先輩達《1》
――空き教室の一つにて。
「ユウハ君、大変だったわねぇ。何だか大怪我もしちゃったみたいだし……もう大丈夫なの?」
そう話すのは、アリア=オーランド先輩。
「うっす、怪我はもう何ともないです。この学院の医療技術、すごいですね。腹に穴空いてたのに、数日で動いて良いって許可出ましたから」
「……えっ、大怪我って、そのレベルの大怪我だったの?」
「? まあ、はい、そうですね。剣を腹にぶっ込まれたんで、超痛かったです」
どう話を聞いていたのかはわからないが、そう言うと彼女は、唖然とした顔になる。
「……そ、そう。普通は超痛かったで済ませられない経験だと思うけど……治ったのなら、良かったわ」
どうやら先輩は、俺達が大変だったという話を聞いて、わざわざ様子を見に来てくれたらしい。
あの時、学院内部にいた生徒達は、事が起こると同時に教師の誘導で避難し、結界の張られた地下シェルター的なところに籠っていたのだそうだ。
それが普通の、むしろ迅速な対応であるだろうが、何もわからず、他人に全てを任せ、ただ事が収まるのを待ち続けるのは、逆に辛かったそうだ。
彼女らにも、魔法という戦える力があるからこそ、そう思ってしまうのだろう。
そう言えば、敵がミアラちゃんの結界を破った手段だが……どうやら、世界的に『禁術』とされている魔法を使用したことで、一時的に無効化することに成功していたようだ。
禁術とは、それを使ってはならない、使うことを企んだ時点で死刑、という非常に重い罰が世界的に設けられている魔法である。
例えば、人の命を利用して発動するもの。
ヒトの感情を操る洗脳術。
死霊術。
代表的なのは、これらだろうか。
要するに、ロクでもない魔法ということだ。
他に類を見ない程強力ではあるのだが、どこかの国がそれを戦争に使おうなどと考えた場合、世界各国が協力してその国を滅ぼす、という協定が結ばれているそうで、実際今までに三つの国が滅ぼされたことがあるらしく、それ程に重いものとして禁術は考えられている。
だから今、ここではその捜査が厳密に行われているらしく、学院全体が忙しい感じだ。
俺はよくわからないが、学院の外からも、捜査官的な人が何人か来ているらしく、ミアラちゃんはそれらの対応で忙しいのだそうだ。
「はぁ~……なるほどねぇ。この子が、噂の男の子か」
と、アリア先輩の次に口を開くのは、恐らく彼女の同級生なのだろう少女。
黒のショートヘアに、切れ長の双眸。
少しボーイッシュで中性的な顔立ちをしているが、とは言っても女性であるというのは一目でわかるような、クールビューティという言葉がピッタリ来るような女性である。
あれだ、男装の麗人といった感じだ。別に男装はしてないけど。女性人気がありそう。
スタイルの良さも相まって、そういう雰囲気を醸し出してるんだろうな。
特徴的なのは、頭から生えている猫耳と、腰から生えている尻尾だろう。
ピョコンと生え、動く耳に、ゆらゆらと揺れる尻尾があり、恐らく獣人族なのだろう。
クールな雰囲気なのに、非常に愛らしい耳と尻尾があり、もうなんか強い。
最強に見える。
「……なるほど。最強は、この人ですか」
「え? いや、私は別に、そんな強くないけど……」
猫耳先輩は怪訝そうな顔になるが、しかしアリア先輩は俺の言いたいことを理解したらしい。
「! ユウハ君、よくわかったわね。そう、この子はこの学院最強の一角……常にトップを狙える戦闘力があるわ」
「やっぱりですか……俺、この人には逆らわないようにしておきます」
「うん、よくわかんないけど、とりあえずアンタ達が今、私をからかってるんだなっていうのはわかったわ」
「からかってる訳じゃないわよ? ただ、客観的な事実を述べたまで。ねー、ユウハ君」
「そうですよ。流石に初対面の人に、そんな失礼な口利きませんって。最強先輩って呼んでいいですか?」
「……なるほど、厄介ね。アリアが気に入る訳だわ。あと、そう呼んだら殴るから。グーで」
ハァ、と一つため息を吐く彼女に、俺とアリア先輩は笑い、それから俺は自己紹介する。
「ども、ユウハです。よろしくお願いします」
「……ん、よろしく。私は、シェナ。獣人族で、種族は『ケット・シー』。アリアと同じ四年よ。君って、王族とか貴族とかじゃないんでしょ? 私も、ただの平民だから。微妙に肩身が狭いんだよね」
猫耳をぴょこぴょこさせながら、そう言うシェナ先輩。
……その耳、触らせてくださいって言ったら怒られるかな。
怒られるよな。セクハラだもんな。やめておこう。
「あぁ、わかります。右を向いたらもう王族とかがいて、なかなか困りますよね、この学院」
「あ、口ではこう言ってるけど、ユウハ君のは嘘よ。相手がそういうのでも、全然態度変わらないから」
「……そう。大物なのね、この子」
「え、いや、そんなことはないっすけど……だって、相手の立場聞いてから態度とか変えてたら、むしろ失礼じゃないですか?」
「そうやって言えるのは偉いと思うんだけど、ユウハ君の場合は、そういう相手を気遣ってって感じじゃなくて、もっと素の感じがするのよね」
「あー、何となく言いたいことはわかるわ。……うん、アリアと似た匂いがするわ。アリアも大分、上級貴族なのにアレな感じがあるし」
「おっと、シェナ。急に私に矢印が向いたわね?」
「アンタも大概なのは事実でしょ?」
「ふーん、いいもんねー。大概な同士、ユウハ君と仲良くやるから」
「あ、俺もそこに分類されるのは決まってるんすね」
「「それはそう」」
声を揃える二人に、俺は苦笑を溢した。
仲が良いこって。
猫耳……良いよね。