黒の少女《2》
感想ありがとう、ありがとう。
「――で、どういうことなんです?」
どことなく、俺を責めるような瞳で、そう言うフィオ。
「俺にもわからん。フィオ、助けてくれ」
「えっ!? えーっと、その……ふ、二人とも、ユウハさんをいじめちゃ、メ! ですよ」
お前、ホント可愛いな。
「安心せい、童女よ。儂らが主様をいじめる訳がないでしょ」
「童女……あの、あなた、その見た目だと恐らく人間、ですよね? なら、そんなに歳は変わらないと思うんですが……」
「ふむ? うむ、そうじゃな。見たところ、お主の方が齢は上な感じじゃの。よろしく、お姉ちゃん!」
「お、お姉ちゃん……は、はい、よろしくです」
「ちなみに儂は人間ではないし、恐らく歳は数百は超えておるぞ。もう覚えておらんし、儂は全うな生物でもない故、それにあまり意味はないが」
「完全に年上じゃないですか!?」
わかりやすくおもちゃにされているフィオさんである。
「うー……な、何なんです、この子?」
「コイツは華焔だ。俺の刀……剣の。ほら、そこの」
「! 学院長様の、宝物庫にあった武器……な、なるほど、インテリジェンス・ウェポンである、というのは聞いてましたけど、ここまでしっかりとした自我があったんですね……」
「うむ、華焔じゃ。お主は確か、フィオ=アルドリッジじゃったな。うちの二人が世話になっておるの。礼に、腹の立つ輩がおれば、斬り殺してやるぞ」
「い、いえ、大丈夫です。ありがとうございます。……うぅ、怖い、この子」
このままだと延々と彼女がおもちゃにされ続けそうだったので、そこで俺は口を挟む。
「それで、どうしたんだ、フィオ?」
「あ、はい、その……ユウハさんの体調が良くなったと聞いたので、ご迷惑をおかけした分、改めてお話をしたいと思いまして」
「! あぁ、それは聞かないとなって思ってた。……その、俺は詳しい事情はわからないし、知る必要もないと思ってるけど……大丈夫、なのか?」
「はい、今回の件で、悪いところとの縁は完全に切れました。私の後見人にも、正式に学院長様がなってくれまして。だからこれからは、余計なことに気を取られず、この学院で魔法を学ぶことだけに集中していこうと思います」
……そうか。
それなら俺も……ま、腹に穴をあけた甲斐があったというものだ。
と、彼女は、次にちょっと複雑そうな苦笑を浮かべる。
「本当は私、罰せられるべき立場なんですけどね。襲撃者達と繋がりがあって、元々は協力するつもりだったんですから。学院には結構な被害が出ましたし、色んな人に怪我もさせてしまいましたし。ただ、あの方にそう言ったら、『それなら、罰として図書館で司書ちゃんの手伝い、二週間ね』と言われまして」
「はは、あの人らしいな。ま、でも、それくらいが妥当なんじゃないか? 繋がりがあったっつっても、それだけで人が罰せられることはないんだし、結局お前は命を懸けて戦ってただろ?」
「……それは、そうなんですが」
まだ、納得した顔にならないフィオ。
きっと彼女には、自分の良い行いと悪い行いが釣り合っていないのだろう。
「なら、その気持ちを忘れなければ良いんじゃねぇか? 学院には借りがある、っつーことだけ覚えてりゃ良いだろうさ。ちょっとずつでも、その気持ちを返していきゃあな」
そう言いながら、ふと俺は思った。
恐らくこの学院には、そういう人らが多く集まっているんだろうな。
ミアラちゃんに助けられ、彼女に恩を返すため、この学院で働く者達。
俺も、彼女には非常に世話になっているし、その恩を返すという点では、他人事では――いや、今ならば俺には、彼女の研究に協力出来るものがあるな。
原初魔法を使ったことで、俺は俺のことについて、一つわかった。
恐らく俺は――。
なんて考えていたところで、華焔が口を開く。
「甘いぞユウハ。フィオ、次元の魔女に借りがあるならば、早めに返しておいた方が良い。あの女は、ものを忘れる、ということがない。そしてヒトは、すぐに死ぬ。である以上、返せる内に返しておいた方が良い。気になるのならば、の」
「……わ、わかりました、ありがとうございます。深い言葉ですね」
「うむ、儂は気遣いの出来る呪いの魔剣故な」
気遣いの出来る呪いの魔剣。
パワーワードが過ぎる。
「それよりお主ら、確かそろそろ、朝食、の時間ではないのか? 儂もこの状態が久しぶり故、少々楽しみにしておるんじゃが」
「! そうだわ、早く行きましょう。ゴードのごはん、食べ逃すなんて、ありえないわ」
「お、その身体だと飯食えんのか」
「疑似的なものであるが、機能自体はお主らのものと同じであるはずじゃ。散々ヒトを斬り開いて中身を見てきたからの」
「華焔さん、一々言い方が物騒になるの、やめなさいね」
「モツって美味しいわよね。お願いしたら、今日のばんごはん、モツにならないかしら」
「お前、今の華焔の言葉を聞いて、よく『あ、思い付いた!』みたいな顔で、そんなこと言えるな?」
「ほー、臓物は美味いのか。良いのう。お前様よ、今から森に行って、魔物どもの臓物、取って来よう? 安心せい、儂が綺麗に斬り開いてやるから!」
「良い案よ! ユウハ、森に行こう、森に」
「……時間があったらな」
華焔がしっかり話せるようになったせいで、ツッコミが追い付かない俺を見て、フィオが気の毒そうな、同情的な目で俺を見る。
「……お疲れ様です、ユウハさん」
「……わかってくれるか、フィオ」
俺の味方は、お前だけだ。
――そんな感じでワイワイ言いながら、俺達は食堂に向かい。
「お前様よ」
ふと華焔が、そう声を掛けてくる。
「何だ?」
「その……儂がヒト型になったのには、言いたいことがあって、えーっと……」
「?」
要領の得ない華焔に首を捻っていると、彼女は少々口籠ってから、言った。
「あー……じゃから、改めて、じゃ。その……よろしくの。我が主様」
人を食ったような様子は鳴りを潜め、何だか慣れていなさそうな、気恥ずかしそうな顔。
「……何じゃ」
「いや、呪いの魔剣もそういう顔すんだって思って」
「……阿呆」
フン、と鼻を鳴らし、頬を赤くしながらパシンと肩を叩いてくる華焔に、俺は笑った。




