複雑な関係性
そこに立っていたのは、男子生徒。
「フー……よう、確か、同じクラスの奴だったな」
息を整え、そう声をかける。
話したことはないが、必修の授業で顔を数度見たことがあるので、同じクラスのはずだ。
人種は恐らく人間。
茶に近い黒髪の長身で、切れ長の相貌をしており、ぶっちゃけ目つきが悪い。
一言で言って『アウトロー』って感じの見た目なのだが、顔立ちが整っているせいか、カルとは別方向に王子様感がある男子生徒だ。一部の女子に人気がありそう。
恐らく俺と同じ目的なのだろう、片手に木剣を握っている。
「……チッ」
すると彼は、一瞬ハッとした様子になった後、わかりやすく舌打ちし、「……邪魔したな」と言って去って行こうとする。
「え? おい、待てよ。お前も剣を振りに来たんだろ?」
そう言うと、何故か彼は一瞬葛藤するような顔付きになった後、こちらにやって来る。
「……お前、随分変わった剣の振りをしてやがったな。我流か? まだ身体が流されて、慣れていねぇっつー感じが丸出しだったが」
全く以てその通りです。
よく見てるな。
「……華焔、どうだ? 一応流派があったりするのか?」
「――――」
こっそり問いかけると、「そんなのないけど。あ、華焔流って名乗っていいよ」と答えてくる。
名乗らないです。
「我流、に近いものかもしれんが、ぶっちゃけわからん。教えてくれてるのはいるが、特に流派はないっぽくてな。本人は実戦で磨いたっつってたが」
本人っつーか、本刀っつーか。
「へぇ……? そいつぁ、随分やり手の師匠なんだろうな。お前、その剣に振り回されっぱなしだったってぇのに、きっちり最後までやり遂げてやがった以上、型は無理やり身体に叩き込まれたんだろうよ。しかも、そんな未完成の動きにもかかわらず、ゾッとするような剣筋をしてやがった。まあ、だからチグハグに見えたんだが」
外部から見たら、そんな感じなんだろうな。
さぞ、珍妙な動きをしていたことだろう、俺。
と、自身が褒められたからか、「おっ、良いこと言うね、少年!」的な意思を俺に溢す華焔。
「……それにしても、随分と気持ちの悪ぃ気を放つ剣だな。いつも持ち歩いてるみてぇだが、自主練も真剣でやってんのか?」
そして今度は「おっ、斬り殺されたいようだね、少年!」的な意思を俺に溢す華焔。
落ち着きなさい、華焔君。
「あー……ぶっちゃけると自主練は今日が初日だ。華焔を毎日持ち歩いてるのは、ちょっと事情があってな。俺も、木剣の方が良いだろうなとは、思ってるんだが……」
「あん? だったら、真剣で訓練すんのはやめとけ。慣れてねぇ雑魚が粋がって真剣使っても、自分の身体を自分で斬るだけだぞ」
「うーん、ぐうの音も出ないな」
すると目つきの悪い彼は、肩透かしされたかのような顔になる。
「……ったく、情けねぇな。雑魚っつわれて、あっさり認めやがって。もっとキレてみろよ。じゃねぇと舐められっぱなしになるぞ」
「いや、情けないとか言われましても。俺、剣も魔法も学び始めて一か月くらいだし。それで自信満々だったらむしろヤバい奴だろ」
「……は? 大ボラ吹いてんじゃねぇ、そんなんでこの学院に入れる訳ねぇだろ」
「おう、俺もそう思う」
一瞬唖然とした顔になった後、彼は小さく笑い声を溢す。
「クッ……ククク、女の尻に隠れてる玉無しだと思ってたが、とんだ野郎だな。やっぱこの学院にいる奴ぁ、おかしなのばっかだ」
初対面にもかかわらず、その口の悪さに、俺は苦笑する。
「嫌な言い方する奴だなぁ、お前」
「悪かったな、こちとら育ちが悪ぃんだ。お上品に話してほしかったら他を当たりな」
「そうかい。残念だが、俺も知り合いが多い訳じゃないし、お前で我慢しとくよ。俺はユウハだ、よろしく」
「ケッケッ、おう、ジャナル=ユエラだ。……一つ聞くが、お前はこの国の出身か?」
「? いや、違うが」
「そいつぁ、何より。それなら、なるべくお上品に話してやるよ。『クソッタレ』じゃなくて、『おクソッタレ』って話してやる」
「おう、知ってるか、ジャナル。ゼロに何を掛けても、ゼロのままなんだぜ。お上品さがゼロの言葉をどれだけお上品にしても、やっぱりゼロなんだわ」
わざとらしく肩を竦めるジャナルに、俺は再び苦笑を溢す。
コイツ、口こそ酷いもんだが、言葉に悪感情が特にないので、まあ悪い奴じゃあないんだろうな。
――なんて、会話をしていたところで、さらに新たな男子生徒が運動場へと入ってくる。
その生徒もまた、見覚えがある。
メガネで、委員長気質のあるクラスメイト、ジオ=ルオンドだ。
「お、ジオ」
「ん、ユウハか。もう一人は……」
――その時、俺は気付く。
ジャナルは、いつの間にか苛立たしそうな、敵意のある表情を浮かべていた。
彼の発する敵意に、空気がヒリつき、重くなる。
「……チッ、エルランシアの狗の家系の男か」
その、あからさまな喧嘩腰の言葉に、普段礼儀正しいジオも表情を険しくする。
「君は、確かユエンの……」
「おう、そうだ。ユエンの狗だ。せっかくだし、芸の見せ合いでもするか? どっちが上等にお手を出来るか勝負したら、さぞ面白い見世物になることだろうよ」
「……やめたまえ。この学院では、そういう対立は持ち出さないのが礼儀だろう」
「礼儀? ハンッ、よく言うぜ! テメェんところの国のヤツ、俺の名前を聞いた瞬間、愛想の良い顔を一変させて『ユエンの猿が……』って呟きやがったぜ? まあ、その通りだ。ユエンの狗で、猿が俺だ。素敵なあだ名に感謝してぶん殴ってやったら、鼻が折れてピーピー泣いてやがったがなァ」
「っ……そうか。それは、同郷の者が失礼した」
「ケッ、テメェがどんなにお上品な思考してやがっても、テメェんところの国じゃ、どこまで行っても『ユエン』って名は敵なんだよ。その点に関しちゃァ、俺も笑顔で同意してやるぜ? テメェらんところと仲良くするなんざァ、反吐が出る」
ジャナルはあざけるような顔で吐き捨てると、そのままズカズカ歩いて運動場から去って行った。
取り残されるのは、事情が一切わからない俺と、苦い顔をしているジオ。
「あー……いったい、どういうことなんだ? お前、ジャナルと仲悪いの?」
「……僕が、という訳じゃない。ただ、彼は確か、ユエン帝国の出身なんだ。対して僕の出身は、この国エルランシア王国。しかも、代々国に仕える家系だ」
それだけを言い、ジオは小さくため息を吐く。
「……? そのユエン帝国と、この国は仲が悪いのか?」
「……知らないのかい? ここと向こうは、ただ仲が悪いんじゃない。もの凄く、仲が悪い。人間国家においては、多分一番の仲の悪さだ。どちらも、人間国家の盟主的な立ち位置があるせいで、主導権争いも酷いものでね。戦争こそしてないけど、お互いを『敵国』と見ているのは間違いないんだ」
「……なるほど。それでユエン帝国の彼は、敵地にいる気分であんなツンケンしてるのか」
国同士の関係か。
前世ならば……サムおじさんと、ウォッカの国との関係、みたいなものだろうか?
「つ、ツンケン……まあ、そういうことだろう。それに彼のファミリーネームの『ユエラ』は、王族を表すものだったはずだからね。ウチの国は、それはもう嫌いだろうさ」
……あの口の悪さで王族なのか。
「この学院、どこにでも王族がいるな」
「違いない」
クスリと笑い、険しかった表情をフッと緩めるジオ。
……それにしてはアイツ、自分のことを『狗』だっつってたよな。
王族ならば、どちらかと言えば、狗ではなくその主人側だと思うのだが……何か、事情がありそうだな。
なんか、フィオも事情がありげだったし、カルも何かしら抱えてそうだったし、この学院そんなのばっか――いや。
そこで俺は思い直す。
事情のある奴が多いというのは、確かなのかもしれない。
ミアラちゃんが、そういう奴をわざと入学させているのではないだろうか。
どこかに逃げたくとも、逃げられないような奴を。
あの人なら……それくらい、やるだろうな。
「そうそう、聞こうとは思っていたんだが、ユウハ、君の出身は?」
「森だ」
「森……? あぁ、国家に属していないどこかの部族出身ということか。なるほど、常識がちょっとアレなのと、シイカ君と一緒にいるのは、その関係か」
「ジオ、言っておくが、お前のその発言も相当アレだからな。悪かったな、常識知らずで」
俺の言葉に、ジオは声を上げて笑う。
「あははは、すまない、悪気はないんだ。わかった、そういう事情ならば、何か困ったことがあったら聞いてくれ! 僕が教えられることなら教えてあげよう」
「おう、よろしく頼むよ」
と、話がひと段落したところで、華焔が「ねー、訓練続きするよー」と俺を急かしてくる。
「よし、そんじゃあ俺、訓練に戻るから」
「あぁ。……先程の彼には悪いことをしたが、お互い頑張ろう」
そこで会話を切り上げ、俺達はそれぞれで身体を動かし始める。
ちなみにジオが手にしているのは、槍だった。
自己紹介の時カルが、ジオは近衛の家系だと言っていたのに、実は剣術の授業にはいなかった。
だから不思議には思っていたのだが、彼は槍使いだったらしい。
と、見てないで俺も頑張んなきゃな。
んで、またその内ジャナルを見かけたら、声をかけてみることにしよう。
人はこれで揃ったな。