的な戦場だ。
である以上、敵の情報をどれだけ早く、正確に得られるか、というのは非常に重要な点だろう。
ただ……これに関しては、考えがある。
俺の肉体は、かなり目が良く、感覚が鋭い。
そして、例のあの戦闘を経て、見えるものが増えた。
魔力だ。
今の俺は、魔力を過敏に感じ取ることが出来る。
だから、索敵に関しては、少し楽観視している部分があるのだ。
勿論、個人的に練習はしなければならないだろうがな。
こればっかりは、他者に聞いて、どうにかなるものではないだろうし。
「攻撃に関しては……ユウハなら、接近出来れば何とかなるかな。接近出来れば」
「接近出来れば、ね」
「うん、僕も何度かこの競技を見たことがあるから知ってるんだけど、剣術自慢とか、接近戦に自信がある選手でも、遠距離からバンバン魔法を放たれて封殺! みたいなの、よくあるからね」
遠距離攻撃の有用性だな。
この世界では銃があり、ただ剣の方が強いものとして見られているが、それでも一定量以上は当たり前に流通している。
普通に、武器として優れているからだ。
そりゃそうだろう、一発一発人を殺せる威力のある弾を、遠距離から一方的に連続で放つことが出来るのだから。
前世における対物ライフル的な銃器とかもあるようなのだが、それならば、何かしらの防御魔法を張っていても抜ける可能性が高いし、一撃で致命傷を与えられるのだ。
剣の方が強い、と言っても、やはり銃も強いのだ。
……まあそれでも、そんな攻撃を仮に不意打ちで受けたとしても、生身で防げたりするのがこの世界なんだけどな。
全く、この世界は個人が強過ぎる。
スーパーマンが普通にいる世界とか、怖ぇよ。
「……隠されたアイテムを見つけまくる、っていう方向は?」
「それもアリではあるんだけど、結局のところ、制限時間の最後まで持っていないと、ポイントにはならないからね。誰かが奪いに来るから。どこかで必ず戦闘が入るし、最後の最後まで逃げ切るっていうのは難しいよ。相当それに特化してないとって感じかな」
「今更ながら、俺の選手としての適性が絶望的だな」
「僕としては、頑張ってとしか言えないね」
困ったものである。
もうグダグダ言わないと、受け入れはしたが……何度もため息を吐きたくなるのは、許してもらいたいものである。
「お前の方は、そんだけ詳しいなら、実力もあるんだし、出ねぇのか?」
「僕は出ないよ。仮に話が来ても断るかな」
笑って、肩を竦めるカル。
それ以外はあり得ない、とでも言いたげな、断定染みた口調に、俺は少し躊躇してから問い掛ける。
「それは……理由を聞いても、大丈夫な奴か?」
「面白くもないし、つまらない理由さ。家の事情、それだけだよ。ま、僕自身別に、とりわけ出たいって思ってる訳じゃないし、見てる方が好きだから、良いんだけどね」
「…………」
家の事情、ね。
普段は軽薄な様子を見せていても、コイツにはコイツなりの事情がある、というのは、察していたのが……。
「……なぁ、カル。そういうの、ミアラちゃんに相談したら、多少なりとも何とかなるんじゃないか?」
「ハハ、そうかもしれないね。でも、大丈夫だよ。本当にこれに関しては、気にしないでくれて良いんだ。しょうがないものだし、僕自身、何にも気にしてないからね。ごめん、気を遣わせちゃったかな」
別に、建前を言っている訳ではなく、本当に気にしていないような口調。
「……そうか。いや、俺の方も、悪いこと聞いたな。――ま、じゃあ、魔法杯について、色々教えてくれ。もうそろそろ理解してるだろうが、俺は無知なんだ。それはもう、『えっ、お前マジ……?』ってレベルで無知だからな」
「うん、知ってる。実はもう五回か六回くらいは、『えっ、ユウハ、本当に……?』って思ったことがあるから」
「おっと、正直に言ったな。もうちょっと、オブラートに包んで言ってくれても良かったんだぜ?」
「いやいや、友人だからこそ、正直に言ってあげないとね。だから、あと『ユウハ、留年しそうで、友人としてちょっと複雑……』って思ってることも教えてあげる」
「そ、それは言わない約束だ」
ま、魔女先生に見てもらって、どうにかそれが回避出来るよう、頑張ってるとこなんだから。
そんな軽口を叩き合っていたところ、ゲルギア先生に「お前達、真面目にやれ」と怒られる俺達だった。




