状況確認《1》
怪物少女――シイカに色々と聞くことで、この世界の情報を幾らか得ることが出来た。
先程のイノシシは『魔物』と呼ばれる野生生物であり、体内に魔力を持つため魔法を使用するのが可能なのだと。
先程はシイカが瞬殺したので、発動している様子を見ることもなかったが、戦いとなると普通に魔法を放ってくるそうだ。
……いや、あんな巨体で、機敏に動き回っていたところからして、すでに何か魔法を発動していたのかもしれない。
野生生物なので、敵対的な種も飼育可能な種もいる訳だが、この森にいる魔物は総じて気性が荒く、敵対的なのだとか。
そして、こちらの世界にはシイカを見てわかる通り、人間以外のヒト型生物も多数おり、それらは総称して『ヒト種』と呼ばれているらしい。
エルフとかドワーフとか、そういう人種が存在するのである。
この森は、その彼らが全く足を踏み入れて来ない領域であり、自然も豊かなので過ごしやすいのだそうだ。
仲間はいるのかと聞いてみたところ、シイカの種族は群れることが皆無であるらしく、「この森では見たことがないわ」と答えられた。
同種族自体、昔誰かに尻尾の使い方や狩りの仕方を教わったような、朧げな記憶はあるそうだが、それ以来一度も出会っていないそうだ。
どうやら、かなり早い段階で完全に独り立ちする種族であるらしい。
魔法の使い方なんかも聞いてみたのだが、「魔力があるのに、どうして使えないの?」と心底不思議そうに首を傾げられた。
彼女にとって『魔法』とは使えて当たり前の道具であり、手足と同じようなものなので、どうやらそれが使えないということ自体がよくわからないようだ。残念である。
また、こうして話していて気付いたのだが、俺は日本語ではなく、こちらの世界の言語を喋っている。
当たり前のように会話が成立していたので、途中まで気付いていなかったが、脳みそに異世界言語が勝手にインストールされているかのような感じだ。
言葉で苦労しないのは良いことだが……なかなかに不気味な現象だな。
知れたのはこれくらいだ。
半ばわかっていたことだが、この少女は本当にヒト社会から掛け離れたところで生きているため、地理とかヒト種国家のこととか、ほとんどわからないようなのだ。
もうちょっと、この世界のことを聞けたら良かったんだが、この辺りは自身で探っていくしかないな。
「ユウハは、どうして?」
言葉の少ない問い掛けだが、この短い付き合いで彼女との会話のコツを掴んでいた俺は、その疑問に答える。
「んー、正直に言うと、俺も何が何なのかわかってない。気が付いたら森の中にいて、んでシイカに食われかかってた」
「……そう、不思議ね。ユウハは、いわゆる、不思議ちゃんというものなのかしら」
「その評価は微妙に思うところがあるから、やめてほしいんだが……あと、俺的にはシイカの方が不思議ちゃんだと思うし」
つか、そういう言葉は知ってるのな。
と、俺の言葉に、小首を傾げるシイカ。
一緒に尻尾も首を傾げるような動作をする。
「? 私、不思議?」
「おう、それなりにな」
「そう。不思議なの」
ふーん、といった様子で、気のない返事をするシイカ。
……うん、お前は不思議ちゃんだ。
「それで……本当に一緒に行くのか?」
現在俺達は、森の中を進んでいる。
この方向の先に、恐らくヒト種の居住地があるのだそうだ。
それがどんなところかまでは流石にわからないそうだが、感じ取れる気配の量で、そこに多数のヒト種がいることは間違いないらしい。
どうでもいいが、当たり前のように遠距離の気配察知とか出来るんすね、あなた。
とにかく、何をどうするにしても、こんな森の中じゃあゆっくり考えることも出来ないので、早いところ人里に行きたいという思いから移動を開始した訳だが……シイカもまた、こうしてその道筋に同行していた。
「えぇ。私、もうあなたと離れたくない」
「……あー、えっと……」
「こんな優秀な生き餌、見たことないもの」
「あ、はい」
俺の価値は生き餌ね。了解。
……あれだな。
最初こそ食われそうになって焦ったし、どうなることかと思ったものだが、意外とコイツ、付き合いやすい奴なのかもしれない。
しばらく話している内に、もう肩の力が抜けてしまったというのが、正直なところだ。
コイツは、殺そうと思えば本当に簡単に俺を殺せる力を持っているようだが、しかしこちらが生きているとわかって、食うのをやめた。
弱肉強食の世界で言えば、圧倒的に弱者である俺を、である。
こうして言葉を交わしていれば、コイツがヒドく純粋であり、裏表などないこともまた、よくわかる。
である以上、無駄に警戒して、無駄に不信感を持たれるような真似は避けるべきだろう。
掴みどころはないが……悪い奴じゃないということは、信じていいはずだ。
「それに……えっと、アレね」
「アレ?」
「ひじょう、しょく、って言うんだったかしら?」
「食う気じゃねーか」
前言撤回。
コイツは油断ならねぇ。
思わず俺が距離を取ると、真顔で彼女は言葉を続ける。
「冗談よ、冗談。私、ヒト、食べないわ」
「おう、真顔で言っても、それは冗談には聞こえないってことを、シイカには教えておいてやろう」
「そうなの? じゃあ、どんな顔するの?」
「え? えっと……笑顔、とか?」
「ふーん……まあ、どうでもいいわね」
「あなたが聞いてきたんすけどね」
……本当に、掴みどころのない奴である。
俺はため息を溢し、それからまた、二人で先を進み始める。
まあ、何だかんだ言っても、正直この少女が付いて来てくれているのは、非常に助かる。
あの巨大イノシシとの遭遇からして、俺一人じゃあすでに一回死んでる可能性がある訳だし、この森は相当危険なようなので、今後も同じようなことがあるかもしれない。
というか、実はすでに二度程他の魔物と遭遇していたりする。
どちらもシイカの尻尾が瞬殺し、毎回焼いて美味しそうに平らげていた。
――話を聞くに、どうやら魔物達は、俺に釣られて姿を現したらしい。
俺の魔力が、『美味しそう』だからだ。
故にシイカが寄って来たように、魔物達もまた惹かれ、寄って来るのだという。
「今、森がおかしくなってたから、あなたといないとごはんが食べられない可能性が、高いの」
「おかしく?」
「えぇ。気配が少ないの。八日も何にもなかったのは、初めて」
……何やら異変でもあって、それが理由で飢えていたっつーことか。
それで、俺と離れると食料にありつけない可能性が高い、と。
この少女の食事量がすんげーのは見ているし、俺と一緒にいるかどうかは、彼女にとって割と切実な問題なのかもしれない。
あと、聞いたところ、尻尾の中には貯蔵庫のような亜空間が存在し、いつもはそこに食料を保存しているらしい。
シイカが、彼女の体積を明らかに超えて物を食えるのは、それが理由だ。
顔の口で食べる分は、俺達と同じくその日消費するエネルギーとなるようだが、尻尾の方は長期保存で少しずつエネルギーへと変換する分で、そちらに貯め込んでおけば数日は何も食べずとも済むそうだが、流石に八日絶食は長かったようだ。
「だから、これから、私の生き餌になって? そしたら、私が狩って、ごはんを用意するわ。えっと……これは、ぷろぽーず?」
「違うわ。交渉な、交渉。……い、いや、違くないのか? 一面ではプロポーズっぽいかもしれんが……」
ど、どうなんだ?
異世界でも、日々の食事を用意するというのは、プロポーズの内に入るのか?
「そう。何でもいいけれど、私、あなたが欲しい。どうかしら?」
「お、おう、大分字面がアレだが……あー、そう言ってもらえるとありがたいな。俺の方が提供出来るものは少ないから、それで一緒にいてくれるならすげー助かる。あぁ、こちらこそよろしく頼む」
「ん、良かった。とっても嬉しい。これから、私があなたを守るわね」
シイカは真っ直ぐにこちらを見て、ニコリと微笑む。
その透き通るような美しい笑みに、一瞬心臓がドクンと跳ね、俺はそれを誤魔化すように、顔を逸らしたのだった。
……それにしてもこれ、立場として見ると、いわゆる『ヒモ』ではなかろうか、俺。
開始四話でヒモになる主人公。