部屋にて《1》
――自室にて。
「いいか、よく聞け、華焔よ。そしてついでだから、シイカも聞け」
俺は腕を組みながら、横向きでベッドの上に置かれている華焔と、ベッドで正座しているシイカに向かって言った。
「まず華焔。暇だからって、俺の魔力を吸おうとすんな。お前のせいで俺、突然刀を手に取る危ない奴みたいになるじゃねぇか」
コイツは俺の腕を操り――というか、吸い付かせ、ちゅーるを食べる猫が如く、魔力をチュウチュウ吸うことが出来る。
授業中はやめろ、お前。
魔力吸われてると、上手く扱えなくなるんだよ。
すると、つーん、と顔を背けるような、そんな意思が伝わってくる。
前は握ってないと何を考えてるのかわからなかったが、共に過ごし始め、多少慣れたことが理由なのだろうか。
何となく、何が言いたいのかわかるようになってきたような気がするのだ。
まあ、本当に大雑把なことしかわからないので、そういう時は柄を握るか、シイカに翻訳してもらうしかないのだが。
そして今は、叱っている最中なので、握りはしない。
「シイカ、翻訳」
「だって、暇なんだもーん、って言ってるわ」
「暇なんだもーん、って」
何歳だ己は。
お前、『災厄を齎すモノ』なんて呼ばれた、超絶ヤバい呪いの魔剣なんだろうが。
すると今度は「ぶー」と言いたげな様子の、不満な感じの意思が伝わってくる。
「シイカは一日ずっと一緒にいて、好きなだけ尻尾を絡ませてるのに、自分がダメなのはずるい、って言ってるわ。ずるくないわ、だって、ユウハの魔力は私のだから!」
「それはもう否定しないでやるが、お前もお前だからな? 部屋にいる時だったら、もう諦めたから好きにすりゃいいが、外ではやめろ。今日、お前に俺、捕食されてるみたいになって、クラスの奴に心配されたばっかだろ」
「失礼。捕食する時は一口でパックリ行くわ」
「いやそういう問題じゃねぇんだよ。つか、失礼なのか、それは」
全然気にした様子のない二人……二人? 一人と一振りに、俺はため息を溢す。
……とりあえずわかってきたことだが、華焔は、少し子供っぽいところがあるようだ。
いたずらっぽい、わがままな面。
と言っても、本当に子供じみている訳ではなく、わかっていてわざとそういう態度を取っているかのような、そういう面があるのだ。
何となく、本当に何となくだが……どこか、ミアラちゃんに似た面があるように思う。
子供らしさと、大人らしさが、同時に存在しているからだろうか。
ミアラちゃんと違うところと言えば、コイツの方はもっと、小悪魔染みている、って感じがあるところだろうか。
……小悪魔染みた呪いの魔剣とは。
刀の性格がどうとか、前世だったら変態の類だな。
いや、この世界でもそうか。
「……とにかくお前ら、外ではなるべく控えるように! 部屋だったら俺も付き合ってやるからよ」
「そう。じゃあ、遠慮なく」
「――――」
パシッと俺の胴にシイカが尻尾を巻き付かせたのを見て、華焔が「あ、ずるい!」と言いたげな様子で、俺に自分の方に来いと急かす。
距離が多少あると、吸い寄せるのは無理なのである。
「わかったわかった、ほら」
柄を掴んでやると、俺から魔力をチュウチュウ吸い取り始め、同時に満足そうな意思が伝わってくる。
全く、何でこんなことになったんだか。
* * *
そんな感じで、部屋でグダグダやっていると、扉をノックする音。
「はい! 今開けます」
俺は返事をし、離れようとしないシイカと華焔をくっ付けたまま、扉を開ける。
「やぁ、ユウハ君、シイカちゃん――うん、いつもと変わらない感じで、何よりだ」
扉の向こうに立っていたのは、例の如く、幼女学院長。
「ミアラちゃん? あれ、仕事で学院を空けたんじゃ?」
「正しくは、明日の朝出発かな。私がその気になれば一日で会議場に行けるんだけど、事前折衝とか色々あって、早めに出て向こうの近くにいないといけないんだよね。……ハァ、全く、面倒くさい。壊しちゃおうかな、会議。私が本気で動いたら、今後開催されることはなくなるだろうし」
「え、えーっと……大変だとは思いますが、聞いている限りだと相当大事な会議だと思うので、壊すのは勘弁してあげるといいかなと……み、みんな、俺達みたいに、ミアラちゃんが頼りなんですよ」
「……仕方ないなぁ、生徒にそう言われちゃったのなら、頑張ろうかな! 頼れる学院長として!」
面倒そうな顔から、笑顔に戻るミアラちゃんに苦笑を溢し、俺は言葉を続ける。
「とりあえず、中にどうぞ。そこに掛けてください」
「うん、ありがとう」
トテトテと俺たちの部屋に入り、彼女は部屋の椅子にちょこんと腰掛ける。
こういう姿は、マジで幼女である。
「それで、今日はどうしたので? また、魔力の計測ですか?」
「あっと、そうそう、会議はどうでもいいんだ。その通り、ちょっと時間が出来たからね。ユウハ君、無詠唱で魔法を発動出来るようになったんでしょ?」
「まだ簡単なものだけっすけどね」
「いやいや、この短期間でそこまで学べているのは、十分すごいさ。その向上心の高さをアルテリアちゃんも褒めていたよ」
向上心というか、単純に楽しいだけなんだがな。
魔法が使える、ってなったら、誰でもそうなるだろう。
「それで、そこまで魔力の制御が出来るようになったのなら、もう一段階先の実験をやってもらおうと思ってね」
そう言って渡されたのは、一冊の本。
これは、魔法書か。
中を開くと、俺の見覚えのあるものから、見覚えのない魔法陣までが、幾つも載っていた。
「そこには、一通りの属性を使用した、簡単な魔法陣が載っている。一ページ目から順番に、試してみてほしい」
「わかりました。――おい、お前ら、離れろ。そして離させろ」
「しょうがないわね」
「――――」
渋々、といった様子で尻尾を離すシイカと、「もー、次元の魔女め……」と言いたげな感じの不満の意思を溢し、吸い付くのをやめる華焔。
今は俺が掴んでいたので、先程よりもしっかり意思が感じられる。
次元の魔女?
数多あるらしい、ミアラちゃんの通り名の一つか?
その俺達の様子を見て、ミアラちゃんが少し驚いたような表情になる。
「……やっぱり君に、その子を任せて良かったよ」
「何がです?」
「いや……何でもないよ」
ただ、何だか、嬉しそうな幼女学院長だった。
小悪魔染みた呪いの魔剣とは。