無の属性《2》
俺は、一度死んだ。
死んで、恐らく『魂』と呼ぶべきであろうものだけがこちらの世界にやってきて、肉体が再構成された。
その現在の俺の肉体を作ったのは、古の森に充満していた魔力だ。
大地の魔力。
木々の魔力。
大河の魔力。
大空の魔力。
太陽の魔力。
その全てが集まっていき、シイカに発見されるあの少し前に、この世界に生まれたのだと思われる。
生後ふた月くらいの、元気な赤ちゃんの誕生である。
だから、魔力が見えた時、エルランシア王立魔法学院の空間に満ちるものと、俺が有するものとが、似通って見えたのだ。
元々は、同じものだったのだから。
……前世の記憶に曖昧な部分があるのは、恐らく転生に当たって、俺の魂に残せる記憶容量が決まっており、俺が大事に思っていたものが優先的に残されたのだろう。
どうでも良いことは覚えておらず、逆に好きだった映画とか漫画とかの内容なんかは覚えている訳だからな。
そして――この古の森の、濃密で、純粋な魔力を得て生まれた俺には、属性に対する偏りがない。
そのことは、以前ミアラちゃんの実験を行った際にわかっている。
だが、普通これは、おかしなことなのだ。
例えば、火属性が得意な者がいたとする。
その者が、火への適性『100』だったとすると、他の水属性だったり地属性だったりに対する適性が『100』になることは、ほぼない。
魔力が属性を帯びている、ということはつまり、肉体自体がその属性が使いやすいように、寄っている、ということだからだ。
家系なり、環境なりで、肉体に情報が刻み込まれてしまっている訳である。
前世風に言うならば……魔力の属性遺伝子、だろうか?
勿論、何かしら事故なんかがあったり、単純に訓練を続けることで、後天的に他の属性が得意になることもあるが……それでも全ての属性を『100』にする、なんてことは不可能で、ましてや特殊な『単一属性』とかは、どれだけ訓練したところで、使えない可能性の方が高い訳だ。
しかし、俺は違う。
何にも寄っておらず、全てを同じように扱うことが出来る。
言い換えれば、その気になれば全てを『100』に出来る、のだと思われる。
肉体がそうでも、俺自身に魔法技能がないので、今のところ不可能なんだけれども。
俺が原初魔法を使えるのも、この特異な肉体に理由があるのだろう。
思う。
思い、魔力に形を与え、魔法として世界に顕現する。
恐らく最初の『魔法』は……こちらだったのだ。
まず原初魔法があり、それから長い年月を経て、より大多数が使えるようにと、術式として整理されたのだと思われる。
「あの時俺は、魔力が見えていました。そう、ですね……言うならば、『魔の深淵』、に近しいもの、なんでしょうね。何となくですが……ミアラちゃんが見ている景色が、わかったように思うんです」
魔力というもの。
魔法というもの。
世界を構成するもの。
おこがましいかもしれないが……あの時は確かに、その片鱗が見えた気がするのだ。
幼い少女は、何も言わない。
口元の笑みを、大きなものに変え、俺を見ている。
「それで……多分、ミアラちゃんの得意属性も、無属性、なんじゃないですか?」
俺の推測を、彼女は否定しなかった。
「……うん、よくわかったね。でも、恐らく私の無属性と、君の無属性は違う。厳密に言うと、私の方が偽物だね」
「偽物……?」
「私は、確かに人より属性の得手不得手が少なくて、数多の魔法が使えるけど……不得意な魔法は、あるんだ。使えない魔法もある。真に無属性に適性があるならば、理論上、それは存在しないはずなんだ。実際君は、確認した範囲の属性には、適性があったからね。空間魔法は私、使えるけど、時魔法は一切使えないんだ」
……無属性とは、つまり魔力そのものを指す言葉。
全ての魔法の根幹に位置し、故にそこに適性があるならば、全ての魔法が使えるはず。
「ね、ユウハ君。最初に、私は人間だって自己紹介したのを覚えてる?」
「……はい」
「それは、間違いじゃない。でも、正しくもない。肉体自体は、人間のものなんだけどね」
肉体自体は……?
「……どういう、ことですか?」
「私は……そうだね。言葉にするならば――」
ミアラちゃんは、言った。
「『人工精霊』、と言ったところだろうね」
人工。
つまり、造り出された存在。
「…………」
「フフ、まあ普通の人間は何百年も生きられないし、私がただの人間じゃないっていうのはとっくにわかってただろうけど。――君は、『精霊種』を知っているかな?」
「……いや、知らないです」
「じゃ、軽くだけ教えてあげよう。精霊種っていうのは、高じた魔力が何らかの要因によって変化し、自我を獲得した存在のことだ。君が知っているところだと、カエンがそれだよ」
「! 華焔が、ですか?」
「うん、あの子は元々、意識を持たない剣だった。変わっていたところは、一つ。『他者の魔力を吸収する』能力のある魔剣だった、って点だ」
アイツは血を、つまり魔力を欲する。
それは、元々は刀自体に備わっていた能力だったのか。
「加えてあの子は、『神の金属』と呼ばれるオリハルコンを、余すところなく用いて作られた稀代の名剣だった。だから、折れず、刃こぼれすることも一切なく。生物を斬って斬って斬りまくって、魔力を吸い続け――やがて、自我を持つまでに至ったんだ」
……アイツは初めから、インテリジェンス・ウェポンとして生まれた訳ではなかった、と。
「……随分、アレな感じの自我が生まれたもんですね」
「あははは、悪い子じゃないんだけどねぇ。――それで、そういう魔力から生み出された存在を、『精霊種』って言うんだ。本当に数が少ないから、私も片手で数えられるくらいしか会ったことないんだけども」
「……じゃあミアラちゃんは、人為的に魔力を操作して、生み出された存在、と?」
「そういうことになるね。ま、ほとんど偶然の産物の、事故で生まれたようなものなんだけど……」
そこで彼女は、口を噤む。
何かを考える素振り。
言うか言わまいかを悩むような、少し躊躇するかのような。
いつも明朗な彼女には、珍しい表情だ。
「ミアラちゃん?」
「……ね、ユウハ君。君は、私が……仮に私が、助けを求めたら。助けてくれるかい?」
「え? そりゃお世話になってるんで、死なない範囲だったら何でもしますよ」
そんなの悩むまでもない。
俺に出来ることがあるなら、やるさ。
するとミアラちゃんは、その大きな瞳を瞬かせ。
「……うん、ありがとう」
それから声音を変えて、言葉を続ける。
「……良し、じゃあユウハ君! 実は再来月に、魔法の祭典がエルランシアの王都であるんだけど、それに選手として出場してね」
「いや、何が良しなのか、全然わかんないですけども」
何だ、唐突に。
というかそれ、俺みたいなぺーぺーが出ていいようなものじゃないだろ。
「残念ながら、学院長決定です! 拒否権はないよ!」
「アンタ意外と無茶言うよな?」
「いやいや、君自身もさっき、何でもしてくれるって言ったでしょ? だから、言葉通りそうしてもらおうかなって」
「ぐっ……た、確かに言いましたけども! け、けどそれは、無茶ぶりっていうものじゃ――」
「私を、助けてくれないの?」
「……わかりました、わかりましたよ! 出りゃいいんでしょ、出りゃ! 協力しますよ、何でも!」
そう言うとミアラちゃんは、嬉しそうに、年相応に見える笑顔を浮かべる。
……彼女の笑顔を見て、恩とかそういうのを別にして、何と言うか俺は、根本的にこの人には敵わないんだろうなと、そう思った。




