西の動乱
「お、いたいた。おーい、フィオ」
アリア先輩からミアラちゃんの授業が自習になると聞いた後、フィオを探して歩いていると、一つの教室で彼女を発見する。
「あれ、ユウハさん。こんにちは。シイカちゃんは一緒じゃないんですか?」
推定年下の同級生、フィオ=アルドリッジ。
推定なのは、俺の方が歳がわからないからである。
まあ、恐らく普通にこの子の方が年下なのだろうが。ちょっと妹っぽさあるし。
ミアラちゃんというバグってるキャラもいるが、あれは例外である。
「言っておくが、別にひと時も離れず一緒にいる訳じゃないからな?」
「そうなんですか? セットなんだと思ってました」
「セット言うな」
フィオはクスリと笑い、言葉を続ける。
「それで、どうしたんです? その様子からすると、私のことを探してくれていたようですが……」
「あぁ、ミアラちゃんが用事で学院を空けるらしくてさ。んで、二週間は自習だってよ。何でも、五ヶ国会議とかってのがあるって」
「! なるほど……」
そう言って彼女は、突然険しいような、真剣な顔になる。
「? どうした?」
「……ユウハさんは、西で起こった動乱のこと、知ってますか?」
「自慢じゃないが、俺はこの国のことすらロクに知らないし、情勢なんてものに関する知識は無だ。ほとんど知らないとかじゃない、完全なるゼロだ」
学び始めてはいる。
が、俺の情報の仕入れ元は図書館の本がほとんどなので、今の情勢なんてものは一切知らないのだ。
魔女先生に聞くこともあるが、そっちはやっぱり魔法に関することがメインだし。
「そ、そうですか。……あなた、今までどうやって暮らしてきたんですか?」
「言っただろ、森出身だって」
「……そう言えばそうでしたね」
フィオは一つ苦笑した後、言葉を続ける。
「えっとですね、ここから西の方の国――魔族が統治している『ワイゼル公国』っていう小~中規模の国があるんですけど、そこで去年、動乱があったんですよ」
「動乱……内紛でもあったのか?」
フィオは、頷く。
「はい。……少し話が変わりますが、『魔族』と呼称される人々は、一括りにそう呼ばれていますが、その中には様々な種族がいます。私のような羊角の一族だったり、ゴード料理長のような滅多に見ない種だったり。獣人族も、同じですね。種は違っても、獣の特質を持っていれば、獣人族と呼ばれます」
「そうだな、そう教えてもらった」
ヒト種は、人間、ドワーフ、エルフ、魔族、獣人族という人種に分かれている。
前者三つは単一種族だが、後者の二つは違うのだ。
内部に、多数の種が存在している。
何でも、人間、ドワーフ、エルフの三種は、遥か昔から己が種のみでコミュニティを形成し続けてきたが、同じように魔族と獣人族も、その雑多な種でコミュニティを形成し続けてきたため、それが今の分け方になっているらしい。
ちなみにだが、ヒト種における、『人種』という言葉と、『種族』という言葉の使い方は明確に分けられていて、人種はヒト種を表すが、種族はその中で何の種か、を表す言葉として使われている。
たとえば、俺の場合は『人種:人間』で終わりだが、目の前の少女の場合は、『人種:魔族、種族:羊角の一族』という風に表すことになるのだ。
単一種族ではないヒト種がいるが故の、表し方だな。
……あと、ゴード料理長の種族って、魔族の中でも希少なのか。
魔族らしい魔族と勝手に思っていたが、どうやら違ったらしい。
「五ヶ国会議に参加している一国で、魔族における最大国家『アーギア魔帝国』なんかは、戦争で国土を広げてきたので、もうすごいですよ。首都とかでは、隣の住人の種族が違うなんて、ザラにあるみたいです。――そんな種族事情なので、獣人族と魔族、特に統一性がなく雑多な魔族は、種族に関する問題を非常に多く内包しているんです」
「……わかる話だ」
前世において、ただ出身や肌の色が違うというだけで、バカみたいな事件が多数あったものだ。
単一種族である人間ですらそうなのである。
魔族という大枠は同じでも、種族が違うなんて差異があれば、その問題がさらに大きくなるというのは、理解出来る。
「今回、そのワイゼル公国の中で、一部の地方が独立を宣言。当然、政府はそんなの許せる訳がないので、軍を投入。あとは……推して知るべし、ですね。粛清が終わっても、市民感情の悪化等で未だグダグダ。その余波で政治もグダグダ。独立に関しては阻止出来ましたが、全然何も解決していないんです」
……なるほど。
独立がどうの、ってところまで話が進んだ以上、元々そこには、何か大きな問題があった訳だ。
今フィオが言った通りの、種族が違うという問題やら、何やら。
そして、軍を投入しての粛清、鎮圧、というのは、つまるところ対症療法である。
クサいものに蓋で、上から無理やり押さえ付けただけの形だ。
それで全てが解決するのならば、政治なんてものは必要なくなるのである。
「ミアラちゃんが出るのも、その関係と?」
「そろそろ時期だから、というのもあると思いますけど、このタイミングで五ヶ国会議が開催されるのなら、十中八九そうでしょうね。後始末に関しての協議が、中心になるんじゃないでしょうか」
「……けど、そのワイゼル公国っていうのは、そんな大きくないんだろ? 小~中規模、ってさっき言ってたし、こう言っちゃアレだが、他の大国が気にするような事態なのか?」
するとフィオは、言ってほしいことを言ってくれた、といった様子の顔で、コクリと頷く。
「実は、そうなんですよ。私達は、まとまりがないんです。それぞれの種に、それぞれの事情がある。それを無理やり、『魔族』という形で整えているだけで。だから、早いところ問題を片付けなければならなかったにもかかわらず、一年以上経った今でも、ワイゼル公国にて解決が図られていない。魔族が荒れれば、他人種も荒れる。これは、十分五ヶ国会議で議論されるべき問題なんです」
……独立等の流れが、魔族の中でもっと起こる可能性がある、ってことか。
民主化運動ではないが、アラブの春みたいな話だな。
「はぁ、なるほどなぁ……フィオはよく知ってんな」
「いえ、残念ながら一般常識の範囲です。最新の事柄でもないですし」
「常識は鋭意勉強中だ。実装されるのを待っててくれ」
「何ですか、それ」
肩を竦める俺に、フィオはフフ、と笑う。
「ま、そういう訳だ。自習だけど、ミアラちゃんの研究室に来たらアリア先輩が勉強見てくれるってさ。ありがたい限りだな」
「! そうなんですか、それは嬉しいですね。あの方、生徒会長だけあって、すごい魔法技能と知識ですから。――わかりました、わざわざ知らせてくれて、ありがとうございました」
「おう、またな」
そう言って俺は、フィオと別れた。
――ユウハの姿が、見えなくなった後。
誰もいないそこで、ただ一人、ポツリと。
フィオ=アルドリッジは、呟く。
「ユウハさん。さっきは言わなかったんですが……ワイゼル公国の中で、独立を画策した地方はですね。実は、アルドリッジ地方って言うんですよ」
ヒト種:全ての人型生物をひっくるめた名称
人種:ヒト種の中で、どの種か
種族:主に魔族と獣人族の中で、どの種か
こういう使い分けをしているつもりなんですが……間違ってる箇所があったら教えてくれるとマジで助かります。
ややこしくてすまん!