五ヶ国会議
――ガイア大陸には、数十の国々が存在しているが、その中で突出した力を持つ、五つの大国が存在している。
一つ目が、人間の国、『エルランシア王国』。
二つ目が、これもまた人間の国で、『ユエン帝国』
この二つの人間国家は、同種族であるが、仲が悪い。
領土紛争、宗教対立、文化対立、種の主導権争い等々、現在においても様々な面で衝突し続けており、五ヶ国会議が生まれる前までは、常に戦争状態にあったような仲の悪さをしていた。
三つめが、エルフの国、『エルフィン法国』
他国よりも二回りは国土が小さく、人口も少ないものの、圧倒的な魔法技術によって影響力を有している、魔法大国である。
過去の戦争においては、敵対国に一切の国土を踏ませたことがないという鉄壁の守りを誇り、全てを返り討ちにしている。
それだけの魔法技術を有する以上、その気になれば簡単に領土侵略に動けるだけの戦力があるが、ただ過去から現在まで一貫して、自分達の領土を守る以外には一切の興味を示さず、貿易等も最小限であり、かなり鎖国的な国となっている。
四つ目が、獣人族及びドワーフ族によって成り立つ、『ドルディア連合国』。
この獣人族とドワーフ族は、軍事力、影響力において他種族に比べ一歩劣ってしまっている。
故に、対等に他国と渡り合うためこの二種族で手を組み、『国家連合』を形成したことで、現在の大国としての地位を手に入れていた。
獣人族は獣の特色を有するため、血の気が多く、戦が多い。
ドワーフ族は鍛冶を生業とし、武器生産技術に長けている。
これらの種族特性が上手くかみ合ったのか、長年の友好関係にあり、ついには国家連合となるまでに至っていた。
そして最後が、魔族により形成されるガイア大陸最大国家、『アーギア魔帝国』である。
数多存在する魔族達を、『魔帝』と呼ばれる皇帝の下、力によって征服し、領土を広げ続け、ヒト種国家において最大版図を誇るまでに至った。
他の四つの大国と戦争をしても、拮抗が可能なだけの圧倒的な国力を有しているが、なまじ国が大き過ぎるが故に簡単に動くことが出来ず、そして常に内部分裂の問題を抱えているため、もっぱら国内の引き締めに意識が向いている。
大陸最大の力を有しながら、決して一枚岩とは言えない国家であった。
この五か国は、一応表向きには相互に『不可侵条約』を結んでおり、友好国とされているものの、内実は『敵国』一歩手前であり、確実に互いを『仮想敵国』として想定している間柄である。
多少関係性の良い国同士の組み合わせも存在しているが、それも時流によって変化するような、あくまで国益に基づいた関係性である。
国の立ち位置が変われば、それは、簡単に崩れるものなのだ。
そんな、今にも破綻してしまいそうな条約は、だが、百三十年前に前身となる『三ヶ国会議』が発足されてから、一度も破られていない。
――ミアラ=ニュクスが、調停者として存在し続けているからである。
彼女の「取り決めを破ったら、私が滅ぼしに行くからねー」という脅し文句により、この五か国のどこも条約を脅かすような行動がほぼ取れなくなったのである。
それは、一応ミアラが所属しているエルランシア王国も例外ではなく、この点において彼女は、中立の立場を貫いている。
ミアラがいなくなれば、世界は戦乱の世となると言われているが、しかし、彼女が死ぬことは、ない。
故にこの会議が破綻することもまた、ないのだ。
「――定刻になりました。ですが、ミアラ殿がいらっしゃらない様子。エルランシア殿、何かお聞きになっていらっしゃいますか?」
しわがれた、だがよく通る声で口を開いたのは、議長国を務める『イェーナ教国』の国家元首、ガライア=ルシル教皇。
八十を超える非常に高齢の人間で、優し気な風貌をした老人だが、眼光の強さだけは他の王達に引けを取ることはなく、確かな存在感を放っていた。
イェーナ教国は、教皇が国を治める宗教国家である。
国土として見れば、他の国の地方程度しかないような非常に小さい小国であり、軍事力もほとんどと言って良い程存在していない。
だが、まず宗教国家という下手に手出しが出来ない国柄に加え、群を抜いて古い国家であり、さらには『エルランシア王国』、『アーギア魔帝国』、『ドルディア連合国』の三つの国と国境を面するという地政学上の理由から政治的な中立を保ち続けることが可能で、大国にも影響を及ぼす中立国として存在していた。
国際関係における要の国として見られており、故に五ヶ国会議もまた、常にこの国で開かれているのだ。
と、ガライア教皇の言葉に、エルランシア国王である、ヤエル=エルランシアが答える。
そろそろ老齢に差し掛かろうという年齢で、王としての評価は平凡ながらも無難に国内を治めてきたという実績があり、ミアラとの関係もそれなりに長い。
彼女と何かしら交渉したい場合の窓口としても、ヤエルが選ばれることが多かった。
「いえ、聞いておりません。ただ、すぐにいらっしゃるでしょう。事前折衝の場にはおいでになさっていましたので」
「……フン、随分とのんびりしているものだな。こんなことならば、もう帰らせてもらいたいものだ」
そう口を挟むのは、魔族の国、アーギア魔帝国を治める魔帝、ハジャ=アーギア。
短く刈り上げられた、燃え上がるような赤髪に、側頭部から後ろに向かって伸びる二本の角。
およそ国家元首とは思えない、傭兵や格闘家などを名乗った方がしっくり来るであろう大男であり、常に周囲を睨め付けるような鋭い眼差しをしていた。
「おー嫌じゃ嫌じゃ、魔族のは。相変わらず堪え性がなくて困るのう。女は準備が大変なんじゃ、多少の遅れくらい見逃せんのか?」
と、煽るような口調で話すのは、エルフィン法国を治める女王、シャリア=エルフィン。
美しい金髪に、目も覚めるような美貌の持ち主で、男ならば誰もが視線を奪われるであろうエルフだったが――それらを覆すような、彼女の呼び名が、一つ。
それは、『女狐』。
非常にやり手の交渉人として、彼女は有名だった。
「ほう、他の王がいるこの状況で、女がどうと言い出すとは驚きだ。自らの立場をわかっていないと見える」
「一々立場を持ち出さねば話が出来んのか? 全く、男としての器の小ささが滲み出ておるの~」
その二人のやり取りに、ユエン帝国皇帝、ドルディア連合国国王の二人が、「始まった」と言いたげな面倒そうな顔を浮かべる。
魔帝ハジャと、女王シャリアの仲の悪さは、王達にとって既知のものであり、顔を合わせれば二人がいがみ合うのはいつものことであった。
放っておくと、会議場の壁際に控えるそれぞれの国の護衛達が、殺気立ち始めるであろうことが見えていたため、ガライア教皇が止めに入ろうとした――その時。
底抜けに明るい声が、会議室に響き渡る。
「やぁやぁ、みんな、久しぶり。ごめんね、ちょっと遅れちゃった。いやぁ、今面白い研究があって、夢中になっちゃってたよ」
まるで、空間に滲み出すようにしてその場に現れたのは、ミアラ=ニュクス。
彼女の姿を確認した瞬間、会議場の空気が一段階重く張り詰め――が、そんな空気など気にせず、話し掛ける人物が、一人。
「先生! また何か、新しい発見を?」
先程憎まれ口を叩いていたエルフの女王、シャリアである。
彼女は昔、エルランシア王立魔法学院にてミアラから教えを受けていた過去があり、故に今でも『先生』と慕っているのである。
「そうだね、まだまだ全然わからないことだらけなんだけど、とっても楽しくてねぇ。まあまあ、待っててよ。何かがわかったら、君にも教えてあげるから」
そう、会議などそっちのけで師弟の会話を交わす二人に、議長であるガライア教皇から苦言が入る。
「……ミアラ殿、シャリア殿、ご歓談はそこまでに。そしてミアラ殿、この会議はあなた様がいらっしゃらなければ始まりません。恐れ多くも、お時間は守っていただけると」
「いやいや、本当にごめんね。どうしてもやっておかないといけないことがあってさ。――ね。誰かが、何か考えてるみたいだし」
そう言って彼女は、笑みを浮かべる。
学院の生徒達に見せるものとは違う、無機質で冷たい、調停者の笑みを。
とりあえず、どこもかしこも仲が悪いんだなっていうのだけ覚えててもらえれば。