同級生の男の子
七不思議……確かにあるだろうな。
――フィオ=アルドリッジの『羊角の一族』は、魔族の中でも、特に情報分析に長けた種族である。
種全体で知識の探求に精を出しており、多数の学者を輩出し、己が欲するがままに研究を行っている。
恐らく、他の種族よりも知的欲求が強いのだろうと、自分達のことを自分達で分析している。
何故そうなったのかはわからないが、もう何百年も前からずっと、羊角の一族は、知識を探求し続けているのだ。
そして、フィオもまたその種族特性を有し、加えて彼女だけが使える特殊な魔法もあることで、その情報分析能力は、この学院においても随一の実力を誇っている。
学院長ミアラ=ニュクスの推薦により、この学院へと入学したフィオであったが、たとえそれがなくとも、入学出来るだけの実力が彼女には存在していた。
その、世人にない分析能力を発揮し、フィオは、思った。
――変な人。
隣を歩く少年を、こっそり盗み見る。
恐らく年上であろう、同級生の人間の男の子。
人種が違う以上、あまり年齢を気にすることはないのがこの世界であるが、まあそれでも、自身よりは彼の方が年上だろうなとは感じるので、そのように見ている。
珍しい、混じりけのない純粋な黒髪と黒目。
顔立ちにも異邦人らしさがあり、ただ変わったところと言えばそれくらいで、背丈は男性の平均程、体格も普通で、瘦せている訳でもなければ太っている訳でもない。
何というか、この学院ではむしろ珍しいまでの、普通な感じの男の子だ。
だからなのだろうか。
これだけ、普通に話すことが出来るのは。
――フィオには特殊な事情が存在し、それが理由でこの学院へと来ることになった。
あの小さな学院長は、「いやいや、私は選択肢を用意しただけ。選んだのは君自身さ」と否定するだろうし、実際そのように言われたのだが……彼女によって、この身は救われた。
雁字搦めの状態から、抜け出させてくれたのだ。
だが……全てが解決した訳ではない。
今はただ、この学院を盾にし、問題を先送りにしているだけ。
どうにかしなければならない、だがどうにも出来ない問題は、未だに存在している。
それに、目を背けているだけなのだ。
それが理由という訳でもないが、はっきり言って、まだ友人は少ない。
恐らく、余裕の無さが出てしまっているのだろう。
普通じゃない出自の同級生ばかりがいるここでは、どうしても会話に気を配らなければならない部分があり、話す内容に慎重になっている自分がいるのがわかる。
知られたくない事情と、言いたくない事情が、この身にはあまりにも多過ぎるのだ。
そうして、何でもかんでも気を張っているせいで、クラスメイトとも上辺だけの関係を構築するに留まっており――だが、この少年と話す時には、その焦りが自身の中にないのを感じている。
恐らく、彼があまりにも普通だから、なのだろう。
普通だから、こちらもまたそう気を張らずに済み、話すことが出来ている。
それに、彼はこちらが踏み込んでほしくないラインには決して触れて来ず、言外の意図を察してくれるような一面もあるのだ。
……まあ、ちょっと察しが良過ぎる気もするが。
「それにしても、これだけのデカさと古さなら、七不思議どころか百不思議くらいあってもおかしくなさそうだな」
「? 不思議が何ですって?」
「え? あぁ、えっと……まあつまり、怖い話だ」
「……怖い話ですか」
「おう。この学院なら、曰く付きの話、いっぱいありそうだろ?」
「……やめてください。別に他意はないですが、やめてください」
「すまんすまん。実際雰囲気あるもんだから、思わずそう思ってよ」
口では謝りつつ、面白そうにニヤリとする少年。
現在通っているのは、外の通路である。
昼間と違い、シンと静まり返った学院。
静寂を破るは、虫の音だけ。
城から漏れ出る明かりが、明と暗をはっきりさせ、まるでヒトの社会とそれ以外とを隔てているように見える。
陽が沈んだ、夜の世界だ。
……この美しく荘厳な城も相まって、確かに雰囲気は抜群である。
辺りを見渡してそう思ったこちらに、彼は嫌らしい笑みのまま言う。
「な? 良い雰囲気だろ?」
「……確かにそうですが、ユウハさん、あなたはアンデッド系の魔物を甘く見過ぎです! ダメですよ、物質系でも非物質系でも、彼らは恐ろしい存在なんですから! 我々とは生存法則が違っていて、相当に厄介なんです。あなたはそのことを理解していないから、そんな呑気でいられるんですよ」
と、こちらが多少警戒、そう警戒の素振りを見せていても、何らおかしくないのだと力説していると、隣の彼はニヤニヤ笑いを引っ込め、ポツリと呟く。
「……そうか、魔物としてアンデッドが実際にいるのか」
「? はい、私もまだ見たことはないですが、何かしら強い未練を持っていたか、もしくはちゃんと埋葬されなかった場合、生物がアンデッド系の魔物となることがありますよ。すでに命がない分しぶとく、しかも都市内に沸くこともあるので、アンデッド対策は各国の重要な課題となっていますね」
「……なるほど、恐ろしいな」
何故かわからないが、急に実感したような声を漏らすユウハに、フィオはここぞとばかりに言葉を連ねる。
「そうです、恐ろしいんです! である以上、私がこうして警戒するのも、おかしなことじゃないんです」
「警戒ね?」
「警戒です」
警戒なのだ。
彼は苦笑を溢すも、そこには突っ込まず、言葉を続ける。
「けどまあ、ここ、結界が張られてて、そういう敵意のある魔物は入って来られないんだろ?」
「甘いですよ、この学院は歴史が長いんですから。である以上、内部でゴーストが生まれていてもおかしくないじゃないですか。例えばほら、あの古めかしい建造物の窓から、何かがこちらを見ていたりだとか、あそこの水路の向こうに何か黒い影が蠢いていたりとか……うぅ」
「おう、自分で言ってて自分で怖がってちゃ、世話ないぞ」
「……うるさいです」
変な想像するんじゃなかった。
思わず、一歩だけ彼との距離を詰め、ちょんと彼の服の裾を掴む。
きっと彼は気付いているのだろうが、そういう素振りは見せず、ただこちらが歩きやすいように少し歩幅を緩める。
「……ユウハさん」
「何だ、フィオ」
「……何でもないです」
「おう、そうか」
……ホントに、もう。
コイツも……たらしの系譜か……?




