蠢くもの《2》
アルテリアは、その光景に、一瞬唖然としてしまっていた。
圧倒的な数の魔物を相手に、斬って、斬って、斬って、近付く全てを殺し尽くす、ユウハ。
彼の左右に、次々と積み重なっていく死体と、血の池。
濃密な、むせ返るような死臭。
そして、それらを前に彼の持つ剣が妖しく煌めき、殺した相手の命を吸い取っているかのような錯覚を覚える。
多少事情を知っているアルテリアは、あの突出が、彼の意思ではなく彼の持つ剣によるものだとわかっていたが……想像以上の能力である。
あの動き、分単位の時間効率で見ると、恐らく普通に大魔法を放つよりも、多く数を殺せていることだろう。
ただ、殺すこと。
それを極限まで突き詰めた動きである。
よくもまあ、ユウハもあれに付き合えるものである。
相当引き攣った顔をしているのがここからでも見えるが、しかししっかりと前に足を出し、怯まず、迫りくる魔物と戦っている。
多分、相当怖いはずだ。
確か彼は、剣術もこの学院に来てから学び始めたと言っていたが……あの剣が、彼の潜在能力を上手く引き出しているのだろうか。
ただ、ユウハだけでは魔物の数が多過ぎて、その内捌き切れなくなってしまうだろうが、その後ろを守っているのが、シイカだ。
強いのだろう、というのは元々わかっていたが、しかし彼女の何十倍も体重があるだろう魔物を、彼女の尻尾が吊り上げ、ブンと振り回して数匹を殴り飛ばしていた様子はもう、冗談そのものである。
古の森は魔素が非常に濃いため、それに伴って魔物達の強さも他の地域より二回りは上だが、しかしそれでもなお、シイカの方が、比べものにならないくらい生物としての格が上なのだ。
ユウハは――いや、彼の持つ剣は、そのシイカの動きもよく見て感じ取り、自身の立ち回りに生かしているのが後ろから見ているとよくわかる。
あの一振りと一人だけで、魔物の軍勢の勢いが弱まり、停滞した。
今、戦場は、あの剣を中心に回っている。
あの剣を持つ彼の意思にかかわらず。
――ユウハ君も、大変ね。
何だか彼の日々の苦労が窺えるようで、思わずクスリと溢す。
心に少し余裕が出来た彼女は、無詠唱で魔法を連発し、魔物を次々と屠っていきながら、同時に脳内でこの事態に関する思考を進めていく。
この、襲撃。
魔物達の理性のない様子からして、考えずともこれが、人為的なスタンピードだということがわかる。
魔法か、香か、魔道具か。
いずれにせよ、国宝級の、もしくは禁術級の、何かロクでもないアイテムが使用されたのだろうということは想像に難くない。
そもそも、ただの魔物程度ならば、ミアラ=ニュクスの結界を破ることは不可能だ。
確かにあれは、決して万能なものではない。
常設する、という点で、コストの面から全てに対処可能な結界を張り続けるのは難しく、故にその強度を平常時と緊急時で変更しており、そして彼女がいない今は、コスト度外視の最大レベルで張っていた。
何かあるかも、と事前に予想しておきながら今日の学外授業を行っていたのは、その事実があったからだ。
にもかかわらず、破られた。
何をどうしたのか、今後のために必ず調査しなければならない。
このスタンピードを起こした道具と合わせて考えてみても、敵には相当の資金力、もしくはバックが存在し、本気で何かを成し遂げようとしているのがわかる。
では、いったい何を目的としているのか?
まず、戦術的な目標は……自分だろう。
わざわざ、森に出て来ていたこちらの近くの結界を破り、魔物を嗾けてきたところに、作為の跡が見える。
ミアラ=ニュクスがいない今、学院の最高責任者は教頭である自分だ。
この身が死ねば、大なり小なり学院は混乱するだろう。
今日が敵の作戦決行日とされたのは、まず間違いなくあの人が今いないからだ。
そして……混乱させて、どうする?
あくまで自身は代理である以上、その内学院長が帰ってくれば、どれだけ学院が混乱の渦に飲まれていようと、すぐに治まる。
であれば、それまでの短い間に、何かを成すつもり、ということか?
何を作戦目標として設定している?
――羊飼いを見つけなければならない。
学院の近くに必ずいるであろう、その者を。
学院の方は、兵士達のトップであるゲルギアが残っているため、魔物の襲撃があっても何とかなるだろうが……あちらの様子も気になる。
離れた相手との交信を可能にする『ウィスパー』の魔法を、先程から放っているのだが、応答がない。
この距離ならば、学院までは効果範囲内のはずであり、こういう緊急時には即座に連絡し合うことが緊急時のマニュアルとなっているが、それが働いていない。
恐らく、妨害魔法が放たれているのだ。
目的は、ミアラ=ニュクスに連絡が行くことを防ぐためだと思われる。
何としても、彼女に今の状況を、伝えなければならない。
――けれど、何はともあれ、まずはここを切り抜けなきゃ、ね。
* * *
顔を引き攣らせながら、最前線で次々と魔物どもを屠っていく友人の姿を見て、カルヴァン=エーンゴールはこんな時でありながら、腹を抱えて笑っていた。
「ふふっ、ふくくくっ……全く、彼らはどこでも変わらないねぇ」
カルヴァンの様子を見て、たまたま近くにいたジャナル=ユエラが、問い掛ける。
「……あのイカレ野郎、いっつもあんな感じなのか?」
「大概ぶっ飛んでる面があるのは確かだけどね。ただ、あれは多分カエンちゃん――あぁ、えっと、彼の剣によるものだと思うよ」
「……アイツの持ってた、怖ぇ圧力を放ってやがる、あの気持ち悪ぃ剣か?」
「そうそう。あれ、インテリジェンス・ウェポンの、呪いの魔剣なんだって。彼がいつも持ち歩いてたのも、別にそうしたくてそうしてる訳じゃないんだってさ」
「……あぁ、それであんな、剣に向かって怒鳴ってやがったのか。事情を知らなきゃ、かなりヤベェ奴だな」
「ねー。――さあ、こんな状況だし、僕らも出来ることをしようか」
そう言ってカルヴァンが、パンと両手を合わせると、その間に魔法陣が出現する。
彼はその中に右手を突っ込み――取り出されたのは、一本の剣。
白銀の長剣。
綺麗な装飾が施され、刃には紋様が走っている。
ユウハの持つ華焔と同じく、内部に濃密な魔力が渦巻いているのがわかるような圧力を放っていた。
「ジャナル、君は確か、魔法が得意な子だったよね?」
「……あぁ、多少な」
「よし、じゃあ援護お願いね。ジオー!」
「何だ、今忙しいのだが!?」
「僕、今から兵士の人達手伝おうと思うから、君も手伝ってー!」
「……了解した!」
カルの言葉に、確かな槍捌きで敵を貫き続けていたジオは一旦下がり、カルヴァンの下へと向かう。
ジオは、カルヴァンとそれなりの付き合いがある。
故に彼がこう言い始めた時は、何かしら考えがあるのだということを、知っていた。
カルヴァンの頭の回転の速さも、見抜く目の良さも、よく知っていた。
そうして下がったジオは、そこでジャナルと目が合う。
「……君か」
「……チッ」
「おっと、君らのところが仲悪いのは知ってるけど、今緊急事態だから、子供みたいなことは言わないでね。ジャナルの『雷霆魔法』は固定砲台として優秀だし、ジオの『盾魔法』は、この状況じゃ最も有効な魔法だし」
「……テメェ、よく知ってやがんな」
「そりゃあ、同じクラスだからね。多少は、どんな子なのか知っておきたいでしょ?」
内心を見せない笑みで肩を竦めるカルに、ジャナルは得体のしれないものを見たような気分で、黙り込む。
「さ、じゃあ、正面はあの二人に任せれば大丈夫そうだし、右側面行こうか。あっちがちょっと、辛そうだ」
――ユウハの友人である三人もまた、戦いの中心に身を投じ始める。




