意志《3》
「――――!」
挨拶代わりに、派手に行こうと提案してくる華焔。
いいぜ、そうしよう。
派手なのは俺も嫌いじゃねぇ。
そして華焔から放たれるのは、飛ぶ斬撃、『魔力刃』。
連続で飛ばしたその攻撃は、黒尽くめどもに全て避けられ、いたずらに宝物庫内を斬り刻むだけに終わるが、想定済みだ。
回避の隙に相手の一人の懐に一歩で踏み込み、一閃。
それも避けられかけるが、華焔は逃がさず追撃。
ソイツの胴を深く薙ぎ、床に沈めさせる。
黒尽くめどもから立ち上る、明確な敵意と殺意。
「……少年、自惚れているのならば、考え直した方が良い。我々はこれでも元軍人だ。作戦のためなら子供も殺すが、別に殺人が好きな訳でもない。たった一人で、いったい何が出来る?」
口を開くのは、先程俺に話しかけてきた男。
恐らくは、コイツがこの者達のリーダーなのだろう。
「そんな元軍人が、フィオ一人に随分削られたもんだな」
「……やはり子供は子供か。状況に酔って、危険を全く理解出来ていない、と見えるッ!」
言葉尻と共に、リーダー格の男は一気に距離を詰めてくる。
無骨な長剣が、まるで生き物であるかの如く伸び、上段から放たれたかと思いきや、次の瞬間には下段からの一撃に切り替わる。
きっと、俺だけではこれを食らっただろうが、華焔にフェイントは、無意味だ。
的確に敵の意図を察し、俺の腕を動かし、防御。
他の方向から飛んでくる短矢も全てを斬り捨て、身体を捻って避け、お返しに魔力刃を放って牽制する。
――自惚れてなど、いられるか。
誰が一番、自分の無力さを嘆いていると思ってやがる。
自分の雑魚さを、何度痛感したと思ってやがる。
今も、俺がどれだけ華焔に頼り切りになっているか、コイツはわかっていないのだ。
機動力を削ぐ狙いか、足を狙って伸びてくる浅い薙ぎを華焔で受け、同時に死角から飛んでくる投げナイフを首を捻って回避。
背後から忍び寄ってきた男のあごを、華焔の柄でかち上げた後、囲まれそうになったため、一旦跳んで距離を取る。
仕切り直し、と思わせておいて意表を突くためこちらから再度突撃し、一人の敵の腕を斬り飛ばす。
――そこから続く、華焔と、黒尽くめどもとの、息が詰まりそうな激しい攻防。
斬って、避け、受け、跳んで、斬る。
絶妙に相手にとってやりにくい位置に自身の身体を置き続け、人数差で押し込まれないようにする。
実戦での経験、というのは確かに偉大だな。
少し前に散々華焔で斬りまくったおかげか、コイツとの意思疎通が、先程までの魔物どもとの戦闘の時より、さらに容易くなっているような気がする。
今日までの訓練で大雑把な動きを覚え、そして今日の多くの戦闘で、そのすり合わせが進んだような感じだ。
まあ、華焔からすると、まだまだ俺には物足りない部分ばかりなんだろうがな。
そうして戦闘が進むにつれ、感覚が、どんどんと研ぎ澄まされていく。
時間が引き延ばされ、一秒が何十倍にも拡大されていく。
見る。
剣の切っ先。
空中で変な曲がり方をし、迫り来る短矢。
銃口の方向。
黒尽くめどもの、仮面の奥に覗く目線。
どうもこの男達は、武器による近接戦闘が主体のようで、魔法はあくまで補助として使っているようだ。
黒のローブの奥から放たれる、あの変な軌道の短矢や、突然刀身が見えなくなり間合いを狂わされたりするのは、間違いなく魔法を併用しているのだろう。
矢は、俺もどうにか見えているため身体機能のごり押しで避けられるが、剣の方は華焔がキッチリ間合いを管理してくれなければ、何度食らっていたかわからない。
どうにか、ギリギリの戦いが続けられていた俺だったが――しかしそれでも、均衡は傾く。
元々、練度には差があった。
華焔によってどれだけ誤魔化せていようとも、俺は戦闘のド素人。
対して相手は、話を信じるならば元軍人。
理性を失って暴れるだけだった魔物どもと違って、冷静にこちらを観察し、連携してきてやがるのだ。
時間が経ち、俺に疲労が蓄積し始めるにつれ、どうにか致命傷は全て回避出来ているものの、徐々に被弾が増えてきている。
最初はどうやら、俺を捕らえてここから逃げるための協力をさせようと考えていたようだが、途中から、俺の排除に目的が変わったらしいことも、その一因だろう。
彼我の実力差が、顕著に表れ始めていたのだ。
「手こずらせてくれるな、少年ッ!」
「ギッ……!!」
腹部への、突き刺すようなミドルキック。
避けられず、まともに食らってしまい、俺はバカみたいに後ろへ転げ飛ぶ。
華焔が自らを床に突き刺し、姿勢制御しようとしてくれているが、間に合わない。
それより先に振るわれた敵の剣が、俺の左腿を斬り裂いた。
寸前で足を引くことで泣き別れさせられるのは回避したものの、深く斬られてしまい、ブシュゥ、と血が爆ぜる。
そこから、黒尽くめどもによる畳みかけるような連撃。
華焔で受け、避け、しかし全てを捌き切れず、顔面を殴り飛ばされる。
衝撃。
視界にチリチリと飛ぶ火花。
飛びかける意識の中で、その視界の隅に映る、こちらに迫る敵の剣先。
ダメだ。
ダメだ。
ここで意識を飛ばすな。
ギリィ、と歯を食いしばる。
血を弾けさせながら、両足を踏ん張らせ、堪える。
見る。
――無理だ、これは、避けられない。
脇腹への突き。
鋭く、速く、もう避けられる段階にはない。
故に俺は、避けなかった。
敵の刃が俺の脇腹を貫くのと同時、前に一歩踏み出し、お返しにソイツの心臓を貫く。
腹部に、痛みより先に走る、熱。
異物感。
蹴ってソイツの身体から華焔を抜き、すぐに構え直し――あぁ、クソッ。
そこでようやく、痛みという信号が脳へとガンガン届いてくる。
激痛、なんて言葉じゃ表せない程の、どうしようもない痛み。
涙が滲む。
膝を突いて倒れそうだ。
恥も外聞もなく叫び、ここから逃げ出してしまいたい。
――だが。
だが、俺より年下の少女が、あれだけ頑張って、ボロボロになって、戦っていた。
ならばここで、逃げる訳にはいかない。
男ならば、今意地を張らずに、いつ意地を張るというのか。
この身体ならば、まだ動く。
俺の、高性能で、いつでも思い通りに動いてくれるこの身体ならば、この程度の怪我、何でもないのだ。
「ハハ、ハ……いいぞ、楽しく、なってきた。な、華焔。盛り上がって、きたな」
「――――」
俺の言葉に、我が刀は殊更愉快げに、「同感だね! 場が温まってきたよ」と返してくる。
愛想の良い奴だ。
俺は今、お前のことがすげー好きになりかけている。
「……気狂いが。いい加減、くたばってもらおうかッ!!」
再び、俺と黒尽くめどもは、斬り結ぶ。
先程腿を斬られ、機動力が落ちた俺は、どんどんと傷が増産されていくが……しかし、倒れない。
ズタボロのボロ雑巾にされようが、血で真っ赤にされようが、倒れない。
そうして殺し合いを続け、進む集中の末に、一つ、奇妙な感覚があった。
見る先に、さらに見える風景。
――あぁ、そうか。
今の奇妙な感覚。
そして、原初魔法を発動しようとした際に、感じ続けていた違和感。
これらの元は、同じものだ。
恐らく俺は、今まで魔力の扱い方を間違えていたのだ。
散々、魔力が肉体の一部であり、手足のようなものだと思っていながら、実際にはまだそれを理解出来ていなかった。
言うならば、何もなくとも出来ることを、わざわざマジックハンドでも持って作業していたかのような。
PCやゲーム機などに、本来ならば必要ないパーツを接続し、何故か起動しないと首を傾げていたような。
そういう、しなくても良い手間を加え、魔力を扱っていたから、本来ならば使えるはずの原初魔法が上手く発動せず、何かおかしな感覚が残り続けていたのだろう。
今ならば、恐らく、いける。
俺は、『思う』。
瞬時にその場に現れ、黒尽くめどもに向かっていったのは――光。
生活魔法、『ライト』の光。
こんな時に、複雑な魔法が放てる程俺の魔法技術は卓越していないため、使えるのはこれくらいが限界だ。
しかしこれは、術式を使っての魔法ではない。
だから――魔力を込めれば込めるだけ、光の強さが増す。
「クッ――!!」
「うわっ……!!」
突然の、閃光手榴弾並の光量に、男達から苦鳴が漏れる。
ハハ……原初魔法、上手くいったな。
ありがとよ、これで赤点は、回避出来そうだ。
華焔がこの隙を逃すはずもなく、斬る。
倒れる、数人の黒尽くめ。
「おう、随分数が減ったな」
「クソガキがぁッ……!!」
ニヤリと笑うと、黒尽くめどものリーダー格の男は仮面をしていてもわかる程に激昂し、苛烈に俺を責め立てる。
血を流し過ぎたのか。
腕が、ほとんど上がらない。
足が、自分のものじゃないかのように、言うことを聞かない。
鉛でも流し込まれたかのようだが、それでも、動くのだ。
気を抜けば倒れてしまいそうになるのを堪え、ただ意地だけで前に足を出し、斬り結ぶ。
――いったいどれだけ、そうしていたのだろうか。
しばらくして、それに気付いた俺は、構えを解いて華焔をぶらんとさせる。
「フー……俺はよ、弱いんだ」
俺は、酷薄に笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「この学院最弱っつっても良いな。魔法は全然使えねぇし、剣術も思うようにはいかねぇ。全く、自分の無力さに嫌になるばかりだ」
「……何が言いたい」
警戒の眼差しを浮かべるリーダー格の男が、何だか無償に滑稽に見え、愉快な気分が湧き上がってくる。
「つまり、よ。俺は、運良く相方が一人と一振り、出来ただけなんだが――」
「――そんな俺みてぇな雑魚を、いつまでも倒せねぇからこうなるんだ、クソ野郎」
次の瞬間、ドン、という音がしたかと思うと、男の身体が吹き飛んだ。
俺の視界に、刹那の間だけ映ったのは、尻尾。
そのまま男は、欠片も減速することなく壁に激突すると、バギリ、と派手な音を発して壁を砕き、ペラリと剥がれ、重力に従って落下する。
たった、一撃。
ここまでの戦いが児戯に思えるような、圧倒的な力で。
黒尽くめどもの指揮官は、動かなくなっていた。
残っていた黒尽くめどもは、リーダーが動かなくなったのを見て、次にその姿を確認すると、数秒の無言の後に武器を投げ捨て、その場で投降の姿勢を見せる。
――元々、俺の勝ち目は、これだけだったのだ。
俺一人でこの人数を相手に勝てるなどとは、最初から露程も思っていない。
他力本願も極まれり、といった感じだが、残念ながら俺の実力は、そんなもんだからな。
そして、俺の元に寄ってくるのは――シイカと、ミアラちゃん。
恐らく原初魔法が発動出来た影響だろう、二人の魔力を少し前から感じられていたのだが……ミアラちゃん、学院に戻って来ていたのか。
「……わがままなのは、私の方だと思ってたけど。ユウハも、大概だわ」
「おう、そうだな。ハハ、似た者、同士だ」
シイカの言葉に、何となく笑いが込み上げて笑ってしまうと、彼女は無言でこちらを睨んだ後、ちょんちょんと俺の脇腹をつつき始める。
「いっ!? いでっ、いででで、ま、待て、そこは結構ヤバい傷が――」
「うるさい。反省して」
「は、反省って、割かし俺、頑張って――」
「反省して」
「いででででっ、わ、わかった、わかったよ。悪かったって。弱いくせに調子に乗ったよ。でも、やんなきゃいけないことだったんだ――っと、そうだ、フィオの怪我の処置を……」
「大丈夫だよ、ユウハ君。それはこっちでやっておくから。君の傷も、治療しておくよ」
答えたのは、ミアラちゃん。
「そうっすか? それなら、お願いします。あ、ここ、散らかしちゃって、すみません」
「フフ、いいよ。気にしないで。後片付けはしておく」
「ん。あとは、こっちでやるから。――だから、ユウハ。もう、大丈夫。全て、終わったから」
耳に残る声。
こちらを気遣う、鈴のような、優しい声音。
「お? そうか。もう、だいじょう、ぶ、か……」
そこで俺の意識は、途絶えた。