部屋にて《2》
そうして俺は、受け取った魔法書を開き、中の魔法陣を一つずつ試し始める。
まず基本属性の、火、水、地、風。
それから、派生属性や複合属性の、氷、雷、木、光、闇などや、あと発動した俺自身もよくわからないもの。
ん、簡単な魔法が多いな。
俺もある程度、魔法の難易度の差を理解出来るようになってきたのだが、ここに書かれているのはわかりやすく初心者向けだ。
が、試したものの中には、授業で一切聞いたことがなく、よくわからないものが混じっていた。
なんか魔法が発動したのはわかったが、わかりやすい火とかと違い、特に現象としてその場に現れなかったのだ。
これが魔法陣である以上、魔力を流し込めば発動するはずなので、魔法自体は成功したと思うのだが……。
そうして一通り発動し終えたところで、俺はミアラちゃんを見る。
――ミアラちゃんは、ひどく真剣な顔で、何事かを考えこんでいた。
「ミアラちゃん?」
「……ん、ありがとう、助かったよ。いやぁ、なるほど。ちょっとずつ見えてきたかな」
「今ので、ですか?」
「うん、今君は、何個もの魔法を使ってみた訳だけど、上手く発動出来ない感じのはあった?」
「え? いや、発動自体は上手くいったと思います。なんか現象として現れなかったのが幾つかありましたけど」
「あぁ、『空間』に『時』、『召喚』の魔法陣だ。それらはそういうものだから気にしないでいいよ」
空間、時、召喚……。
「……それって、派生属性や複合属性なんですか? 大分、モノが違うような気がするんですが……」
「そうだね。それらは『単一属性』と呼ばれるものだ。他の属性と繋がりがなく、単体で完結している。――いや、正しく言うと、『無属性』とは繋がっているけど、それ以外との繋がりがない。だから、無の派生属性とする考え方もあるよ。まあ、ほとんど教わらないから、それを知っている子も少ないんだけれど」
なるほど……そういうのもあるのか。
「大分強そうな属性に聞こえますけど、教わらないんですか?」
空間魔法とか、時魔法とか、召喚魔法とか、超強そうだが。
「単一属性はね、適性が明確にあるのさ。他の魔法と違って、使える者なら使えるし、使えない者ならどれだけ修練を重ねようが使えない。かなり属人的な魔法なんだ。つまり、教えないんじゃなくて、教えられないんだ。本当に適性があるようだったら、上の学年で個人授業が入ったりするけどね」
ミアラちゃんは、言葉を続ける。
「そういう特殊なものだから、魔法陣に落とし込めたのも、その三つくらいだったんだよ。――が、君は、全ての魔法を普通に扱うことが出来た」
「えっ、け、けど、これは魔法陣で……」
「魔法陣は、魔力を流し込めば魔法が発動する。それは間違いない。でもね、効果には差が出るんだ。何故なら、属性に対する適性は、魔力自体が帯びているのだから。である以上、同じ魔法陣で魔法を発動しても、人によって効果は変わるのさ。単一属性とかまで特殊な魔法になると、たとえ魔法陣でも発動出来ない人がほとんどなんだよ」
……そう、か。
魔法陣による魔法の発動は、機械的な、本人がその仕組みを理解しておらずとも自在に使える道具、みたいなものだと思っていた。
モノを入れて、ボタンを押したら勝手に温めてくれる電子レンジみたいな、米と水を入れて、ボタンを押したら勝手に炊いてくれる炊飯器みたいな、そういうイメージだったのだが……そうじゃなかったのか。
……なんか、我ながら例えがアレだな。
とりあえず言えることは、俺は勘違いをしていたようだ。
魔法陣だからと言って、全ての魔法が使えるようになる訳ではないらしい。
「君は多分――いや、ま、何でもないよ。まだまだわからないことは多い、今後も協力をお願いするよ!」
何ごとかを言いかけ、だが途中から誤魔化すように、ニコッと笑ってそう言うミアラちゃん。
「……はい、そういう約束ですから。協力出来る限りは協力しますよ」
「ユウハ、ミアラちゃんにはお世話になってるから、しっかり役に立つのよ?」
「お前は俺の母親か」
「あはは、ありがとう、よろしく頼むよ。――そうそう、君には空間魔法の適性もあるようだから、私が向こうから帰ってきたら、使い方を教えてあげよう。色んなことが出来るようになるから、とっても便利になるよ。その子の持ち運びも、簡単に出来るようになるだろうし」
そう言ってミアラちゃんは、華焔を指差す。
「! ホントですか? 是非お願いし――えっと、空間魔法って、魔法的にはどれくらいの難易度でしょうか……?」
聞いてる感じからすると、相当難しそうなのだが。
「そうだねぇ、君、アルテリアちゃんの授業、二つ受けてるでしょ? 一年の子がみんな受ける必修の授業と、君達だけが受けてる補習の方と」
「? はい、そうですが……」
「その必修授業の方の、四倍くらいかな、難しさは」
「……お、覚えられますかね、俺」
「任せなさい、これでも私は、この学院の長、つまりは教師達の長でもあるからね! いやぁ、今後が楽しくなりそうだ。面倒な仕事がなかったら、研究室に閉じこもって君達に魔法を教えたり、研究したりで一生過ごせるのにね。……ハァ、考えたら面倒くさくなってきた」
楽しそうな顔から、憂鬱そうな顔になるミアラちゃん。
「聞いてよ、五ヶ国会議だと、こぉーんな偉そうな感じの子達がさぁ、私みたいないたいけな幼女に、延々と小難しい話をし続けるんだよ? しかも、そこにネチネチ嫌みも入るしさぁ」
確かに見た目はいたいけな幼女だけれども。
「……だいたい想像は付きますが。えっと、時間がまだあるなら、愚痴くらい聞きますけど……」
「ホント? じゃあ、いっぱい聞いてよ! 王達ってさぁ、基本的にプライドが高くて、頭も回るし強かだから、駆け引き駆け引きの、さらに駆け引きばっかりで、本当に面倒くさいんだよ! 何も考えず返事したら、なんか変な約束させられちゃった、みたいなことになりかねないから、聞き流すことも出来ないし――」
本当に色々と溜まっていたらしく、それからしばらく、ミアラちゃんの愚痴が続く。
ところどころ、多分聞いちゃいけないような、各国の王の秘密なんかが混じっていたが、そこは上手く聞き流す。
うん……マジで大変なんだろうな、ミアラちゃん。
お疲れ様です。
* * *
ユウハに好きなだけ愚痴を吐いた後。
ミアラは、少しだけ華焔を貸してもらい、二人だけになる。
「いやぁ、君も、随分素直になったじゃないか。君自身でユウハ君を望んだ訳だから、上手くいくだろうとは思ってたけど、ねぇ」
「――――」
ニヤニヤと、心底楽しそうなミアラに、華焔は嫌そうな意思を返す。
「あははは、もー、相変わらず私には冷たいなぁ、君は。ねぇ、これから私も、君のことを『カエン』って呼ぶけど、いいよね?」
「――――」
つっけんどんな、「……勝手にしなよ」という返答も一切気にせず、ニヤニヤをやめないミアラ。
「フフ、そうかい。よろしく、カエン。君はそれを、すっかり受け入れたんだね。――ね、どうかな。まだ短い期間だけど、私の言いたかったことは、ちょっとは伝わったかな」
「――――」
「ふーん? そっかぁ。じゃあ今後も、彼らと一緒にいないとね。そういう返答になるってことは、多少は自覚もあるんだろうし」
「――――」
華焔の「……次元の魔女のそういうところが、昔から嫌い」という言葉に、ミアラは大きく口を開けて笑った。