後始末
原初魔法に関する詳しいアレコレは、また後日。
――薄暗い森の中で。
その二人組の男達は、観測を終える。
「作戦の失敗を確認」
「……了解。見るものは見た。帰投するぞ」
その黒尽くめの二人組は、速やかに動き出し――。
「――あれ、もう帰っちゃうの?」
突如掛けられた声に、バッと後ろを振り返りながら、瞬時に武器を構える。
ゆっくりと、森の中から現れたのは――カルヴァン=エーンゴール。
彼の姿を見て、二人組に緊張が走る。
「まあ、待ってよ。せっかくこの学院に寄ってくれたみたいだから、お茶くらい出してあげようかと思ってね。君らも疲れてるだろうし」
「…………」
「…………」
「あ、隠さなくてもいいよ。君ら、あの襲撃の兵らと違って、伯父さんとこの隠密部隊でしょ。と言っても、どうせ君らをどれだけどう辿ろうが、伯父さんに辿り着くことは出来ないんだろうけど」
カルヴァンが浮かべているのは、ユウハが言う、『胡散臭い笑み』。
しかしそこに、いつもの愛想の良さは欠片も存在せず、ただ冷たい氷のような表情だけがあった。
カルヴァンの片手に握られているのは、彼だけが扱える特殊な剣。
宝剣『リヌ』。
「ね、せっかくだから、何を考えてるのか教えてよ。ほら、同郷のよしみでさ」
――相手が悪い。
二人組の男達はそのことを認め、口を開く。
「……カルヴァン様。これも全ては、我らの種のため。あなた様ならば、何を優先すべきかはおわかりのはず。どうか、お見逃しを」
「我らは現在、非常に重要な作戦行動中です。どうか」
カルヴァンは、一つ嘆息を溢し――斬った。
二連撃。
二人組は一切反応することが出来ず、声もなく崩れ落ち、二度と動かなくなる。
「我らの種のため、じゃなくて、君達だけの利益のため、って言いなよ。こういう人達って、主語が大きいから困っちゃうよね。……全く、僕今、割かしこの学院気に入って、楽しく学んでるところなのに、邪魔しないでほしいよ」
* * *
後に『学院襲撃事件』と呼ばれる、エルランシア王立魔法学院への攻撃は、五ヶ国会議の最中であったミアラ=ニュクスが異変に気付き、空間魔法で戻ってきたことにより、収束。
彼女が現れてから、わずか三十分程で全ての魔物達が排除され、全ての侵入者が捕らえられたのだ。
この事態を受け、まだ続く予定であった五ヶ国会議は中止。
学院は生徒の動揺を抑えるために、数日の間休校となり、希望する者の一時帰国も許可され、授業や単位に関する便宜も最大限図られることとなった。
その間、各国もまた学院に対する支援表明を行ったり、攻撃を行った組織に対する非難表明等の対応を行い――そしてその国でもまた、後始末が行われていた。
魔族の最大国家、『アーギア魔帝国』。
その地を治める魔帝、ハジャ=アーギアは、玉座の手すりに頬杖を突き、鋭い視線で、その報告を受けていた。
「――で、結局、全て失敗か。俺の兵まで使っておきながら」
彼の前に跪いている魔族は、顔を青ざめさせながら、答える。
「も、申し訳ありません。し、しかし、人員の消耗はありましたが、証拠は徹底的に消させてありますので、ここまで辿られることは――」
「貴様は『派手に作戦が失敗したが、気付かれそうもないし、死んだのは数人であるため問題なし』などという戯言を、俺に向かって言うのか?」
「っ、申し訳ありません、申し訳ありません……!」
冷や汗をダラダラ流し、頭を下げる男から、ハジャは興味を失ったように視線を逸らす。
「この阿呆を連れていけ」
「ハッ」
周囲に控えていた近衛兵が動き出し、男の両脇を掴むと、男は焦ったように口を開く。
「へ、陛下! わ、私は、ただこの国を思って動いただけであります! ただ御身を思って――」
「……フゥ」
ゴロンと転がり落ちるのは、驚愕の表情に固まった、男の首。
ハジャの右手には、いつの間にか無骨な剣が握られており、その刃は血で濡れていた。
「おい、ここの掃除をさせろ。後任は――」
「やぁ、ハジャ君。何やら大変そうだね」
幼い声。
誰も見ていなかったそこに、いつの間にか立っている、小さな人影。
――ミアラ=ニュクス。
瞬間、相手が誰だか認識していつつも、侵入者に対処するため近衛兵達が一斉に臨戦態勢に入り、だが、動けない。
彫像かの如く、ピクリとも身体が動かなくなる。
「……アポイントもなしに突然の訪問とは、些か失礼ではないか?」
唯一動けるのは、ハジャのみ。
彼はチラリと自身の部下達の様子を確認した後、平然とした様子でそう言った。
「今は緊急事態だからね。多少の無礼は大目に見てほしいかな。――で、いったい、君は何を企んでいるのかな」
「何、とは?」
「とぼけないでほしいな。いったい誰に何をさせて、学院の襲撃なんて馬鹿な真似をすることになったのか。あと、フィオちゃんのところ――『ヴァイゼル公国』に、何をしたのかっていうのも、教えてくれるとありがたいんだけれど」
「さて、話が見えないな。学院の襲撃も、あの国でのゴタゴタも、悲しい出来事だったが。何かそれらしい証拠でも残っていたか?」
「……ハァ、面倒だね。私、問答をしに来た訳じゃないんだ」
ス、とミアラが指を動かした瞬間、ハジャの巨体が吹き飛ばされる。
部屋にあった豪奢な調度の幾つかを粉砕し、壁にぶつかって停止する。
ハジャは頭から血を流し、その表情をわずかに歪ませ、鼻を鳴らす。
「……フン、自らで決めた取り決めを、自らで壊すつもりか」
「知らないよ。わかることは、君のところが、何かをやったってことだけ。その結果、ヴァイゼル公国の元軍人達が、学院の襲撃を企てた」
ミアラは、無の表情で、言葉を続ける。
「私は別に、政治家じゃない。私は夜の女王、次元の魔女。そして――『終焉』。それが邪魔になるのならば、潰して作り変えるのみ。ね、どうなのかな? 君は、実は私が優しくて、そこまではしないだろうって、思ってたのかな?」
「……そうか。では、殺せ。気に入らなければ潰すというのならば、そうしろ。いずれ貴様は、そのまま世界をも滅ぼすのだろう。――さあ、やれッ!」
圧倒的な力を前に、だが些かも威厳を衰えさせず、覇気のある声でハジャは怒鳴る。
ミアラは、片手に持っていた杖を前に伸ばし、だがそこで表情を歪める。
しばしの無言。
「……これは、警告だ。私は、私の学院に手を出す者を、許さない。子供達を危険に晒す者を、許さない」
その言葉を最後に、彼女の姿は、まるで最初から何もなかったかのように空間へと消えていった。
一人残されたハジャは、血を拭って立ち上がると、自らが座るための玉座を見る。
ふんだんに装飾されている、権威と見栄のために用意された玉座。
「……フン、全く、クソが」
小さく吐き捨てたその言葉を聞いた者は、誰もいない。




