食堂にて
感想、ありがとうありがとう。
――いつもの食堂にて。
「ドウダ、学院ハ、慣レタカ?」
そう問いかけてくるのは、いかつい見た目の魔族である、ゴード料理長。
「この美味しさは、慣れないわ! いつも最高だもの」
「おう、そういうことが聞きたい訳じゃないだろうが、その点に関しちゃ俺も同感だな。――ボチボチっすかね。慣れてきたと言えば慣れてきたし、けど『何じゃこりゃ!』っていうのもまだまだありますし」
剣術の授業とか。
結局あの後、カルに転がされ続け、面白がったシイカに弄ばれ続け、授業が終わった時にはクタクタである。
大変だったわ……。
「そうね。『何じゃこりゃ!』っていう美味しい料理も、いっぱいあるわね」
「俺はお前に『何じゃコイツは!』って言いたくなることが多いがな」
「つまり、私はドキドキとワクワクの女と言いたいのね」
「うん、まあ、そうだ。お前はドキドキの女だ」
ドキドキハラハラの女だ。残念ながらワクワクではない。
いや、残念なのかは知らんが。
そんな俺達のやり取りを見て、愉快そうに笑うゴード料理長。
「カカカ、ソウカ。マア、一年ハ、ソンナモノダ。……イヤ、知リ合イノ四年モ、驚カサレテバカリト言ッテイタナ。訂正シヨウ、コノ学院ニイル間ハ、ズットソウダ」
「ずっとなんすか……」
とんでも学院だとは常々思っていたが、もうちょっと魔法に精通した人でも、ここはやっぱりとんでも学院であるらしい。
ゴード料理長は、やはり愉快そうに笑った後、言葉を続ける。
「オ前達ハ、学院長様ノ授業ヲ受ケテイルダロウ? ソレハ、一流トナルタメノ近道ダ。コノトンデモ学院デ、励メ」
「ゴードが美味しい料理を今後も作ってくれるなら、私は一生頑張れるわ」
「……それについても、まあ、同感だな」
ゴード料理長の作る料理は、もうそれだけで大きなモチベーションになる。
シイカじゃないが、この人の料理を毎日食えるなら、それだけで頑張ろうって気になるというものだ。
「カカカ、ソレダケ気ニ入ッテクレタノナラ、光栄ダ。……ヨシ、今カラ菓子デモ作ッテヤロウカ」
「マジっすか!」
「うおー」
思わずガッツポーズする俺と、両手と尻尾を万歳させるシイカだった。
* * *
――そうして、食堂にてゴード料理長から菓子を食わせてもらいながら、彼と雑談していると、俺達のところに一人の女子生徒がやって来る。
「あ、いたいた、ユウハ君、シイカちゃん」
声を掛けてきたのは、アリア先輩だった。
「ん、先輩、こんちは」
「こんにちは」
「はい、こんにちは。フィオちゃんは……いないか」
「? フィオもってなると……もしかして、授業関係ですか?」
アイツとはクラスが違うため、顔を合わせるのは、ミアラちゃんの授業だけだ。
あ、いや、部屋が近いってわかってからは、会ったら一緒に食堂に行くくらいはしてるな。
俺の言葉に、アリア先輩は頷く。
「察しが良いわね。えぇ、実は、学院長様が用事があるみたいで学院を空けるらしいの。だから、授業は二週間自習ね」
「あぁ……そうなんですか。やっぱりミアラちゃんって、忙しいんですか?」
「そうねぇ、年に一度はこういうことがあるわね。今年は、どうやら『五ヶ国会議』があるらしいから、その関係だと思うわ」
「五ヶ国会議?」
そう問い掛けると、彼女はその説明をしてくれる。
どうやら、この大陸には力を持った大国が、五つ存在しているらしい。
そして、そのパワーバランスを整えるために、数年に一度会合を持って話し合うのだそうだ。
要するに、前世の国連みたいなものだろう。
「……え、そこにミアラちゃん、呼ばれてるんすか?」
「前にも言ったでしょう? あの方は世俗の利権は全く有していないけれど、それでも各国が放置出来ないような、一角の権力者なのよ。『圧倒的な魔法能力』という、ただその一点だけでね」
ちょっといたずらっぽい笑みを浮かべながら、生徒会長はそう言った。
……大国の統治者達と、同列の扱いか。
改めて、とんでもない人に教えてもらってんだな、俺ら。
「……わかりました、そんじゃあ、フィオには俺らで伝えておきます」
「そーお? それじゃあ、お願いしちゃおっかな! ……それにしてもあなた達、美味しそうなもの、食べてるわね?」
「む……! ライバル。これは、あげられないわ」
「アホ、お前いっぱい食ったろうが」
お前が食べるからと思って、俺、そんなに手ぇ出さなかったんだからな。
ちなみに、ゴード料理長が作ってくれたのは、カステラ、に見えるこちらの世界の菓子だ。
これがマジで美味い。
溶けるように甘く、かといって甘過ぎるということもなく、ホロホロでサクサクの舌触りだ。
するとシイカは、納得出来ないような、ちょっと不満そうな顔になる。
「……ユウハはずるいわ。こんな美味しいものに、未練を持たないんだもの」
「未練て」
……いや、そうなのかもしれない。
俺は、現代日本の生まれだ。
色んなものがあり、色んな菓子があり、たとえ珍しい美味いものがあっても、ただ「お、美味い!」で済む。
対して、シイカは違う。
今までずっと森で過ごし続け、食事と言えば焼いた肉だけ。
俺とでは、ゴード料理長の作るガチで美味い料理に対する、感動が違うというのは、否めない。
彼女が、俺に対してずるいと言いたくなるのは……正しい感覚なのかもしれない。
……そう言えば、以前フィオの奴も、朝食で泣いてたっけか。
「……まあでも、こんだけ美味しいものなら、色んな人に食べてほしくないか?」
「むっ……むむぅ……そうね。ゴードの料理は、色んな人に食べてほしいわ」
「だろ? だったらその、最後の一切れくらい、先輩にあげようぜ。先輩はまだ一つも食ってないんだからよ」
「……確かに、私はもう、いっぱいこのお菓子を食べたものね。……仕方ないわ。惜しいけれど、アリアなら、良いわ」
ギギギ、という擬音が聞こえてきそうな動作で、菓子を刺した楊枝をアリア先輩に向けるシイカ。
「……あー、その、ごめんなさい。別に、どうしても食べたい訳でもないの。ちょっと冗談気味に言っただけで……だから、シイカちゃんが食べて良いわ」
「……いい。もう、決めたから」
「え、えぇ……そ、そんな顔されて渡されても、とても食べ辛いんだけれど……」
と、そこで、呆れるようなため息を漏らすゴード料理長。
「……仕方ナイ、モウ少シダケ作ッテヤル。アマリ贔屓ハ、良クナイノダガ……オ前達、内緒ニシテオケヨ」
「! ほんと、ゴード? それじゃあ、アリアの分も出来たから、これはいただくわね!」
そう言ってシイカは、差し出していた一切れを本当に嬉しそうに食べる。
そんな彼女に、俺は苦笑を溢す。
「美味いか?」
「とてもとても、最高だわ!」
満足そうな、花のような笑顔を浮かべるシイカ。
お前が幸せそうで良かったよ、ホントに。




