フィオの焦り
――フィオ=アルドリッジは、少々焦っていた。
彼女はつい最近、大変な目にあった。
別に計画を立てるところに関わっていた訳ではないし、実際はフィオも巻き込まれた側であるが、彼女自身は色んな人に迷惑を掛けたと思っていた。
特に、ユウハだ。
彼には、命を張らせるほどの大迷惑を掛けてしまった。
本来ならば、自分で片を付けなければならなかった問題を、彼にやらせてしまったのだ。
である以上、感謝を示すために――そう、感謝を示すために、色々やってあげたいと思うのは、至極当然のことであろう。うん。
怪我をしている時は、日々の身の回りの世話をすることが出来たが、そんなのはまだまだ足りない。
全部やってあげたかったが、半分くらいは彼の相方である、例の少女に持って行かれてしまった。
だから彼の怪我が治った今でも、他意はないが、決して、全然、他意はないが、出来れば一緒にいて、もっと恩を返したいのだが……その機会が、なかなかに訪れないのだ。
――ユウハさん、全然一人にならない……。
彼の周りには、いつも誰かしらいる。
一番は、やはりシイカ。
まあ、あの子の時は、自分もそんな気にせず「こんにちは!」と出て行けるのだが……そうじゃない時は、そんな大した用がある訳でもないのに会話に突撃していくのは、流石に憚られる。
友人らしい男子生徒。
自分も知っているアリア先輩と、よく知らない綺麗な獣人族の先輩らしき人。
彼と友人という程ではないようだが、彼に声を掛ける幾人もの女子生徒。
恐らく同クラスの女子生徒なのだと思うが、見ていた限りでも、色んな女子生徒が声を掛け、ユウハはそれを無難な感じで対応していた。
ただ、それとなくシイカが目を光らせているようで、会話が長引くことは少ないようだ。ナイスである。
前に雑談していた時、「微妙に避けられてる気がすんだよなぁ」みたいなことを言っていた気がするが、いったいどこが避けられているのか。
モテモテじゃないか。ぐぬぬ。
――と、若干悶々とした思いを抱いていた時だった。
「いやはや、我が主様も、罪な男じゃなー」
「うひゃあっ!?」
真後ろからいきなり話しかけられ、驚いて思わず少し飛び上がる。
「な、なんだ、カエンさんですか。驚かせないでくださいよ」
そこにいたのは、彼の剣である、黒のワンピースを着た少女だった。
「フィオ、躊躇してたら、いつまで経っても飛び込めないぞ? どうやら我が主様は、人たらしの才能があるようじゃからの」
「……あの、ユウハさん、傍から見ていると結構な数の女性から声を掛けられてますが、あれは……」
「あぁ、少し前の襲撃からじゃの。ま、儂に振り回されて派手に暴れておったし、わからなくもないが。まだまだ本人は弱いんだけど」
……確かに、その姿を見たら、そうもなるのかもしれない。
混濁した、曖昧な意識しか残っていないが、宝物庫で彼が自分の前に立ち、男達に向かっていった姿は……今も、よく覚えている。
「特に姫様は……シイカは、我が主様を決して離さんぞ。主様のあの魔力が、他のどこにもないものじゃと、最も理解してるからの」
「……やっぱりユウハさんには、そういう特別なものがあるんですか?」
「間違いなくね。次元の魔女と同れべるか……それに近しいものじゃな」
次元の魔女。
つまり、ミアラ=ニュクス。
「……そこまで、なんですか」
「そこまでじゃ。主様があんなに貧弱で、全く魔法が使えずともこの学院にいるのは、そこに理由があるんじゃろうよ」
「い、いや、貧弱とは思いませんけど……確かに、あまり魔法を使えないとは聞いていますが」
「カカカ、あれで魔法士とか、片腹痛いくらいじゃけど」
愉快そうに笑うカエン。
彼を主人と言う割には、なかなかを言う剣である。
「……その、あなたは、良いんですか? ユウハさんが、色んな女の子と仲良くしてて」
「儂は剣じゃぞ? 儂にとって重要なことは、主様が儂を儂として使うかのみ。である以上、主様がどのような女と番になっても、何人を囲うことになっても、どうでも良いかな」
「つ、つがい」
囲う。
「そうそう、我が主様は、毎日この時間からこの時間まで、ええっと……ここじゃな。この訓練場で儂を振っておるぞ。儂がおる故二人切りとはならぬが、他を気にせず話をしたいのならば、その時来れば良いのではないか?」
壁の時計と地図を指差し、一方的にそれだけを言って彼女は、去って行った。
フィオは、思った。
あの子、自分を剣と言う割には、割と自由に一人で歩いてるんだな、と。
◇ ◇ ◇
『お前様は意外と、手が早いんじゃねー』
日課の素振りを行っていると、我が剣が、唐突にそんなことを言ってくる。
コイツがヒトの姿を得てから、一つパスが繋がったという感じだろうか?
たとえ刀状態のままでも、今では意思やイメージではなく、ちゃんと言葉が華焔からは伝わってくるようになっていた。
多分これも、魔力を吸収したことでヒトの姿を取れるようになったのと同様に、コイツが力を多少なりとも取り戻したという証なのだろう。
「あん? 何だ、急に」
『姫様のみならず、色々な女と仲良しみたいじゃから』
「え、いや、別にそんなことはないが……」
色々な女と言うが、知り合いの女性と言えば、シイカにフィオ、ミアラちゃんに魔女先生、アリア先輩につい最近知り合ったシェナ先輩くらいである。
華焔は……。
「……今更だが、お前は女性でいいんだよな?」
『うん? うん、そうじゃろうの。儂の持つ意識は、どちらかと言えば女のものじゃな。ヒトの身体となっておる時も女のものじゃし。嬉しい?』
「別に」
『ふーん? 自らのかたなに、つまらない嘘を吐くんだー?』
「……普通に嬉しいです」
そう答えると、華焔からはフフン、と勝気な感情が伝わってくる。
……面倒な奴め。
『カカ、ま、お前様が誰と仲良くしてても、儂の知ったことではないが。ただ、他の女とよろしくやって、姫様にへそを曲げられても泣きついて来んようにの』
……ありそうなので、少々気を付けよう。
別に、誰にも手を出してなどいないし、何がある訳でもないが……アイツの機嫌を損ねるとやりにくいからな。
「そういやお前、何でシイカのこと、時々『姫様』って呼ぶんだ?」
『? 知らない? シイカは、「魔を司る尾を持つ姫」じゃろう?』
「何だ、その大層な名前は」
『今はもう、そう呼ばんの? 彼奴の種は、純然たる魔力を肉体に有し、力の全てが尾に集約されておる。そして、女しかおらん。故に昔は、そう呼ばれてたけど』
……そうか。
シイカが原初魔法を使えるのは、それが理由か。
この魔法はやっぱり、肉体の在り方から関係しているんだな。
『あの尾は強いぞ。魔法を放つ媒体としても、武器としても、この世に並び立つものが少ない程じゃ。特に魔法行使能力が半端ないの。どうなってるのそれ、ということを平然とやるし。無論、武器としては儂の方が上じゃが!』
「へぇ……あの一々可愛い尻尾、華焔からしても強いんだな」
『そこはもう論じる必要もないかな。あと、あれを見て可愛いと言えるのは、世界広しと言えどお前様くらいじゃろうが』
だってアイツの尻尾、感情がすぐに出るし、なんか素直だし、ペットっぽくて可愛いんだよな。見てると和む。
なんてことを話している内に、とりあえず一通りの動きが終わる。
「フー……うし。ちょっとはお前の要求にも付いて行けるようになったか?」
『え? 全然。まだまだ』
「まだまだか」
『もっと頑張って』
「はい、頑張ります」
調子に乗ってすみませんでした。
俺をいったいどのレベルの剣豪にするつもりなのかと苦笑していると、声を掛けられる。
「あ、ユウハさん、終わりましたか?」
「お……? フィオか。悪い、気付かなかった。何か用か?」
そこにいたのは、フィオ。
「いや、別に。えっと……何となく、暇だったので散歩してまして。それで、近くを通ったらユウハさんが熱心に剣を振ってましたので、ちょっと見ちゃってました。あ、喉渇きましたよね? 水筒ありますよ」
「お、悪いな。あ、けど、コップが」
「私は別に気にしないので、ユウハさんが気にしないなら、そのまま口を付けてもらって大丈夫ですよ」
「そうか、サンキュー」
「さん……?」
「あぁ、ありがとうって意味だ」
実際喉は渇いていたので、彼女が持っていた水筒を受け取り、一口もらう。
ん、美味い。
それから俺達は、テキトーに駄弁りながら、寮へと戻っていき――何故か華焔から、ニヤニヤとした感情が伝わってくる。
「? 何だよ、華焔」
『いや何、良いことをしたと思うて』
「……か、カエンさんが、何か言ってきましたか?」
「え? あぁ、良いことしたとか何とか」
『今日の晩の品、一品で良いぞ』
「……晩飯一品寄越せって言ってるけど」
「……いいでしょう」
「え、いいの?」
「い、いいんです。詳細は聞かないでください」
『カカカ、お前様には関係のない女の話よ』
「…………?」
何かよくわからない一人と一振りだった。
あと華焔、血とか魔力じゃなくて、料理を欲する辺り、お前しっかりとヒトの身体を満喫してやがるな。
いや、良いことなんだけどさ。