日々は続く
意識が浮上する。
「ん……」
曖昧な思考の中、瞳を開く。
まず視界に映ったのは、天井。
絞られたランプの明かりしかなく、薄暗いが……どうやらここは、自室ではないようだ。
と、次に俺が気付いたのは、自身にもたれかかる重み。
見ると、シイカとフィオが、俺の腹と足を枕に、眠っていた。
シイカの尻尾など、俺の左腕に蛇の如くガッチリ巻き付いている。
二人分の、少女の重み。
華焔も、すぐ横に立て掛けられていた。
あー……何だ、こりゃ。
「……おや? ユウハ君、起きたのかい?」
聞き覚えのある声。
動く気配を感じたのだろう、ひょこっと奥からこちらに顔を覗かせたのは、ミアラちゃん。
「ミアラちゃん――いでっ」
身体を起こそうとしたところで、至る所から痛みを感じ、思わず呻き声が漏れる。
「あ、気を付けてね。回復魔法での治療はもう終わってるけど、君、お腹を貫かれて、出血多量で死にかけてたんだから」
「回復魔法ですか。確かに傷は……塞がってますね」
腹を確認してみると、縫い後なんかはないのに、しっかり傷が塞がっている。
他のところも同様だ。
「見た目はね。覚えておいてほしいんだけれど、回復魔法は、そこまで万能なものじゃないよ。傷は塞げても、細胞が傷ついたって事実は消えないし、その回復のために魔力と体力は消費する。だから、安静にすることはとても大事なんだ」
……確かに、ダルい。
腕を動かすのすら、億劫な感じだ。
貧血気味、なのだろうか。
「……俺、どれくらい眠ってました?」
「二日と半日だね。あ、お腹空いたでしょ。サンドイッチがあるから、食べな」
そう言って彼女は、置かれていた冷蔵庫を開き、サンドイッチを持ってきてくれる。
言われて初めて、腹が減っていることに気付いた俺は、礼を言ってそれを受け取り、一口かじる。
あ、美味ぇ。
「これは、ゴード料理長が作ってくれたんすか?」
そう聞くと彼女は、何故かニヤッと笑う。
「さあ、誰が作ったんだと思う?」
「……シイカ?」
「あ、よくわかったね。いやぁ、何だい、相方の味はすぐにわかるってかい?」
いや、そんなニヤニヤしながら言われたら、想像付くでしょ。
俺は苦笑を溢し、普通に美味い味付けのサンドイッチを食していく。
やがて、食べ終わったところで――俺は、問い掛ける。
「……襲撃は、どうなりましたか?」
「うん、今回の件に関しては、全て解決したよ。まだ問題は残ってるけど、学院の方はとりあえず大丈夫だ。――だから、ありがとう。おかげで、被害を最小限に抑えることが出来た。君が頑張ってくれていなかったら、どうなっていたことか」
「……俺がしたのなんて、コイツらと、あと華焔に比べれば、大したことないですよ。ただ、バカみたいに意地を張り続けただけなんで」
一人じゃ、何一つ出来なかった。
きっと、最初に魔物に殺される、一般人Aくらいの役割しか熟せなかっただろう。
ただ、意地張って、痛みを我慢し続けていただけだ。
頑固とも言う。
「フフ、いったいどれだけの人が、お腹に穴開けながらも、他者のために意地を張って戦い続けられるんだろうね」
ミアラちゃんはクスリと笑ってから、言葉を続ける。
「確かに君は、色んな子の力を借りたのかもしれない。色んな子に助けてもらい、そして色んな子を助けた。とても、素敵な形だ。――誇りなさい。それは、君にはそれだけの力があるって、みんなが認めたからこそだよ」
「…………」
何も言えなくなった俺は、照れ臭くなり、頭の後ろをガシガシと掻く。
「と、そうだ、フィオの方の怪我は――って、ここで寝てるなら、もう大丈夫……いや、大丈夫なのか?」
スースー、と寝息を立てているフィオだが、身体のあちこちに包帯を巻いているし、近くに松葉杖も置かれている。
絶対大丈夫じゃないだろ、コイツも。
……そう言えば、足に短矢が突き刺さってたんだったか。
「その子は、襲撃の翌日には目を覚ましたんだけど、それ以降こうだよ。本当は安静にしていてほしいんだけど、君にはいっぱい迷惑を掛けたから、起きるまで待っていたいんだって。まあ、ここは保健室だからね。何かあってもすぐに対応出来るから、好きにさせてあげようと思って」
あ、保健室だったのか、ここ。
「……フィオの立場とかに関しては、大丈夫、でしょうか? その、悪くなったりとかは……」
「悪く? さあ、何を言っているのかわからないな。その子は、脅されて仕方なく襲撃者達に協力したけど、機転を利かして閉じ込め、女の子ながらボロボロになるまで戦って、みんなを救ったんだ。いったいどこに、立場が悪くなる要素があるんだい?」
茶目っ気のある、笑みを浮かべるミアラちゃん。
俺もまた、小さく笑う。
「そう、ですね。えぇ、そうでした。むしろ、称賛されるべきっすね」
「実際のところ、この子は別に、何もしていないからね。敵が城内に入って来た後に、案内して、宝物庫に閉じ込めた。色々葛藤があったんだろうけど……戦うことを、決断した。たった一人で、誰の助けも得られない中。とても勇敢だよ」
それから彼女は、優しい声音になり、言葉を続ける。
「さ、まだ眠りなさい。君の身体は、本調子からは程遠い。君が元気にならないと、心配する子がいっぱいいるからね」
「……はい、わかりました。もう少し、寝ておきます」
彼女の言う通り、俺はやはり、病人であるらしい。
横になると、意識があっさりと眠りに落ちていく。
◇ ◇ ◇
翌日。
眠りまくった俺は、今。
ベッドの上で、身動きが取れなくなっていた。
「えー……シイカさん。私、一度起き上がりたいんですが」
「ダメ。ユウハは、意外とわがままで、無茶するってわかったから。しっかり治るまで、そういうのは許さないわ」
「いや、あのですね。確かにまだ完治はしてないですけども、流石に立って歩くくらいは許していただけると……」
「ダメ。身体に良くないわ」
「……そ、それならほら、俺ちょっと腹が減ったからさ。そこの飯、自分で食うくらいは良いだろ?」
「お腹が空いたのね。わかったわ、はい、あーん」
「えっ」
「あーん」
俺の前に差し出されるスプーン。
有無を言わせぬ、断固たる意志を感じさせるシイカの瞳。
尻尾で身体を固定されているため、逃げられない。
何なんだこれは。新手の拷問か。
そういうのはもっと、良い雰囲気の中でやるものじゃないのか。
シイカよ、何故強敵と戦う前の主人公、みたいな感じの表情をしている?
……それと、華焔。
バレないと思ってるのかもしれんが、どさくさに紛れて俺の魔力吸ってんじゃねぇ。こっちは今、病人なんだぞ。
お前だけはホント、通常運転だな。
俺は、顔を引き攣らせながら、そのスプーンを口に含む。
「美味しい?」
「……美味しいです」
「そう、良かった。熱かったらちゃんと言ってね。ふーふーするから」
「……はい」
と、そんな俺達のやり取りを見て、同じくこの場にいたフィオが口を開く。
「……そ、そうですね、ユウハさんは病人ですもんね! だから私も、あーんってしてあげます!」
「拷問はやめてください」
「ご、拷問とは何ですか、拷問とは! シイカさんは良くて、私はダメと!」
「い、いや、そういう訳じゃないんだが……というかお前、俺と同じく怪我人だろうが。お前もしっかり休めよ」
「私はいいんです、自業自得ですから。対してユウハさんは、私が巻き込んじゃった形ですので。自分のことより、あなたのことを優先するのは当然です。……その、お礼もしっかりしないといけませんし」
最後が小声になり、ごにょごにょと何かを呟くフィオ。
「さ、ユウハ。わがまま言わないで。大人しくしてなさい」
「そ、そうです、ユウハさん! いっぱい、お世話してあげますからね」
「…………」
いったい俺は今、どんな顔をしているのだろうか。
殺し合いをしていた時より、精神が削られそうである。
誰か助けてくれ。
様子を見に来てくれたらしい、ミアラちゃんと魔女先生が、腹を抱えて笑っていた。
◇ ◇ ◇
その後、何やかんやありながら、「とりあえず部屋には戻っていい」という許可を医務の人からもらった俺は、シイカとフィオに介護されるようにしながら、自室へと戻った。
フィオとはそこで別れ、現在部屋にいるのは、いつものように俺と、シイカと、華焔のみ。
不思議なもので、ここに住み始めてからまだそんなに経っていないはずだが、何となく安心感がある。
保健室はちょっと、人の行き来も多かったからな。
シイカとフィオに介護されているこちらを見て、生暖かい目をしてくる者達が多く、精神がゴリゴリ削られた、というのもあるが。
「~~」
と、浴室から聞こえてくる、流れるシャワーの音と、シイカの機嫌の良さそうな声。
シイカは意外と、綺麗好きである。
というか、シャワーを気に入ったらしい。
森で暮らしていた頃は、身体を洗ったりするのは川で水浴びだったそうなのだが、温かい湯が出て、汚れが簡単に落とせるシャンプーやボディソープがあるここの浴室は、彼女にとって最高に心地が良い環境であるらしく、一時間くらい入って出て来ないというのは、ザラにあるのだ。
あんまり長く浴び過ぎて、いつか飯の時間になってしまい「おーい、もう晩飯の時間だぞー」と声を掛けたら、ちょっと葛藤した様子で「……今出るわ」という声が返ってきたことがある。
つまりコイツにとって、風呂の時間はあれだけ大好きな飯の時間と同じくらいに、重要なものだということだ。
女子力が低いのか高いのかわからんシイカさんであるが……そういうところは、女子らしいと言えるのかもしれない。
あと、自身が長風呂をするので、大体俺に、先にシャワーを浴びさせてくれる。
初めて会った際、肉を分けてくれた時もそうだったが、色々と物知らないだけで、気遣いの出来る奴であることは、間違いないのだろう。
ですが、シイカさん。
確かに私は今怪我人ですが、身体を洗うところまでしようとしてくれなくていいです。勘弁してください。
……まあ、物を知らないということに関しては俺もどっこいどっこいなので、人のことは言えないんだがな。
そんなことを思っていると、満足したらしいシイカが、Tシャツ短パンというラフな格好で、浴室から出て来る。
白い肢体。
小ぶりだが、しっかりとある胸に、くびれた腰。
肌に張り付く、濡れた美しい髪。
そこから覗く、妙に色気を感じさせる首筋。
……普段の残念さぶりに隠れてしまっているが、コイツは、見てくれは『絶世』という言葉がピッタリ来るような美少女なのだ。
バスタオルで濡れた髪を拭いながら、彼女はポフッと自身のベッドに腰掛ける。
「シャワーは良いわ。何が良いって……何が良いのかしら?」
「温かくて気持ち良いのが、だろ」
「そう、それが良いわ」
超テキトーなやり取りだが、コイツとの会話はいつもこんなものなので、気にしたら負けである。
「……その内、機会があったら大浴場とか行くか」
「だいよくじょー?」
「あぁ。デッカい風呂があるところだ。身体を伸ばせてゆっくり出来るから、多分シャワーよりも気に入ると思うぞ」
「! とても良いわ。楽しみ」
「その内な、その内。いつ暇があるかわからんし」
まあでも、この学院大体何でもあるし、大浴場もあったりしないだろうか?
次会ったら、ミアラちゃんに聞いてみるか。
大浴場があるなら、俺も入りたいし。
シイカ程の風呂好き、という訳ではないのだが、やはり日本人なので、湯に浸かりたいのである。
部屋にあるの、シャワーだけで、湯が溜められる構造にはなっていないからな。
と、シイカはご機嫌な様子でバスタオルを洗濯かごの方にポイ、とやると、俺を見る。
「……ね、ユウハ。ちょっとは良くなったのね?」
「おう、まだ安静にはしてないとダメだが、日常生活は送っても大丈夫だってよ」
回復魔法は万能じゃない、なんてミアラちゃんは言っていたが、前世を知っている俺からすると十分すごいものに見える。
あの傷で、たった四日程度で「動いて良し」って許可が出るんだからな。
……いや、もしかすると、この学院の医者が、とりわけすげぇ技術を持ってるのかもしれんが。
今までの経験からして、その可能性は高そうだ。
「そう。なら……髪」
「髪?」
「ん。髪、やって。ユウハにやってもらうと、心地良いから」
「……しょうがないな」
こちらに頭を向けるシイカ。
俺は、苦笑交じりのため息を一つ吐き、魔法を発動する。
使うのは、ドライヤー魔法、もとい温風の生活魔法。
温かく、緩やかな風を発生させ、彼女の濡れた髪に手を触れる。
しっとりとした、いつまでも触っていたくなるような、非常に心地の良い感触。
風呂上がりの匂い。
しばし、互いに沈黙する。
響くのは、風の音だけ。
だが……俺は、この静かな時間が、嫌ではなかった。
「――ねぇ、ユウハ」
「ん?」
「ヒト社会は、面倒なことが多いわ」
「おう」
「でも、私。森を出て、良かったわ」
シイカは、言った。
「ユウハと一緒に、ここに来て、良かった」
「……おう」
俺は、ただそれだけを答え、彼女の髪を乾かしていく――。
一章終了!
今回は世界観を出すために、かなりがっつり書いたけど、次章はもうちょい、日常も多く書きたいね。作者、そっちの方が好きなので。
読んでくれてありがとう!




