魔法杯へ《2》
「とりあえず、特定の技術を要するものは無理だと思うんですよ。それはやめておきたいです」
「そうね、私もそう思うわ。『シュート&ラン』と『ブルーム』は……ユウハ君の原初魔法の性能次第だけど、やめておいた方が良いかもしれないわね」
「となると、残りの『マジック・ラビリンス』か、『ボックス・ガーデン』のどちらか、ですか」
「……マジック・ラビリンスも、ちょっと難しいかもだわ。あれ、獣人族のような感覚の鋭い子とかが多いから、人間の、ましてそういう魔法が得意でもないユウハ君では厳しいわね。そう考えると、うん、ボックス・ガーデンが良いかな」
種族特性による有利不利か。
なるほど、この世界だとそういうのも考える必要が出て来るんだな。
「魔法戦闘技能を競うって言いましたけど、ボックス・ガーデンはどういう競技なんです?」
「最終的なポイントが高かった者が勝利の競技よ。ステージは毎年変更されるんだけど、複合的な地形となるのは例年一緒ね。『街』、『森』、『砂漠』、『山』みたいに、人工的に作られた幾つかの地形が、合わさったステージで戦うの」
「大分広い環境でやるんですね?」
「えぇ、半径一キロはあるかしら。選手は、ステージのどこかにランダムに配置されて、スタート。ポイントを獲得する方法は、二つ。ステージ内に幾つも隠されているアイテムを見つけ、それを制限時間まで保持するか。もしくは、他の生徒を倒すか。派手で規模が大きいから、一番の花形競技ね」
……なるほど、どことなくバトロワ的な感じがあるな。
ぶっちゃけ、面白そうだが……。
「他の生徒を倒すんですね、やっぱり」
「えぇ。と言っても、勿論安全には最大限配慮されてるわよ。一定以上のダメージを負ったと判断されると、そのダメージを周囲に流し、ステージ外へ選手が強制転移させられるようになってるの。だから、痛い思いはするし怪我も普通にするけど、大怪我だけはしないようになってるのよ」
へぇ……流石にその辺りは、配慮されてるんだな。
というか、すごいな、仕組みが。
こういう面は、確実に前世より進んでいると言えるだろう。
「……わかりました、んじゃあ、それで行きます。どうせ他を選んでも、大差ないだろうし」
どうせ、どれも素人なんだからな。
と、俺がそう言うと、シイカが少し心配そうな顔になる。
「……大丈夫? ユウハ、弱いのに、そんなのに出るの?」
『任せよ、姫様。他の生徒など、儂が全て斬り捨ててやるからの』
「……そうね、カエンがいれば問題ないかしら」
「真剣は持ち込み禁止よ。危ないから」
華焔の言葉は、俺達に向けて放たれていたので聞こえていなかっただろうが、内容を察してそう先手を打つ魔女先生。
うん、まあ、そうっすよね。
特に華焔なんか持ってったら、その防衛機構まで一緒に斬ってしまいそうで、怖いし。
コイツはこれでも、ヤバい魔剣なのだ。
例の襲撃の際も、空間魔法をどうのこうの出来ていたし、コイツがその気になれば多分そういうことも出来るのだと思われる。
そこで、ただ俺達の会話を聞くだけだった華焔は、ふわりとその場にヒトの身体を生み出し、俺達の隣に座る。
「むむ、うーむ……となると、日課のしごきを、もっとやらねばならぬな。よし、少しずつ色々覚えさせるつもりじゃったが、今日からは遠慮なく行かねばな」
「じゃあ、私はもっと、原初魔法の使い方をユウハに教えることにするわ」
「……えー、大変ありがたい申し出なのですが、俺が死なない範囲に留めていただけると、こちらとしては嬉しいかな、と思いまして……」
「大丈夫大丈夫、死ぬ程大変であったとしても、訓練で死ぬことはないから」
「ユウハ、応援してるわ」
と、華焔の姿を見て、ちょっと呆気に取られていた魔女先生が、そこで我に返る。
「その子が、例の……その辺りは、私じゃなくて、二人に任せた方が良いわね。ユウハ君、頑張って」
「……はい、頑張ります」
苦笑いしか浮かべられない俺である。
「それじゃあ、今からは魔法杯の詳細と、ボックス・ガーデンのルール、よく採られる作戦等を話していくわね。まず、出場校なんだけど――」
それから、魔女先生の『魔の祭典』に関する講義が進む。
◇ ◇ ◇
夜。
「…………」
城の中庭にて、俺は原初魔法の練習をするため、一人で集中する。
部屋にいると、魔力を練った瞬間にシイカと華焔が絡んでくるからな。
感じるのは、空間に満ちるもの。
魔力。
魔素。
世界に満ち、そして俺の中に満ちるもの。
俺の肉体は、これらで構成されている。
普通のヒト種と同じように、斬られれば血が出るし、死にかけもするようだが、根本的には違う生物と化しているのだ。
――俺は、一度死んだ。
である以上、前世との縁は切れた、と言えるだろうが――俺はその事実を、正直結構あっさりと受け入れることが出来ていた。
恐らく、心の奥底では、自分の死を理解していたんだろうな。
だから、その事実がわかった際、最初に思ったのは「あぁ、やっぱりか」という思いだけだったのだ。
無論、後悔や気がかりは多数あるし、俺の中にも郷愁の念は存在しているのだが……どうあがいたところで、俺はもう、この世界の住人なのだ。
もうそこは、どうにもならないのだ。
まあ、これがもっとハードな、日々の食事にも苦労するような命がけのサバイバル生活だったならば、「クソッタレ」と呪詛を吐いて、世界を呪っていたかもしれないが、そうはならなかった訳だからな。
シイカと出会い、ミアラちゃんと出会い、学院で過ごすようになり。
正直に言おう。
俺は、今の日常が、結構気に入っている。
「……わかってるよ。何か、やらせたいことが……やらなきゃいけないことがあるんだろ、俺は」
やれることがあるなら、やろう。
差し当たっては、魔法杯だろうか。
何が『鍵』なのかわからないが、ま……なるようになるだけ、か。
俺の言葉に答えるものは、誰もいない。
だが、それでも世界は、優しくそこにある――。