いつもの食堂
「うーむ、やはり素晴らしいの! 姫様やお前様が夢中になるのも、わかるというものじゃ! お前様の魔力も美味いが……うん、ヒトの身体での食事も、美味い!」
少し慣れない様子で、フォークを使いながらゴード料理長の料理を食べていた華焔が、満足そうな様子でそう言う。
「カエンがちょっと羨ましいわ。私も、ユウハの魔力、食べてみたいもの。私の方は、ただ感じるだけだから」
「おう、それだけで満足しといてくれ」
「……私、これからこの学院で、他者の魔力を吸収する魔法を覚えようかしら」
「あ、そう言えば次元の魔女がそのような魔法を覚えておったな。儂が持っていた魔力を吸い出し、力を落とさせたのも彼奴じゃし」
「! よし、なら次会った時、教えてもらえないか頼んでみるわ」
「お前がそれを覚えたら、俺は干物にされそうな気がするんだが」
「……わ、私も教えてもらおうかな」
シイカの次に、一緒に飯を食っていたフィオがそう言う。
お前もか。
「それにしてもお前様よ、よくそのような細い棒二本で、器用に食べられるの? 儂など、ふぉーくですら慣れないのに。ないふならまだ扱えるが」
「確かにユウハさんのそれ、他じゃ見ない食器ですよね」
「え? あぁ、そうかもな。慣れると他より便利だぜ」
彼女らが言っているのは、箸である。
なんと箸、あったのだ。食堂に。
と言っても食器コーナーのところには置かれておらず、俺もずっとフォークやナイフを使って食っていたのだが、ある時ダメ元でゴード料理長に「こういう、棒二本使う食器、置いてないですか?」と聞いてみたところ、「アルゾ」と奥から出して来てくれたのだ。
誰も使っていないものだったようで、「オ前シカ使ワンダロウシ、クレテヤル」と貰ってしまい、それ以来ずっと使っている。
この世界のどこかには、箸を使う文化圏が存在しているんだろうな。
刀もあった訳だし、ジパングないだろうか、ジパング。
「あら、賑やかね。私達もご一緒していいかしら?」
と、話しているところにやって来たのは、アリア先輩と、シェナ先輩。
「あ、先輩方。どうぞどうぞ」
「……ねぇ、アリア。私、知り合いユウハ君だけなんだけど」
「じゃあ、この機会にみんなと知り合いになればいいわ! シェナ、後輩の知り合いが少なくて、ちょっと怖がられてるんじゃないかって、不安に思ってたじゃない」
「アリア、私はアンタの、そういうわかっていてわざと口にするところ、嫌い」
「ウフフ、でもそうは言ってても、ちゃんと一緒に来る辺り、シェナは可愛いわよね」
「うるさい」
相変わらず仲が良い二人である。
それから二人も席に座り、女性陣が簡単に自己紹介し合う。
「……トーデス・テイルに魔剣か。この学院で私、散々驚き続けてきたけど。久しぶりに『あぁ、この学院ね』って気分を味わったかな」
「……その子、見ない子だな、って思ってたけど、ユウハ君の剣ちゃんだったのね。はー、流石学院長様の宝物庫にあった剣……」
「あ、何、アンタも知らなかったの?」
「私が知ってるのは、剣状態の時だけね。だからまあ、そういう意味では初めましてではないのかしら」
「そうじゃな。ウチのが二人、いつも世話になっておるの」
「あら、こちらこそ、二人にはいつも楽しませてもらってるわ」
華焔の次に、フィオがシェナ先輩へと問い掛ける。
「シェナ先輩を見て思ったんですけど、この学院、獣人の方が少ないのは……やっぱり、魔法に関する適性が問題なんでしょうか?」
「あ、そういや獣人って少ないっすね」
人間、魔族はよく見るが、確かに獣人は少ない気がする。
あと、ドワーフとエルフも少なめだな。
「フィオちゃんの言う通りかな。知らない? 獣人は、肉体の強度は他人種より強い場合が多いけど、魔法に適性があるのは少ないんだ。『ケット・シー』はその中でも使える方なんだけど、まあ他の人種と比べると……って感じ」
「シェナはすごいのよ。獣人の中では、この学院の歴史の中で一番に魔法が上手いって言われてるの」
「へぇ……すごいですね、シェナ先輩」
「そんなの意味ないけどね。私より優秀な人はこの学院にはごまんといるから、やんなるわ。今私の前にいるのとか」
「フフ、私なんかまだまだよ。多分、魔法能力で言ったら、シイカちゃんの足元にも及ばないわ」
「ねえユウハ、私って、獣人?」
「いや、違うだろ。何だ突然、話をぶった切って」
「いえ、私、自分のじんしゅ? って意識したことなかったから。シェナには尻尾があるし、私にもあるし」
自分の尻尾を持ち上げ、それを見ながら、首を傾げるシイカ。
尻尾も首を傾げる。
……確かに、シイカは人種としては何になるんだ?
「華焔、知らん?」
「どこかの分類に入れるのならば、魔族では? と言っても、在り方はほぼ別物故、単独種と考えた方が正解じゃと思うが。じゃから、好きに名乗って良いのではないか?」
「そう。じゃあ、ユウハと同じ人間を名乗るわ」
「それは無理がある」
そのやり取りに皆が笑った後、俺は問い掛ける。
「ついでに聞きたいんすけど、ドワーフとエルフも、人間と魔族に比べたら、数が少ないですよね」
「ドワーフは、あまり魔法を重視していないから、この学院に来ようとするのは少ないのよ。逆にエルフは、他人種よりも魔法能力に優れてて、この学院と同じくらい有名な魔法学校を自分達の国に持ってるから、そっちに通ってる子が多いみたいね」
なるほど、ちゃんと理由があったのか。
「獣人とドワーフは種の仲が良くて、それで私も知ってるんだけど、ドワーフは筋肉バカが多いから。魔法にはそんなに興味がないんだよ」
「脳筋なんすね」
「脳筋?」
「脳味噌まで筋肉の略です」
するとシェナ先輩は、そのクールな相貌に笑みを見せる。
「あはは、そうかも。脳筋かも。物を作ることに掛けては、右に出るのがいない種なんだけど、本当に血の気が多いからさ」
……全然関係ないが、シェナ先輩は笑い方が綺麗というか、もっと見たくなるというか、人目を引くような感じがあるな。
うん、アリア先輩も「学院最強の一角」って言ってたし、人気があるのもよくわかる。
――と、そんなことを思っていると、そのアリア先輩がニヤリと笑みを浮かべる。
悪魔の笑みを。
「なあに、ユウハ君。そんなにシェナのこと見ちゃって。君も、シェナに見惚れちゃった?」
「ぶっ……勘弁してください、それ、どう答えても微妙な空気になる奴じゃないっすか」
「えー? そうかしら? ただの興味本位で聞いただけなんだけどなー?」
「ふぅん? どうなの、ユウハ君?」
「どうなんですか? ユウハさん」
シェナ先輩にフィオ、二人まで乗って来ないでください。
あと華焔、お前もニヤニヤするな。
シイカは……いつも通りだな。
我関せずといった感じで料理を楽しんでいる。
「スゥー……あ、俺、飯食い終わったんで、先に失礼しますね!」
そう言って俺は、席を立ちあがり、逃げた。
「オウ、大変ソウダナ、ユウハ」
そう言ってくるのは、配膳口から顔を覗かせていた、ゴード料理長。
「……胃が痛いっす」
「カカカ、青春ヲ楽シムコトダ、若人ヨ」
渋い、ダンディな声で笑うゴード料理長だった。
ちょっと短いけど、あと一話か二話くらいで日常回の今章は終わるかな。