意志《1》
感想、ありがとうありがとう。
――なんで、こんなことになっちゃったのかな。
フィオは、男達を連れて学院内を歩きながら、そんなことを思っていた。
遠くから聞こえる喧騒。
銃撃の音に、爆発の音に、悲鳴。
ドン、と重い衝撃に床が揺れ、パララと天井から埃が舞い落ちる。
ここは、まさしく戦場になっていた。
そして、それを招いたのはフィオでもあるのだ。
――始まりは二年前だった。
最初はただ、国に対する不満があっただけ。
求めたのは、誠実な話し合い。
武力的にどうこうしようなどとは思っていなかったし、ましてや独立を画策しようなどとは一切考えていなかった。
両親は、アルドリッジ地方を治める者として民衆の声を聞き、彼らの代表として国と交渉に臨み――後に、反逆者として処刑された。
その時、何が起こったのかは、今でもわかっていない。
ただ、この男達の方の事情も多少は聞いているのだが、そこから考えるに、表に出ていない何かしらの政変に巻き込まれた可能性が高いと見ている。
そうして残るは、怒れる民衆と、処刑された二人の娘である自分。
誰が次のリーダーに担ぎ上げられるかは、語らずともわかろうものだろう。
後から考えてみるとわかるが、あまりにも流れが速く、そして一本道過ぎる。
恐らく、何者かが手引きしていた。
自分も、この男達も、ただ踊らされただけ、というのは一緒なのだ。
だから、実際のところ、男達の思いがわからなくはないのだ。
憎悪は、確かに自身の中にも存在しているのだから。
現実逃避気味に、これまでのことを考えていたフィオだったが……やがて、辿り着いてしまう。
本来この辺りの階層には、学院長の許可がなければ入れない結界が張られているが、フィオの持つ特異な魔法によって、それは無効化されていた。
「……ここです」
「よし、開けろ。お前達はトラップを仕掛けておけ」
リヴェルスはそう指示を出し、男達が手慣れた様子でトラップを仕掛けていく。
その光景を見て、フィオは歯が砕けんばかりに噛み締めながら、ある魔法を発動する。
――彼女だけが持っている、特異体質から来る魔法。
それは、『情報魔法』。
彼女は、見ただけで魔法の術式を丸裸にし、理解することが出来るのだ。
それは、世界でも一部の者のみに発現する、『魔眼』と呼ばれる特異な瞳に加え、羊角の一族という情報分析に長けた種族に生まれたことが組み合わさった産物であった。
フィオは魔眼を発揮し、扉を見て構造を理解し、その場で対抗魔法を組み上げる。
そして、数分もしないで、鍵穴から小さくカチリという音がする。
男達から、おぉ、という小さな歓声が漏れ、そのままフィオを連れて中へと入っていき――だが、当のフィオ自身は、怪訝さを感じていた。
――?
今の扉の開錠。
手応えが簡単過ぎる。
こういう設置型の、そして常駐させる魔法の術式には、記述にトラップや無駄な部分を含ませることが多い。
それは、解析されるのを防ぐためで、一つ間違えれば警報が鳴ったり、何かしらの防衛機構が作動したりするようになっていることが多い。
さらにこの部屋は、世界最高峰の魔法士であるミアラ=ニュクスによって管理されている場所だ。
である以上、解析にはもっと時間が掛かると、出来ればその間に誰かが自分達を見つけてくれと、そう思っていたのだが……予想に反して、扉は簡単に開いた。
まるで、掛けられていない鍵を開けた、かのような。
鍵穴にツールを突き入れたものの、特に使わず勝手に開いたかのような。
……最初から、扉は閉じられていなかった?
いや、そう言えば、道中にあった結界の強度も、嫌に弱かったような気がする。
本来ならば、ここに来るまで、もっと時間が掛かっていてもおかしくなかったと思うが……。
「ククク、流石だな。この学院に来て、さらに腕を上げたか」
「…………」
「フン、口も利きたくないか。お前はもう共犯者なのだがな。まあいい、好きにしろ。これで我らの目標は達せられる」
それから黒尽くめ達の隊長は、部下に指示を出す。
「迅速に探せ。『勝利と死の天秤』は、必ずここにある。……あぁ、それと、目標以外迂闊に触るなよ。何が仕掛けられていて、何が飛び出してくるかわからん。どれだけ貴重なものであろうが、使い方がわからん限り、それはただ危険を振り撒くだけの劇物だ」
勝利と死の天秤。
対価を差し出せば、その分だけ対象の身体能力、魔力能力を向上させるという、わかりやすい力を持つ遺物だ。
元々は、自分と彼らの出身である『ヴァイゼル公国』に存在した秘宝だが、対価――命を消費しなければならないという能力と、実際過去、英雄を作り出すために数多の犠牲者を出したことがあるため、その危険性から学院長が接収したと聞いている。
ここにあるのは、同じように世にあると危険なものばかりで、今、自身が持っている杖もそうして彼女が接収したものだと聞いた。
これは四千年前、古王国時代と呼ばれる古い時代に使われた杖で、魔法を補助する術具として非常に優秀な能力をしているが、一つ隠された機能が存在しているそうだ。
それが原因で幾つかの国が崩壊したらしく、それを解き明かすのがフィオの課題だったのだが……そこまで考えたところで、自虐的に笑う。
――課題なんて、今更気にしても意味ない、か。
ちょうどいいし、この杖ももう、ここで返してしまおうかな、などと考えながら、彼女は宝物庫内を見る。
学院長が集め続けた、世界に二つとない貴重な品々。
『そこの壺はね、手を触れると中から煙が飛び出して、魔物の形を取って、使用者の敵と戦うんだ。魔力の消費が激しいから、そこが一番の難点かな』
『この護符は、魔力を込めれば、使用者に結界を張るものでね。これは全然危険性がないから、その内必要な子がいたら、あげようかなって考えてるよ』
『この封印書とか、多分フィオちゃんなら使えるんじゃないかな? まあ、相当危ないのは確かだから、使う際は気を付けなきゃいけないし、研究題材にするのはオススメしないけど』
蘇るのは、以前にここに来た際、彼女が解説していた幾つかのアイテムの記憶。
遺物を見ながら、その時の楽しかった時間を思い出し。
「…………?」
何となく、少し引っ掛かるものを感じた彼女は、考え――そして、理解するのだ。
ミアラ=ニュクスの、真意を。
――あぁ、あぁ。
ポツリと、一粒の涙がフィオの瞳から流れ落ちる。
そうか。
あの時のあれは、自分に向かって言っていたのか。
これらを使え、と。
彼女が説明していた遺物は、今のこの状況で使うならば、ピッタリのものばかりではないか。
あの人は、わかっていたのだ。
近い内、こういうことが起こるかもしれない、と。
だから、本来ならば許可された者しか入れないはずの階層に、今日に限っては簡単に侵入することが出来たのだ。
この身がトラップを食らわないように、扉の仕掛けも事前に切ってくれていたのだ。
あの偉大なる幼き子は、いつでもこちらの身を案じ、こちらの助けになれるよう、手を伸ばし続けてくれていたのだ。
その真意の一つ一つわかっていくにつれ、胸の奥に押しとどめていたものが溢れ出し、大泣きしてしまいそうになる。
「……フゥ」
小さく息を吐き出す。
今は、泣いている場合ではない。
ドクン、ドクン、と鼓動が速くなる。
血が、脈打つ。
……今更、そう、今更だ。
今更動いて、いったい、何になるのか。
この者達に協力し、こんな場所まで来てしまった。
わざわざ言われなくてもわかっている。とっくに共犯者だ。
すでにこの身もまた、犯罪者。
自分は、なんて愚かな女なのか。
決断が遅く、いつまでもグズグズしていて、情けなくて。
右往左往するだけの、どうしようもない女。
だが……そんな自分にも、今ならば出来ることがある。
その手段を、この場所に、小さき学院長が残してくれていた。
あの方を裏切ることは――もう、したくない。
「…………」
フィオは、入ってきた宝物庫の扉を見る。
この場所は亜空間となっており、実際には一つ位相がずれているのを、魔法によって繋げている。
そして、通常空間と、ズレた亜空間の座標を重ねさせているのが、あの扉だ。
フィオには、それが見えていた。
つまりこの部屋は、あの扉を壊せば、城と切り離される。
そうなれば最後、宝物庫の位置を特定出来るのは、ここを造り上げたミアラ=ニュクスだけ。
どこをどう壊せば良いかも、すでに見えている。
……この男達だけを、中に取り残させるのは、難しいだろう。
現在扉は締められており、わざわざ一度開けて、再度閉めて後に壊す、なんて真似は悠長に過ぎる。
彼らは、元精鋭軍人なのだ。
国に裏切られ、復讐に駆られ、ここにやって来た者達。優秀なのは嫌と言う程知っている。
確実を期するなら、内部から破壊するしかない。
タイミングは……男達が目標物を見つけ、そちらに意識が向かった一瞬。
怖い。
手が震える。
足が竦む。
しかし――もう、覚悟は決まった。
「隊長、発見しました! 姿形、文献のものと完全に一致しています」
「! 良くやった」
男達の意識が、そちらに向かったのと同時、フィオはジリ、と一歩後ろに下がり――動く気配を察知したリヴェルスと目が合う。
その瞬間、フィオは逃げ出しながら魔法を練り上げ、リヴェルスが怒鳴り声をあげる。
「その小娘を捕らえろッ!」
流石の練度で、男達は一瞬で意識を切り替え、フィオを捕まえるべく動き出す。
だが、もう遅い。
「『弾丸を』!」
一節の素早い魔法詠唱。
しかし『情報魔法』が使えるフィオは、その一節に多くの効果を乗せ、術式として組み上げることが出来る。
わざと詠唱を唱えることで、無詠唱よりも構造が強化され、正確で効果の高い魔法を放つことが可能となっていた。
そうして発動したのは、透明な弾丸。
バシュン、という音と共に放たれ、刹那の後、寸分違わず目標地点に着弾。
破砕音。
同時に、ズゥン、と空間全体が、一瞬振動する。
「貴様ッ!」
「今、この部屋と外との繋がりを断ちました。座標の連続性が途絶えたので、もう中から干渉することは不可能です。――さあ、学院長様が来るまで、私とここで待ちましょうか。共犯者ですからね、一緒に牢屋に行きましょう」
そして、フィオは。
カタカタと震える手で、杖を前に構え。
懐に忍ばせていた短剣を反対の手に持ち。
心を奮い立たせるために、不敵に笑ったのだった。