黒の少女《1》
新章開始!
朝のことだ。
窓から入ってくる陽の光で目が覚めた俺は、気付く。
自身のベッドに感じる、俺のじゃない、誰かの温もり。
最初俺は、これがシイカだと思った。
だってこの部屋、俺以外にシイカしかいないし。
だから、寒かったのか、寝惚けたのか知らんが、こっちに潜り込んで来たのだろう、と。時折あったし。
なので俺は、半ば寝惚けた頭だったのもあって、特に気にせず身体を起こし――その誰かに、尻尾がないことに気付く。
「……は?」
俺のベッドで眠っていたのは、少女。
血を思わせる赤が少し入った、黒髪。
何となく日本人らしさを感じさせ、だがこの世のものではないかのような、妖しげで美しい、均整に整った相貌。
妖狐とか、化け猫とか……漠然と、そんな言葉が頭に思い浮かぶような雰囲気があるのだ。
黒いワンピース一枚で隠した肉体は、滑らかで綺麗で、健康的な小麦色をしており、幼めの身体付きながらも、しかと彼女が女性であることを主張している。
あと、この角度だと、ワンピースの首元の隙間から色々と見えそうでマズい。
幼くあどけない少女らしさと、妖艶な大人の女性らしさが両立している、妖しげな美少女。
すると少女は、その長いまつ毛で彩られた目を開き、そして磨かれた黒曜石を思わせる、透明感のある黒の瞳が俺を捉える。
「おはよう、お前様」
「あ、お、おう、おはよう」
間抜けな感じで返事をしてから、俺は思った。
――え、誰。
◇ ◇ ◇
確かに、コイツの意思がもう、なんか普通に喋ってるくらい、明確なものとして途中からは聞こえていた。
そう、あの襲撃の途中からだ。
もう普通に会話してる気分で、意思をイメージとして受け取っている、ということはほとんど意識に上っていなかった。
なのであの時の俺は、第三者から見れば、剣と話している危ない人、みたいになっていたことだろう。
が――流石にこれは、予想外である。
「……華焔?」
「お、一目でよくわかったの?」
「いや……気配が、お前っぽかったから」
すると少女は――華焔は、にぃ、と笑う。
「へーぇ? そう、嬉しいな~。まあ、あれだけ多くの生き血を、共に啜った仲じゃものな!」
「人を吸血鬼みたいに言うな。俺は啜ってないです」
「ふぅん? じゃあ、あれだけ多くの命を、共に吸い取った仲じゃものな!」
「何故さらに物騒な方に言い直した?」
そして吸い取ってもねぇ。
……うん、この、シイカとは別方向に自由な感じ。
間違いない、華焔だ。
コイツがコイツであるということがわかって、とりあえず、焦りが消える。
焦りが消えたところで、何が何だかわからない、という思いは消えないのだが。
お前、実際のところは、そんな口調だったんだな。
軽い調子なのは、やっぱり全く一緒なのだが……。
ちなみに横を見ると、彼女の本体、と思われる刀自体は、ベッドに立て掛けられていた。
「ええっと……いったい、今のお前は、どういう状態なんだ?」
俺の問いかけに、顎に人差し指を当て、ちょっと考えるような素振りを見せる華焔。
……何と言うか、こういうあざとい仕草が自然で、妙に似合っている。
「んー、儂の意識を外に出して、そこに魔力で肉付けしてる感じかな? じゃから、あくまで儂の本体は、ソレじゃ。お前様のところでは、かたな、と言うんじゃったか?」
「……あぁ。お前みたいな、反りのある片刃の剣は、『刀』って呼ぶ」
「ん、覚えておこう。――で、儂自身は別に、いつも通りよ。儂は儂から離れられないし、誰かに使うてもらわねば、動けない」
自分から離れられない、というのは、本体である刀から離れられない、ということか。
「……あー、自分で自分を持って移動、っていうのは、出来ないのか?」
「やれはするぞ。実際、次元の魔女と戦うた際は、そうしてたし。しかしこれは、在り方の問題じゃな。儂は、儂だけで力の全てを発揮出来ん。儂を使う『主』がいないと、儂は儂として動けん。武器というのは、そういうものじゃ」
……俺にはわからない、武器としての在り方か。
「じゃあ、その……何で急に、そんな姿に? 今までなってなかったのは?」
「それは単純に、能力の問題じゃ。この前ので血と魔力を数多吸えたおかげで、こうして姿を顕現させるくらいは出来るようになった訳じゃし。じゃから、どれ程今、出来るようになったかの確認? 的な」
……あぁ、なるほど。
そう言えばコイツの主食は、その二つだったな。
あれだけ『食った』ら、力を取り戻すことも出来るか。
んで、コイツ程の力があれば……こうして、ヒト型にもなれる、と。
改めて、少女を見る。
美しい相貌。
人、というより、大妖怪とか、そういった風に感じられる、妖しげな雰囲気の少女。
……面影は、あるよな。
刀の面影があるとか、なんかすごい変態みたいな言い種だが、雰囲気が確かに、華焔っぽいのだ。
「ちなみにお前、今の能力は、全盛期と比べてどれくらい戻ったんだ?」
前、ミアラちゃんから聞いた時は、三パーセントくらいだったはずだが。
「今は全体の、八ぱーせんと、くらい?」
「……あの、俺ら、結構な数の魔物と人間を、斬ったと思うんすけど?」
「カカ、あのような量は、まだまだ全然。軽いものよ。――故に、ね、お前様。もっと魔力、ちょーだい?」
「え? うわっ、ちょ、待て――」
華焔は妖艶に笑って、俺の身体によじ登り。
俺の頭を両手で抱えると、ゆっくりと顔を近付け――ペロッと頬を舐められる。
「いひっ!?」
思わず変な声が漏れる。
ゾク、と背筋に走り、身体が浮きそうになる。
そのまま彼女は、捕食者が如き笑みで、俺の唇へ――シュン、と伸びてきた尻尾が、華焔の身体を俺から引き剝がした。
「カエン、何してるの」
「あ、おはよう、シイカ。何って、魔力貰おうと思うて」
「ダメ」
「えー、良いではないか。こうした方が効率が良いんじゃ」
「ダメ」
「ぶー……しょうがない。姫様がそう言うなら、がじがじで我慢しておく」
そう言って華焔は、俺の腕をはむ、と咥えると、やわやわと甘噛みしながら、ちゅーっと吸ってくる。
腕に当たる歯の感触と、舌の感触。
……あ、魔力吸われてるわ。
「ぷはーっ、美味しっ! これよ、これ!」
満足いただけてるようで、何よりです。
なすがまま、固まっていた俺は、そこでようやく再起動する。
「……あー、っと、シイカ。よくそんなすぐに、華焔だって見抜けたな?」
「? だって、一緒じゃない」
「どこが?」
「色味」
「……色味ですか」
確かに髪とか、華焔を思わせる色味ですけども。
「あと、魔力も一緒。だったら、すぐにわかるでしょ?」
いや、それはわかんないですが。
「それより、ユウハ! 私が見てないところで、魔力あげちゃダメでしょ。ユウハの魔力は、私のなんだから」
「あ、はい。その……ごめんなさい」
別に俺が謝らなければならない道理はないし、いつもなら「俺の魔力は俺のものだ」とか返すところなのだが……何となくバツが悪いような思いで、素直に謝る俺。
すると、腕組みをしていたシイカは、一つ鷹揚な感じで頷く。
「……ん。反省してるなら良し」
そして、ボフンと腰掛ける。
俺の膝の上に。
「えっとー……何で、膝に乗ってくるんです、シイカさん?」
「カエンばっかりずるいから、私も魔力。華焔が良いなら、良いでしょ?」
「……好きにしてください」
華焔がヒト型になったことで、何となく自分の男としての立場が弱まったのを感じていたその時、トントンと部屋をノックされる。
「来客か? 儂が開けよう。はーい!」
「ちょ、おい――」
俺の制止を聞く前に、とてとてと玄関まで向かった華焔は、扉を開ける。
「あ、おはようござい――」
そこにいたのはフィオだったが、彼女は俺達を見て、固まり。
「ゆ、ユウハさんが、新しい女の子を部屋に連れ込んで、さ、三人でふしだらなことを……」
その言い方はやめろ。
ウチの作品なら……まあ、こうなるよね。
ホント、すっっっごい悩んだんだけど、華焔はのじゃロリにしました。
のじゃロリ、作者超好きなので。
しっかりキャラを書き分けねば……。