魔法杯へ《1》
感想ありがとう、ありがとう。
ミアラ=ニュクスは自室にて、幾つかの報告書を見ながら、険しい顔をしていた。
報告書の内容は、つい最近の襲撃の調査結果をまとめたものに、結界の修復箇所と強化案。
今回の襲撃に連動して動いた各国の動向まとめに、彼女が個人的に調査をさせた地点の動向まとめ。
――何だろうね、これは。
黒幕は、恐らく『アーギア魔帝国』だと思っていた。
ハジャ=アーギアが率いる、魔族の最大国家。
いや、あの国が大きく関わっていることは、疑いようがないのだが……それだけではない、ということも、今ではわかっている。
ヴァイゼル公国の元軍人達は、滅多なことでは外で手に入らないであろう魔道具を使用し、襲撃を行った。
尋問からも、何者かの関与があったことは明白で、現在はその証言を元に調査が進められている。
――何故、あの元軍人達は、学院襲撃を目論んだ?
彼らの目的は『勝利と死の天秤』であり、確かにそれを使用すれば、祖国への復讐を果たすのは容易いだろう。
腐敗が進み、汚職や不正が数多あるヴァイゼル公国の現政権を打倒するのも、不可能ではないと思われる。
しかし、やりようは、まだまだ他にもあったはずなのだ。
学院襲撃の手際を見ても、彼らに相当の能力があったことは明白である。
である以上、わざわざそんな遺物に頼らずとも、何か手立てはあったはずである。
この学院の守りが固いことを、自分がいるために失敗の確率が高いことを、理解していたはずなのだ。
何故わざわざ、彼らはこんな迂遠な手段を用いたのか?
それ程に、追い詰められていた?
誰かに、唆されていた?
たとえば、洗脳魔法のようなものを使って、思考を誘導された?
洗脳の兆候は、まだ確認出来ていないが……この魔法は、発見が難しい。
それ故に『禁術』なのである。
仮に彼らの作戦が成功していた場合、いったい誰が、何を得する予定だったのか。
何かが動いている。
だが、全体が掴めない。
一度魔帝ハジャには釘を刺したが、この動きは、それだけでは止まらないかもしれない。
「……ゲルギア君、どう思う?」
その質問に、近くで静かに立っていたゲルギアが答える。
「ハ。私は恐らく、どこかが本格的に、ミアラ様の排除に動き出したのではないかと考えております」
「……うん、やっぱり狙いは、私っぽいよね。でも、こう、動きが分散してて、わかりにくい気がするんだ。最終的な目標が私でも、そこに至るまでの手段が違うっていうか、なんかチグハグな感じがあるんだよね」
「私は、それが、国家というものかと。一人の意思ではなく、幾つもの頭がそれぞれ別に考え、動き、陰謀を巡らせているものかと思われます」
彼の言葉に、ミアラは納得したような顔を見せる。
「なる、ほど……一人の意思に沿ったものではなく、幾つもの陰謀があって、そのせいで全体像が見えなくなっている、って感じか」
「えぇ。一枚岩ではなく、それぞれ身体が勝手に動き始めた国家。これは私見ですが……アーギア魔帝国は、もう、そこまでに不味い状況なのかもしれません。実際、それを裏付ける幾つかの情報が出ております」
「…………」
数多の国を征服し、数多の民族を内包し、現在に至ったアーギア魔帝国。
力を見せられていた間は、良かったのだろう。
だが、『五ヶ国会議』以前の、『三ヶ国会議』という枷が生まれた時から――いや、違う。
正しくは、自分によって、上から強引に枷を嵌められ、あの国の前進は止まった。
そのせいで、外に向けることの出来た不満や鬱憤の全てが、あの国の内側に向いた。
今、それは破裂し掛け、外へと漏れ出し始めている。
――限界、か。
百三十という年月が経ち、枷が、壊れかけている。
もう繋ぎ止めるのは不可能だと、声高に主張するように。
……無理やりにでも戦いをやめさせ、何十年か経てば、多少なりとも闘争本能が抑えられるんじゃないかと思っていた。
血を見る機会を減らせば、異なる人種同士でも、殺し合う、という選択肢を無くして互いを見るように出来るのではないか、と。
しかし、どうやら百年程度ではそれは足りず、逆に国家にとっては、限界を迎えるには十分な年月だったのだろう。
自分は、決して万能ではない。
ましてや、神などではない。
あくまで『個人』としてしか、動くことは出来ない。
それでも。
「……やれることをやるだけ、か。ゲルギア君、面倒な仕事ばっかり投げて悪いけど、もうちょっと頼むよ」
「ハ、問題ありません。お任せください」
それが、この肉体の願いなのだから。
◇ ◇ ◇
早いもので、この学院に来て、すでに二か月以上が経った。
何のかんのと言いつつも、俺も魔法というものにある程度慣れ、今では幾つかの魔法が扱えるようになっている。
相方であるシイカや、クラスの知り合い達にはまだまだ遠く及ばないものの、『原初魔法』という自分の武器も得たことで、多少なりとも自信は付いてきている。
が――流石にこれは、早過ぎると思うのだ。
「……私も、突然の話で驚いたわ。まあ、何かしら意図があるのでしょうけど……」
困ったような苦笑を浮かべるのは、アルテリア=オズバーン先生。
通称、魔女先生。
俺とシイカの面倒を、一番に見てくれている人だ。
「俺、そもそも競技会がどういうものかも知らないですからね」
「ユウハ、言葉からして、きっと色々競うのよ」
「おう、そうだな。実は俺も、そこはわかってた」
何故かちょっと得意げな様子の、我が相方、シイカ。
意見ありがとう、けど残念ながら、そこは俺も推測出来てたんだ。
――今話しているのは、例のミアラちゃんの無茶振りの件だ。
全く知らない競技会の、選手がどうの、ということについてである。
「正式名称は、『エルランシア魔法杯』。通称は『魔の祭典』や『魔法杯』。内容は多岐に渡るわ。魔法の芸術性を競う『ブルーム』。魔法障害物走『シュート&ラン』。迷宮を抜ける速さを競う『マジック・ラビリンス』。魔法戦闘技能を競う『ボックス・ガーデン』。主要なのはこの辺りね」
「結構色々あるんすね」
「各国が集まってくるものだから、それなりの規模になるのよ。それで、ユウハ君が出ることになるのは……」
「なるのは?」
「……まだ決まってないわ。学院長からは『好きに選んで良いよ』と。ユウハ君、何出たい?」
「普通こういうのって、何か特定の分野に秀でているから出るものであって、本人が出たいの出ていいっていうのは、ちょっとおかしいと思うんですよね」
「反論は出来ないわね」
俺と魔女先生は、顔を見合わせ、苦笑する。
……まあ、これ以上はボヤいても仕方がない。
何でもやると言ったのは、俺だ。である以上、こうなったのも自分のせいだ。
文句言っていないで、真面目に考えねば。