部屋での遊び
――俺が休養を言い渡されたのは、今日まで。
明日からは普通に授業に参加することになるが、今日は一日何もない。
つまり、暇である。
食堂くらいは行っても大丈夫なのだが、それ以外は部屋から出るなと言われているので、することがない。
生活魔法を使う以上の魔力を練るなと言われている以上、魔法の練習も出来んし。
そうして俺が部屋から出ないので、シイカもまた部屋から出ず、授業に参加していない。
コイツは別に怪我をしていないものの、元々授業に対してそこまで熱意があった訳じゃないしな。
ユウハがいないならいかない、と言い放ち、俺の足に尻尾を巻き付かせ、のんびりしている。
華焔も、そもそも生徒じゃないので、言わずもがな。
なので俺達三人は今、部屋でゴロゴロしていた。
「……と、そうだ。フィオが暇潰し、持って来てくれてたな。それやるか」
「あの、板?」
「そうそう。『ワールドボード』って言うらしいぞ」
フィオが「暇潰しにどうぞ」と持って来てくれたのは、こちらの世界において有名らしい遊戯盤、『ワールドボード』。
ルールは、基本的にはチェスや将棋と一緒で、それぞれの駒に動ける範囲が設定されており、最終的に敵のキングを取ったら勝ちだ。
一定陣地より先に行った場合、駒が『成る』という点から言うと、将棋の方に近いかもしれないな。
一部の駒は、取ったら自分の駒に出来るし。
とは言っても、やはり違う点もあり、最も大きな違いと言えば――三次元空間にも進む先がある、ということか。
最初に、盤に一定量の魔力を込めて起動させるのだが、そうすると空中にさらなる盤が一枚形成され、そこもまた戦場となるのだ。
上盤から下盤に攻撃が出来るし、逆もまたしかり。
上下で展開を考えなければならないので、その点は大分複雑だと言えるだろう。
なかなか面白そうで、実はずっとやりたいと思っていた。
「面白いの、それ?」
「ルールを覚えるまでが、ちょっと大変そうだけどな。ただ、こういうゲームは覚えれば楽しいもんだぞ。暇潰しには最適だ」
「ほう、わーるどぼーどか? それなら儂も知っておるから、教えられるぞ。まあ、ぷれいしたことはあまりないんじゃが」
「お、ありがてぇ。一応ルールブックも置いてってくれたが、口頭の方がわかりやすいだろうしな。んじゃあ、説明頼む」
――そうして、華焔によるルール説明が終わった後。
「よっしゃあ、やるぞ、シイカ! ボコボコにしてやるぜ!」
「負けないわ」
まず、俺とシイカが盤を挟んで対峙し、勝負をはじめ――数十分後。
「スゥー……マジか」
負けました。
それも、初心者でもわかるような、ボロ負け具合である。
な、何故だ、お互いに初心者同士のはず。
何故、こんなにも結果に差が……?
「意外と簡単ね。それとも、ユウハが弱いのかしら」
平然とした顔で、そんなことを言い放つシイカ。
こ、この、残念美少女のクセに、意外とスペックの高い奴め……!
「カカ、弱いのう、お前様は。その有り様では、実際に兵を率いるとなった際、全滅は免れんな!」
「ぐ、ぐぬぬ……いいし、俺別に、軍人にはならんから! そ、そういう華焔はどうなんだ! お前だって、ルール知ってるだけで、ゲーム自体は大してやったことないんだろ?」
「いやいや、何を言うておる。儂は幾百を経験し、ついには自我を持つまでに至った剣じゃぞ? ぷれい歴が浅かろうが、そのようなものは関係ない。――さあ、姫様よ。この弱い主様は放っておいて、次は儂と勝負じゃ」
そうして、次は華焔とシイカで勝負が開始し――結果が出る。
華焔の負けである。
「カエンも弱いわ」
「幾百の経験(笑)」
「ぬ、ぬぐぅ……!」
悔しそうに表情を歪める華焔さん。
「……し、シイカはともかく、お前様は儂と同じく簡単に負けておったじゃろうが! そのように言われる筋合いはないぞ!」
「いやいや、あれだけ自信満々な様子だったのに、あっさり負けてるのを見たら、ねぇ? 呪いの魔剣も、形無しだなと思いまして」
「……一つ言うておくがの! 儂は別に、誰かを呪うたことはないし、儂自身が呪われてもおらん! 『呪いの魔剣』というのは、よくわかっておらぬ外野が勝手に言い出したことじゃからな!」
「つまり、普段の言動に呪い染みたアレがある、と」
「……ほーお? そういうこと、言うんだー?」
怖い笑みを浮かべた華焔は、ススス、と俺の膝に乗ってくる。
「……な、何だよ」
「いやいや。よく儂にそのような口が利けるなと思うて。あれじゃぞ、次、強敵と戦うことになった際――」
「……ど、どうするつもりだ?」
動揺する俺に、華焔は言った。
「――クスっと笑える小話をして、集中力を乱しに乱してやるからの!」
それはむしろ聞きたいまである。
「むむ! じゃあ私はどうでも良い小話をして、戦ってる途中でも、ぬへびゃーん、て気分にさせるわ」
「前々から思ってたが、お前はちょっと、物事への張り合い方がおかしいな」
それと、ぬへびゃーんというのは、いったいどういう感情なのか。
喜ばしいのか、がっかりしているのか、呆然としているのか。
「我々はその謎を解き明かすべく、アマゾンの奥地へと向かった……!」
「何?」
「何でもねぇ」
そんなくだらないことを話しながら、俺達は暇を潰したのだった。