蠢くもの《4》
――ユウハ達が襲撃を受けていたのと同時刻、エルランシア王立魔法学院もまた、同様に魔物の襲撃を受けていた。
「報告! 北東地点、魔物に張り付かれました! 一度は押し返したものの、数が多く! 応援を要請しています!」
届いた報告に応えるのは、兵士達の総指揮官である、ゲルギア。
「第三部隊より、一個分隊を分けて送れ。片付いたらこちらに戻って来い。『ウィスパー』は?」
「ミアラ様及び、学外授業に出たアルテリア教頭の両名ともに、未だ繋がっておりません!」
「チッ……引き続き発動し続けておけ。妨害に関しては、先生方に解析してもらい、早急に対抗魔法を組み上げてもらえ。第一に優先すべきは、ミアラ様への連絡だ」
ゲルギアは覇気のある声でそう指示を出しながら、内心ではもどかしいものを感じていた。
彼は自身のことを、一兵士であると考えている。
実際、第一線での剣働きで戦場をのし上がってきた身であり、どちらかと言えば、人を指揮するよりも指揮される方が性に合っていると、本人は思っていた。
である以上、自らもまた前線に出て、剣を振るいたいところだが……今ゲルギアが指揮所を出てしまうと、完全に指揮系統が混乱する可能性があり、その場を動けないでいた。
ここは軍隊ではなく、教育機関である。
護衛兵がいるとは言っても数は知れており、将となるともっと少ないのだ。
その分、一人一人が精強であるというのは、ゲルギアが初めてこの学院に訪れた時から感じていたことだが、それ故にスタンピードのような数で押してくる攻撃となると、対処が難しいのである。
……いや、ミアラ=ニュクス、そして彼女の右腕であるアルテリア=オズバーンのどちらかがいれば、たとえスタンピードであろうが何とでもなるだろうが、今はいない。
彼女らがいれば、自身は前線に身を投じることが出来るが、今はこうして指揮所にこもり切りにさせられている。
分断されている。
――敵に、優秀な指揮官がいるな。
三方向からの、魔物による飽和攻撃。
時間差で揺さぶり、しかも攻撃された三地点がどれも、地形の関係で他より守り難い箇所であったため、防衛を困難にしていた。
学院は歴史が長い。
多くの魔法士を輩出し、多くの人々と関わってきた以上、内部構造の大体が露見してしまっているのは仕方のないことであるが……事前に、周到な計画を練ったのだろう。
さらに、いつもは魔法によって連絡を取り合っているが、恐らくは敵の妨害工作によって、それが使えなくなっている。
何か、別の魔法によって上書きされている、という感覚があるのだ。
故に、昔ながらの実際に伝令を走らせての指示出ししか出来ず、そのせいでいつもより全体の動きが鈍い。
幾度も戦場に身を投じ、生き延びてきたゲルギアが指揮官として采配を振るっていなければ、とうに守りを破られていた可能性も存在していた。
恐らく、敵のバックは強大だ。
ミアラ=ニュクスの結界を破ることが出来るだけの何かに、この数の魔物達を集めてきた何か、そして学院の通信網を麻痺させた何か。
これだけの準備となると、関わっているのは、どこかの一組織程度ではなく――国家、だろうか。
――どこかの国が、本格的にミアラ様の排除に動き出したか?
世界は今、彼女によって平和が保たれていると言っても、過言ではない。
彼女の力によってバランスが保たれ、仲が悪い国々もまた、表向きは手を取り合っている。
である以上、それを快く思わない者はやはり一定数存在するが……この学院に手を出してくる程、というのは相当なのだ。
ここは、各国の王族が代々学びにやって来るような、言わば一種の中立の場である。
どこかの国が襲った、という話が広まれば、ここに王族を通わせている国々から、その国は確実に報復を受けることになる。
先に手を出され、その仕返し、という形ならば、五ヶ国会議の約定にも抵触しない故、ミアラ=ニュクスも関与しない。
つまり、この学院に仕掛けてきた、ということは、周辺各国と戦争しても構わない覚悟がある、ということになるのだ。
「……きな臭いものだな」
国の陰謀は、いつでも泥のような濁った臭いがするのだ。
* * *
その時、フィオ=アルドリッジは。
その集団と、顔を突き合わせていた。
「……随分、話が違うじゃないですか。あまりにも、早過ぎます」
苦り切った、様々な感情を感じさせる少女の言葉に答えるのは、その男――黒尽くめ達の指揮官である、リヴェルス。
「世は常に流れ続ける。そして、動くべき時が来たら、我々は動く。わかりきっていたことだろう。――手紙は読んだな? すぐに我々を案内しろ」
彼らは、着込んでいた学院の兵士達のものと同じ鎧を脱ぎ、動きやすい元の黒尽くめの装備に戻る。
魔物達の襲撃に紛れ、兵士達の迎撃に紛れ、そして最初期の混乱に乗じることで、彼らは城内への潜入に成功していた。
「…………」
リヴェルスの言葉に、だが、フィオは押し黙る。
スッと視線を鋭くさせ、険しい顔になるリヴェルス。
「フィオ=アルドリッジ。我々は時間がない。ミアラ=ニュクスに気付かれる前に全てを終わらせなければならない。今も、仲間達が死んでいるのだ。……それとも、ここまで来て、お前は両親の死を無駄にするのか? 彼らの献身を無かったことにするのか?」
「……何が、献身ですか。私達には……他に、選択肢がなかった。選べるものは、何もなかった」
「そんなものは知らん。事実は、一つ。お前の両親の死によって、我々は動くことが出来た、という点のみ。そして今動かなければ、全てが無駄死にに終わる」
フィオは、ギッと歯を噛み締め、表情を歪ませ。
「……こっち、です」
絞り出すような声でそう言い、男達を連れて学院内を歩き始めた。