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学外授業《1》


「…………」


 フィオ=アルドリッジは、届いた封筒を手に、固まっていた。


 家からの仕送りという名目で、幾らかの金銭と、何の変哲もない道具類と共に送られてきた、ソレ。

 

 ……この学院では、貴族や王族等が多数いるという理由から、生徒宛に送られてきた荷物の検閲を行ったりはしない。

 テロ等を警戒し、荷物に魔法的及び機械的な仕掛けが施されていないか、受け取り時に一通り確認はしているそうだが、中身を(あらた)めたりはしないのだ。


 まあ、別にここじゃなくとも、そんな刑務所紛いの真似は普通しないだろうし、その分入学を許される生徒の調査はかなり厳正に行われるそうだが……一度懐に入ってしまえば、エルランシア王立魔法学院は、相当に緩いとフィオは感じていた。


 そう、緩いのだ。

 この学院は、政治的に相当高度な立場にあるはずなのに、それに比べて生徒達の自由が多過ぎるのである。


 恐らく、あの偉大なる学院長が、生徒を規則で縛ることを嫌がったのだろう。

 世俗にてどんな立場にあろうとも、ただのびのびと魔法を学べるように、という彼女の理想の下、多くの自由が許されているのだろう。


 だから、ここまで届くのだ。


 ――この封筒が。


 開かねばならない。

 だが、開きたくない。


 このまま破り捨て、ゴミ箱へ投げ入れてしまいたいが――それは、許されない。


 自身は、これを、読まねばならないのだ。


 ふと、彼女の瞳から涙が流れ落ちる。


 思い出すのは、短いながらも濃密な、学院での日々。


 広く美しい城に、見たことのない数多のもの。

 非常に美味しい食事に、優秀な同級生。

  

 小さくも偉大な、心優しき学院長。

 色々とぶっ飛んでいる、だが共にいると面白くて笑ってしまう、男の子と女の子の二人組。


 決して多くはないが、それでも大切な思い出。

 それらが次々と蘇ると同時、ポロポロと涙は溢れ続け、止まらない。


 胸がジンジンと痛み、張り裂けそうになる。

 指が震える。


「……お父さん、お母さん……会いたいよ……」


 少女の慟哭を聞く者は、いない。



   *   *   *



 木漏れ日。


 聞こえる音は、鳥の囀りと、木々の間を吹き抜ける風鳴りの音。


 陽の高い時間帯にもかかわらず、そうとは思えないくらいに涼しく、吸う空気が美味しいような、そんな感覚さえ存在する。


 いや、実際ここの空気は美味いのだろう。

 他の場所と比べれば、きっと、数倍増しで澄んだ空気をしているのだ。

 

 この光景を見る限りでは、さぞ心地の良い環境に思えることだろう。


 ――ここが、『古の森』であるという事実を除けば、だが。


「ちょっと、久しぶりな感じね」


 そう溢すシイカ。


「感慨深いか?」


「ん……なんかちょっと、ふしぎな感じ。ここにいたのは、そんなに前じゃないのに、随分前のことみたい」


 言葉通りどことなく不思議そうな顔で、辺りを見渡しながらそう言う。

 コイツも多少は、ヒト社会に馴染んできたのかもしれないな。


 が、そんなのほほんとしたコイツに対し、周囲を見ると、他の生徒達は大部分が緊張した様子を見せていた。


 魔女先生から「変に迷子になったら、死ぬわよ」と脅されているので、まあ当然っちゃ当然だろう。

 事前にこの授業のことを知らされた時、教室の空気も一瞬固まったしな。


 あと、単純に森に慣れていないようで、半分くらいは歩き辛そうにしているが、逆に半分くらいはホームグラウンドといった感じでスイスイ進んでおり、これは種族差だろうか。


 いや、単純に育った環境の差か?


「美味しそうな魔物がいたら、狩って、ゴードに料理してもらうわ。それで、フィオにあげるの」


「おう、良い案だ。そこに一つ問題があるとすれば、魔物が出て来てもらっちゃ困るって点なんだが」


 どうもアイツ、体調不良らしく、ここのところ授業に出ていなかったようなのだ。

 

 知らん仲でもない訳だし、学院に戻ったら、ちょっと部屋を訪れてみるか。

 シイカもこうして、気にしてるみたいだしな。


 ――こうして『古の森』に出て来ているのは、今日が学外授業の日だからだ。


 ふた月に一度は行われるもので、四年生になるまで毎年行われるものであるらしい。


 この授業は、古の森の環境の良さ(・・・・・)、が理由で行われているそうだ。


 古の森は、魔素が非常に濃い(・・・・・)のだそうだ。


 生物が体内に有する魔力以前の、空気や水などに含まれている魔力の素、魔素。


 それが、ここでは他の地域と比べものにならない程に濃く、故に魔法の扱いが他の場所よりも簡単になり、訓練の場として最適なのだとか。


 この学院が、古の森の境界付近に存在しているのも、それが理由であるらしい。

 他の場所よりも魔力が回復しやすく、実験結果が安定しやすく、勉学の場としては他の場所の追随を許さない非常に理想的な環境なのだそうだ。


 それは、古の森の奥に行けば行く程顕著となり、だからこうして時折、学院よりもさらに奥へと行って魔法の訓練をする訳だ。

 まあ、それはつまり危険度も倍増するということなので、行くのは古の森でも浅層までだそうだが。


 シイカが以前に言っていた、森が過ごしやすいというのには、こういう意味もあったのかもしれない。

 

 つまり、高地トレーニングみたいなものだろうと個人的には思っている。


 あと、この学院はボンボンが多く、森に入ったことなんて皆無な者が多いので、この機会に簡単なサバイバルの訓練でもしようという意図があるようだ。


 言ってしまえば、環境を変えての、一種のレクリエーションのようなものなのかもな。


 ――と、シイカとそんな話をしていると。


「……ね、ユウハ。ちょっとおかしくない?」


 隣を歩いていたカルが、こそっと、耳打ちをしてくる。


「……おかしい、って何がだ?」


「周囲の兵士、見てみなよ」


 俺は、この学外授業に付いてきている護衛兵士達をチラリと見やる。


 ……そう言われて見ると、確かに少々雰囲気が、物々しいかもしれない。


 彼らの表情から感じられるのは……緊張、だろうか?


「なんか、緊張してる感じがあるな」


「ね。少し、物騒な感じだ。しかも、兵の数が思いの外多い」


「……けどここ、古の森だし、相当危険な場所って話だから、警戒するのは当たり前じゃないのか?」


 聞く限りでは、世界に存在する秘境の一つが、ここだそうだからな。


「別に、そんな危険でもないわ」


「それはお前のみの基準だ」


 シイカさん、今ちょっと真面目な話をしてるから、黙ってなさい。


「でも、毎年の、しかもふた月に一度は行われてる行事だよ? それに古の森と言っても、入るのは学院の結界の内側の範囲だ」


 エルランシア王立魔法学院には、『探知結界』、『守護結界』の二つが敷かれているらしい。


 ミアラちゃんが全力で張ったものらしく、たとえ、数十人の魔法士が数時間以上術式を構築し続けることで発動可能になるという、『戦略級魔法』なるヤバい魔法を撃ち込まれても無傷でいることが可能であるらしい。


 イメージとしては、核ぶっ込まれても平気、といった感じだろうか?


 俺たちが学院に近付いた際、すぐに気付かれたのも、恐らくこの探知結界の方が理由なのだろう。


 ……けど俺ら、探知結界はともかく、恐らく守護結界の外から内側に入ったはずだよな?


 特に阻まれず入れたはずだが――いや、そう言えば森を歩いていたある時、シイカの尻尾が何でもないところを切り裂くような動作をしていた、気がする。


 ……もしかしてコイツ、普通に結界破って俺を中に連れて行ったのか?


 意外と柔かったのか、それともシイカが特別なのか……ミアラちゃんが張った結界である以上、後者、なんだろうなぁ。


 今更ながらに、初対面であれだけ魔女先生に警戒されていた理由が、わかった気がするわ。


「ほら、見てみなよ、あそこの彼とか。常に魔導銃のトリガーに指が寄ってて、しきりに周囲へ視線を送ってる。あの様子と、武装が魔導銃であることから見て、多分まだ兵士になって短いんだろうね」


 この世界にはやはり銃も存在していたようで、形状や仕組みは前世のものと全然違うようだが、同じだけの殺傷能力は有しているようだ。


 ただ、魔法という遠距離攻撃手段が存在している以上、魔導銃で戦うよりも、剣と魔法で戦う方が強い、というのが常識であるそうで、武器としてそこまで優位性を確保出来ている訳ではないのだそうだ。


 銃の最大メリットは、引き金を引けば弾が飛び出し、子供でも対象を殺せるという簡単さにあると聞く。


 極まれば生身で国すら落とせるようになるこの世界では、量より質という意識があるこの世界では、一定の実力までしか発揮出来ない銃は、そこまで実状に即していないのだろう。


 まあそれでも一定の実力までは発揮出来る訳なので、普通に使われてはいるようだがな。


「……つまり、もしかすると何か起こるかも、って彼らが思ってるってことか?」


「うん、アルテリア先生から、何か言われてるんじゃないか? 定例行事であるこの学外授業が行われた以上、そこまで具体的な確信がある訳じゃないんだろう。でも、警戒すべき何かがあるって、彼らは思ってる。……ちょっと、気を付けておいた方が良いかもね」


 カルの言葉に、俺は自身の表情が少し険しくなるのを感じる。


「……そういやカル、今学院長がいないって知ってるか?」


「え、そうなの? ……そうか、そう言えばそろそろ、五ヶ国会議があるはずだったね」


「おう、それだ。何かあるかもしれない、にプラスして、頼りになるあの人がいない。何となく、あの緊張の理由が見えてこないか?」


「…………」


 そう話していた時、魔女先生の声が聞こえてくる。


「――さ、着いたわ。授業はここでやるから、少し休憩しましょう」


 辿り着いたのは、森の一部が切り開かれ、運動場となっている場所。

 簡易的な小屋等も置かれている。


「……ま、あくまで疑惑だからね! とりあえず、目の前の授業を頑張ろうか。ユウハ、君、このままだと魔法授業、軒並み赤点でしょ?」


「……言うな」


 これでも頑張ってるんだ。

 作者は実は、銃が超好きです。ロマンだし。

 ファンタジー世界と合わないから、どうしても武器として脇役になっちゃうんだけどね。

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― 新着の感想 ―
[一言] ソドワだと銃が結構猛威奮っとるがなwww 冒頭が埋伏の毒っぽいんですが。
[良い点] 銃、格好いいですもんね。二丁拳銃とかロマンの塊。 ファンタジーだとあまり活躍しないのが残念なところですが。 弾丸に術式を組み込んで、命中した対象に魔術的作用を与える、とかなら使えそうですけ…
[一言] なんだと… よく刀とか剣が出てくること多かったので銃より剣派だと思ってました。
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