意志《2》
――黒尽くめの男が、自爆を敢行した後。
他に紛れていないか警戒したところ、同じような獣に化けたヒト種の敵が数名いたようで、護衛兵士、そしてカル達によって倒されていた。
カル、ジオ、ジャナルの三人組である。
アイツらも、なかなかやるぜ。
ジオとジャナルは相当仲が悪かったと思うが、そこはカルが上手くやったんだろうな。アイツ、そういうの得意そうだし。
また、やはりその黒尽くめどもが操っていたらしく、排除の完了と同時に正気を失っていた魔物達が徐々に理性を取り戻し始め、変わらずこちらに向かってくるのも多くいたが、互いに共食いを始めたり、逃げ出したりで余裕が生まれ、学外授業に出ていた面々は撤退を開始。
ただ、俺だけは――すでに、城内にいた。
魔女先生による、空間魔法での転移である。
なかなかに面白い感覚だったが……今は、それを気にしている時じゃないな。
「こっちも、やっぱり戦闘中か」
聞こえるのは、空間に響く戦闘音。
魔物による襲撃は、他の地点でも起こっていたようだ。
「――――」
と、城内の様子を確認していると、『ユウハ、今はシイカがいないから、戦う時はちゃんと言うこと聞いてね』と華焔が声をかけてくる。
「お、何だ、さっきまでイケイケだったくせ、急に慎重だな?」
「――――」
すると、「え、うん、だってユウハ、ナメクジみたいにトロくて弱いし。シイカがいないなら、ちょっと慎重にいかないと」と答える華焔さん。
お前、自分の所有者に向かって、なかなか言いやがるな?
いや、君らと比べると著しく戦闘技能が落ちることは、否定出来ない事実なんだけどさ。
――そう、今は、シイカがいない。
魔力の関係で、空間魔法で送るのは一人しか無理だと魔女先生に言われたからだ。
アイツ自身はかなりごねたし、わかりやすく不機嫌そうにむすっとしていたが……こちらは、本当に危険があるかはわからない。
対してあの場には、魔物という脅威がまだ残っていた。
である以上、華焔がなければまともに戦えない俺がこちらに来て、彼女が向こうに残る、というのは妥当な判断、のはずだ。
最後の、「……見てないところで、死なないで。私が行くまで、ちゃんと生きて」という言葉は、今も耳に残っている。
……シイカにも、あと魔女先生にも、感謝しないとな。
あの人は、俺の何の根拠もない「もしかすると宝物庫が危ないかもしれない」という案に乗って、こうして送ってくれたのだから。
「――――」
「……うるせぇ。そんなんじゃねぇ」
「――、――」
俺をからかっていた華焔だが、途中で真面目な声音になり、「ユウハ、トラップ。そことそこ、あとそこも」と伝えてくる。
……当たりか。
華焔の指示に従い、斬って、破壊する。
言われなければ気付けないような巧妙なものばかりで、素人目ながら、これをやった者達の実力が窺える。
そうして先を急いだ俺は、やがて、宝物庫へと辿り着く。
見覚えのある門だが……何か、おかしい。
俺は扉を開け、すぐに異変がわかる。
――先が、どこにも繋がっていなかった。
黒い、無の空間。
手を伸ばすと指は何も触れず、本来床がある位置に触れてみるも、やはり何も触れない。
スカスカで、一歩踏み込んだら真っ逆さまに落ちて、一生出て来れなくなりそうな、無。
「……何だ、これ」
「――――」
華焔は「昔、見たことある。空間魔法が何かしらで失敗すると、こうなる。ただ、何もない空間に見えるけど、この先には確かに目的の場所があるはず」と伝えてくる。
……ここは、ミアラちゃんによって亜空間になっていたはずだ。
それに、何か異常が起きたのか?
「――――」
次に華焔が伝えてくるのは、「十数人分の魔力の残り香があるね。その中に、微かだけど、ユウハの目的の子の魔力もあるよ」という意思。
……フィオ。
「……華焔、これ、どうにかなんねぇか?」
「――――」
すると我が刀は、「フフン、誰に聞いてるの? ただ、これが何らかの防衛機構の可能性があるから、座標を繋げて入ったら、すぐに壊すよ。つまり、すぐには出られない」と答える。
「わかった、頼む」
そして華焔は、俺の腕を操り……無の空間の一部に、刀身を突き入れる。
手応え。
何もないはずなのに、刃が何かに突き刺さる。
華焔はそのまま長方形の斬り込みを入れ、すると、まるで黒い垂れ幕を斬り裂いたかのように空間が開き、明かりが漏れ出始める。
我が刀の「入って!」という声を聞き、すぐに俺は飛び込み――まず聞こえてきたのは、戦闘音。
次に目に入ったのは、一目で満身創痍だとわかる、フィオ。
「――ッ!」
俺は、瞬時に駆け出す。
ギリギリで介入に成功し、彼女の肩を刺し貫こうとしていた剣を、キン、と弾く。
「何者――」
「うるせぇ、黙れ。殺すぞ」
自分でも驚く程固い声が出ると同時、華焔の反撃。
男は飛び退って回避し、俺もまたフィオの身体を抱えて下がり、距離を取る。
間に、空間が出来る。
そこでようやくフィオは、こちらに気付いたらしい。
「ユウ、ハ、さん? あれ、何で、ここに……今、授業中でしたよね?」
……意識が朦朧としているようだ。
ドクドクと身体から血を流し、左腕をダランとさせ、全身に斬り傷がある。制服がボロボロだ。
胴に短矢が刺さっていて、これは早めに処置をしないとマズいかもしれない。
流れ出る血で、片目は塞がれている。
だが、そんな状態にも関わらず、右手に持った短剣だけは決して離さず。
あまりに強く握り締め過ぎて白くなり、血が滴っている。
…………。
俺は、指を一本一本離してその拳をゆっくりと解いてやり、短剣を抜き取る。
「……おう、友人が体調悪いって聞いたんでな。様子を見に来てやったぞ。どうだ、調子は?」
「そう、ですか……調子は、実はちょっと、ダルい感じです。だから、少し眠っても、いいですか?」
「あぁ、そうしな。起きて腹減ったら、ゴード料理長の料理、持って来てやるからよ」
「フフ、それは、楽しみ……です……」
そして彼女は、ゆっくりと目を閉じ、寝息を立て始める。
「…………」
俺は、慎重に彼女を床に横たえ、そして男達へと向き直る。
警戒し、安易に攻撃して来ない黒尽くめ。
どうやら華焔が、自らが持つ魔力を思い切り空中に放って、威圧してくれていたようだ。
例の自爆した男のように、全員仮面を被り、個人を識別可能な情報が一切ない。
多少各々の得物が違うくらいか。
何人か倒れ、戦闘不能になっているようだが……あれは、フィオがやったのか。
たった一人で。
この数の男達を相手に。
俺には、どういう経緯で、何があって、こんなことになっているのかはわからない。
恐らくフィオが男達をここに連れて来たのだろうが、それで何故、こんな戦っていたのかは、わからない。
それでも言えることは、一つある。
――コイツらは、敵だ。
「……少年、どうやって入ってきた? いや、手段は聞くまい。今、我々は少々立て込んでいる。ここから我々を出すのならば、その小娘共々、無事に逃がしてやろう」
黒尽くめの中の一人の言葉。
だが、俺はそれを完全に無視し、華焔に声を掛ける。
「華焔、やれるな?」
「――――」
すると、「無理って言ってもやるでしょ? いいよ、存分にやろう。フフ、いいじゃん。ユウハも、呪いの魔剣の主人っぽくなってきたね」と華焔は笑う。
お前の主人っぽく、か。
何ともまあ、心強い誉め言葉であることか。