状況確認《2》
感想、ありがとうありがとう。
そうして森を進んでいくこと、数時間程。
その間で、さらにわかったことが幾つかある。
まず、俺の肉体は前世のものとほぼ同じだ。
通りがかりの川に映った自身を見る限り、見てくれや身長等は一切変わっておらず……だが、自身の身体のことであるため、違う点もよくわかる。
非常に、目が良くなっているのだ。
単純に遠くまで見えるようになったことに加え、夜目が利くようになっている。
現在はすでに夕方であり、陽の光の入りにくい森の中なのでかなり暗いのだが、それでも先が昼間と同じくらい――と言うと言い過ぎかもしれないが、しかしそう感じるくらいには明るく見えているのである。
そして、身体が軽い。
前世ならばとっくにヒイコラ言っているであろう厳しい大自然の中を、午前中から歩き続けているにもかかわらず、多少疲労を感じるくらいで済んでいるのだ。
登山とかが趣味だったりする訳ではないので、これもまたこちらの世界に来てからの変化である。
異世界へと転移したことが原因で、何か身体に変異でも起きたのだろうか。
魔力とか、前世じゃ確認されていない力がこっちにはある訳だし、シイカの言葉からして、俺にもそれが備わっているようだしな。
それとも……言語のことも考えると、誰かに手を加えられたか?
……まあ、身体が丈夫なのがありがたいことは間違いないので、素直にありがたく思っておくとしよう。
異世界に来たことで、俺の未知の能力が開花したのだと、前向きに捉えておこうか。
そんなことを考えながら、シイカに付いて先へ進んでいると、突如彼女が立ち止まる。
「ユウハ」
「おう、どうした?」
「見えたわ」
そう言って、前方を指差すシイカ。
釣られて俺は、彼女の指の先へと視線を送り――。
「うおぉ……」
口から、勝手に声が漏れ出る。
木々の隙間の、そのさらに先。
夕闇の中に、荘厳で巨大な城が、鎮座していた。
大自然と相反せず、融和するかのように存在する、巨大な城。
恐らくだが……半径一キロくらいはあるんじゃないだろうか。
とんでもない敷地の広さをしているのが、離れたここからでもよくわかり、数多の尖塔や居館が窺え、それらを城壁がグルリと囲っている。
上下にも広がっており、中央の土地が最も高いという円錐のような構造で、全てを合わせれば、もはや一個の街と言って良いくらいの規模はあるかもしれない。
窓から漏れる明かりが薄暗闇をボワリと照らし、まるで夕闇に溶け込むかのような、幻想的な風景がそこには広がっていた。
少しの間魅入っていると、シイカの尻尾が俺の服の裾を柔く噛み、チョンチョンと引っ張る。
「行かないの?」
「……ん、そうだな。行こうか。やっぱすげーな、異世界……」
「異世界?」
「おう、不思議な世界だ。お前の世界はすごいんだな」
「? そうなのかしら」
首を傾げるシイカに、俺は笑い――なんて、異世界らしい光景に興奮を感じていたのだが。
「あ、ユウハ」
「ん?」
「人よ」
「人……人?」
その時だった。
「――そこで止まりなさい」
聞こえてきたのは、冷たい、警戒感丸出しの声。
声の方に顔を向けると――十数人分の人影。
そこには、甲冑を身に纏った兵士達と、彼らを従えている魔女っぽい恰好の女性がいた。
現れると同時、瞬時に半円に展開して俺達を囲い、剣呑な表情でこちらを警戒している。
……待て、さっきまでそこには、誰もいなかったぞ。
気付かなかった、とかの次元ではない。
文字通り、無の空間に、ただ森だけが広がっていたはずの場所に、突如として出現していたのだ。
シイカの方は気付いていたようだが……魔法とか、そういう感じか。
「ここはすでに、『エルランシア王立魔法学院』の敷地内よ。無断で侵入された以上、あなた達を力尽くで排除することも私達の選択肢には入っているわ。怪しいとこちらが判断した瞬間に攻撃に移るから、慎重に行動なさい」
威圧するような眼差しでこちらを見据え、そう言う魔女。
スタイルの良い美人な女性であり、男性人気が高そうな感じだが、今はその美人具合が視線の圧力を増している。
魔法学院……あの城、学校みたいなところだったのか。
それにしては随分と物々しい感じだが、異世界ともなるとこれくらいの警備が必要になるのだろうか。
と、彼女らの敵意に反応し、横のシイカがスッと鋭い眼差しになる。
「……ユウハ、倒す?」
同時に尻尾が動き、こちらを半包囲する者達の方へと向けられる。
マズい、シイカが警戒態勢に入った。
彼女の攻撃の基点は全て尻尾であり、故にそれが相手に向くということは、攻撃に入る前段階なのだ。ここまでの道中で理解した。
どうやら敵意を向けられたことで、スイッチが入ってしまったようだ。
そして、シイカの様子を見て魔女と兵士達はさらに警戒を強めたらしく、すでに腰の剣へ手が伸びている者もおり、一触即発の雰囲気が漂い始める。
「ま、待て、シイカ。大丈夫だ、敵じゃないからそんな警戒しないでいい」
「……ん」
俺の言葉を聞き、とりあえず敵対心は薄めてくれたようだが、それでも未だ尻尾の警戒は緩んでいない。
早めに話をしないとヤバそうだと判断した俺は、集団のボスであろう魔女へと顔を向ける。
「敷地に入ったのは悪かった。ただ、こっちも結構困ってる。具体的に言うと、森の中で迷ってた。だから、シイカ――俺の相方に聞いて、人の気配が感じられる方向に進んできたら、ここに出たんだ」
とにかく敵意がある訳じゃないと理解してもらうため、冷静に、理性的に、気を付けて話す。
「『古の森』で迷子? 面白い冗談ね。まず、何でそんな危険なところにいたのかしら」
古の森っつーのは、この辺りの森のことか?
……シイカは確か、ヒト種が全然入って来ない上に自然が豊かで、過ごしやすいと森のことを評価していた。
この魔女の言い草から判断すると、ヒト種が入って来なかったのって、単純にすんごい危険地帯だから、とかって理由ではなかろうか。
実際、俺が見た限りの魔物達も、デカくて強そうだったし。シイカみたいなのもいた訳だし。
「俺達がやって来た森が、どんなところなのかは知らない。偶然っつーか、事故っつーか、何だかよくわからない内にそこにいたんだ」
「それを信じろと? それとも、信じさせる気が端から無いのかしら」
「お互い初対面である以上、信じろっていうのが無理なのはわかってる。俺の言ってることが明らかに怪しいのもわかる。けど、その上で信じてくれとしか言いようがないんだ、こっちは。自分自身、虫の良いことを言っているのは重々理解してるが、出来れば、助けてほしい」
そこで魔女は、初めて少し考えるような素振りを見せる。
「……『トーデス・テイル』を連れているのは? あなたの従魔なの?」
「トーデス……?」
「あ、私、前にそう呼ばれたこと、あるわ。私の、シイカじゃない名前?」
なるほど、シイカの種族名か。
「お前の名前じゃなくて、種族の名前だと思うぞ。――従魔というか、シイカは仲間だ。契約は交わしてるが、別に従えている訳じゃない」
「契約……なるほど、一方的な従属ではなく、対価による条件付けによる契約状態……まだ理解は出来るかしら。いや、けれど、トーデス・テイルを手懐けるだけの対価だなんて、いったいどれだけのものを……」
俺の説明に、小さくブツブツと呟く魔女。
なんか盛大に勘違いしているようだが、そんな大層なモンじゃないです。生き餌になる契約です。
……いや、見方によると、大層なモンかもしれないが。
しばしそうして、彼女は考える様子を見せた後、何事かを言い掛け――という時だった。
「――はい、こちら、アルテリアです」
魔女は突如耳に片手を当て、そう独り言を溢す。
「はい、現在探知結界に引っ掛かった侵入者を……えっ、で、ですが……よろしいのですか?」
遠方と連絡するような魔法でも使っているのだろうか。
独りでに、そんなことを話し始める。
「……はい、わかりました。では、そのように。――そこの二人、とりあえず中には通しましょう。今から学院長に会わせます、そちらで事情を話しなさい。勿論、変な動きをしたら即座に追い出すわ」
その言葉に、俺達よりも先に周囲の兵士達がどよめく。
「アルテリア先生、よろしいので?」
「学院長の指示よ。全く、どういうつもりなんだか……ほら、あなた達。付いて来なさい」
それだけを言うと彼女らは、俺達に対する警戒は続けながらも半包囲を解き、城へと向かって歩き出す。
「……シイカ、行こう」
「ん」
俺とシイカは、その後ろに付いて行ったのだった。