刀を振るう
人間とは、本当に慣れる生き物だと実感している。
朝起き、食堂に行き、飯に満足し、授業に行き、魔法を学ぶ。
最後の一つで、俺の日常は極めて特殊なものになる訳だが、もうそれを当たり前のものとして受け入れている自身がいるのが驚きだ。
何か未知のものがあっても、「へぇ、こんなのもあるのか」くらいの軽い感動で済み始めているのだ。
……と言っても、ゴード料理長曰く、学院に慣れてきているはずの四年生でも驚くことが多いらしいので、こんなのはまだまだ序の口なんだろうがな。
まあそういう訳で、こんな特殊な学院にも慣れ始め、一日の授業が終了して部屋に戻り。
いつもの如く、力を取り戻すためと称して、酒でも飲むかのように俺の魔力を吸い取っていた華焔が「ぷはーっ、美味しい!」って感じの意思を漏らした後。
「……あ? 何だって?」
「――――」
そう聞き返すと、「暇だから、何か斬りたい!」と、剣としては真っ当なのかもしれないが、大分アレな意思を送ってくる華焔。
ちょっと前も「暇」と言っていたし、マジで退屈しているようだ。
あとお前、意外と口調が軽いよな。
もうなんか、共に暮らしている内に、『災厄を齎すモノ』なんて超物騒な呼び名のイメージからどんどん離れていくんだが。
最初は大分ビビっていたが、今はコイツが怖いとは全然思えない。
今の俺の認識としては、やはり『問題児二号』である。
一号は勿論、今はここにいない奴だ。
奴は先程、「お腹空いた! ゴードにねだってくる」と、食堂に突撃していった。
夕食はまだ一時間は先なのだが、待ち切れなくなってしまったらしい。
お前、あんまりあの人に迷惑掛けるなよ。
超良い人なんだからな。
「斬りたいって、お前……まあ、お前からしたら暇なのかもしれんが、しょうがないだろ。ここ、魔法学院だぞ。魔法学ぶ以外にやることなんてほとんどねぇぞ」
「――――」
すると今度は、「百数十年ぶりの外、もう暇は嫌ー」と言いたげな、不満の意思が伝わってくる。
……そうか、コイツ、そんだけあの宝物庫の中にしまわれてたのか。
そりゃあ、そういう気分にもなるかもしれない。
「――――」
「だから斬りたいって、あのなぁ。悪いがお前は、今は俺の刀だ。だから人を斬るのは無しな」
「――――」
「いや、魔物なら確かにいいかもしらんが、殺す殺さない以前に、多分先に俺が殺されるぞ。言っておくが、俺は人生において剣なんて触ったことすらなかったド素人だ。この学院に来て剣術を学び始めてはいるが、練度はお察し、だ」
華焔は、俺の言葉を聞いてちょっと考えるような素振りを見せた後、何か閃いたかのような様子で、言葉を返してくる。
「――――!」
「……教えるって、お前が?」
「――――」
意気揚々と、「数多の生物を斬り殺した、実戦に基づいた剣術を教えてしんぜよう!」と伝えてくる華焔。
お前はもうちょっと、言い方ってものを覚えた方がいいな。
……まあ、しょうがない。
俺自身、剣術の授業でいいように転がされ続けたくはないしな。
であれば、自分で修練を重ねるしかないのだ。
「わかった、お願いするよ。――え、今から?」
「――――」
俺の返答が不満だったのか、「思い立ったが吉日」と急かす華焔。
真面目か。
いや、それとも余程暇だったのか?
* * *
そうして華焔を手に場所を移し、やってきたのは、学院内部にある運動場の一つ。
ここは、好きな時に好きなように使って良いとされている場所であり、深夜を除いたほぼ全ての時間で開放されている。
ただ、全部が全部そうなっている訳ではなく、こうやって自由に使える運動場は、寮の付近にある小さめの奴だけだ。
大きく作られ、整備も機能も万全な運動場は、生徒が使わない時間に兵士達の訓練等に使われているようなので、そっちは開放されていないのである。
まあ、デカい運動場はいっちゃん外周の、城壁付近にしかないので、わざわざそこまで行くつもりもないから、全然構わないんだが。
「うし、やるか!」
「――――」
俺以外誰もいない運動場で、気合を入れる。
軽く準備体操を行い、まずは素振りから。
「フッ……フッ……」
教わったことを、一つ一つ思い出していく。
疎かにならないよう、ゆっくりと、だが確実に、足の動き、手の動き、腕の動き、胴の動きを意識する。
こういう時、一番重要なのは、考えることだと俺は思っている。
思考しないでやる自主練は、自主練になり得ない。
幸い、俺の肉体は高性能に出来ている。
しっかりとした思考が出来ていれば綺麗な形になるはずだし、不格好ならば、それは俺がなあなあにやっている証拠なので、ちゃんとやれているかどうかは、すぐにバレる。自分に。
難儀なものである。
俺の肉体は、俺に噓を吐くことを許さないのだ。
そうして、俺としては覚えたことをおさらいしているつもりだったのだが――そこで、ダメ出しが入る。
華焔から。
「――――」
「え? 違うって――うおっ!?」
ブン、と鋭く、華焔の刃が振るわれる。
まるで俺の身体が勝手に動くかのように、というか事実、勝手に動いていた。
華焔が、俺の腕を操っているのだ。
肉体の全てを操られている訳ではないのだが、腕の動きに引っ張られ、胴が動き、足が動く。
連動して、五体が動くのだ。
正しい振り、正しい身体の動かし方、確実に相手を殺すための連撃。
それらを、直接操ることで、身体に叩き込んでくる。
恐らく高度な技術なのだろう技の数々を、圧倒的初心者の俺に。
「ちょっ、待て――ぐっ」
当然俺は、付いて行くので精一杯なので、高性能なこの身体でも息絶え絶えである。
腕が千切れそうだ。
肺が空気を寄越せと叫んでいる。
常に息継ぎを意識しないと、無呼吸状態が続いて酸欠になってしまうだろう。
常に次の動きを感じ取らないと、確実に肉体を痛めるだろう。
……どうやら、俺が本当に追いつけない時は動きを緩めてくれているようだが、華焔の追い込み方が絶妙で、常にギリギリを要求され続けるのだ。
そうして華焔が俺を操っていた時間は、恐らく、二分も経っていないだろう。
その短時間で、俺は疲労困憊になっていた。
「――――」
「ハァ……ハァ……無茶言うな……」
ちょっと呆れた様子で、「これくらい出来ないと、戦場出たら、すぐ死ぬよ?」という意思を伝えてくる華焔に、そう言葉を返す。
何度も言っているが、何度も言わせてくれ。
俺は素人である。
戦場で剣を振るうような、つまり軍人と一緒にしないでくれ。
ただ……今の濃密な時間で、幾つかわかったことがあるように思う。
全ての動きには意味がある。
その意味を持たせた斬撃を放つために、五体の全てを使用して動いている。
そして俺の肉体は、華焔が要求する動きに耐え得る構造をしている。
にもかかわらず、上手く動けないのは、動きに俺の思考が追い付いていないからだ。
殺すための一撃なのか、牽制のための一撃なのか、フェイントのための一撃なのか。
それがわからないから、動きに無理が生じているのだろう。
剣使う奴って、みんなこんなところまで考えてやってんのか?
「ハァ、先が遠い……」
「――――」
思わずため息を吐く俺に、「大丈夫。無意識でも動けるように教え込むから」と自信満々の意思を伝えてくる華焔。
「……頼もしい限りだよ」
ホントにさ。
――そこからしばらく、華焔に扱かれていると。
「ハァ、ハァ……何だって……?」
「――――」
息を切らしながら問い返すと、華焔は「だからー、さっきから誰か見てる。お友達?」と聞いてくる。
そうやって指摘されたことで、ようやく俺は、運動場の出入り口に誰かが立っていることに気が付く。
あれは……。