夜の一幕
夜。
「フゥ……面白かった」
俺は、読んでいた本をパタンと閉じる。
これは、学院の図書館にて借りてきた本だ。
俺は結構頻繁に、図書館を利用している。
こちらの世界の情報をほぼ知らず、そして魔法に関する知識もない俺にとって、図書館の本は情報収集にうってつけだからだ。
俺自身、活字が苦手なタイプではなく、前世でもラノベ含め本はそれなりに読んでいたので、普通に楽しんでいる。
部屋にいる時、単純に暇だしな。
やれることと言えば、魔法の訓練か、勉強か、寝るか、シイカと華焔に延々魔力を吸われるかくらいなので、娯楽としてあるのが読書くらいなのである。
こちらの世界にも将棋のようなボードゲームとかはあるようだが、俺ルール知らんし、やる相手と言ったらシイカになるだろうから、コイツにも覚えさせることになる訳なので、大変そうで手を出していない。
まあ、その内気が向いたらルールを覚えるとしようか。面白そうだし。
ちなみに今俺が読んでいたのは、情報収集のためでも勉強用のためでもない、普通の物語である。へへ。
前世とは世界規模で文化が違うため、やはり感性や考え方も相応に違っていて、それが面白いのだ。
例えば……一人の強さ。
前世では、たとえどんなに強い人間がいたとしても、それは『個』でしかない。
一人で十人、二十人を殺せるような圧倒的な猛者であったとしても、『個』がどれだけ頑張ったところで、あげられる戦果は戦術次元のものに留まる。
仮にラン〇ーであっても、一個師団を相手に単身で勝てるか? そういうことだ。
逆に、こちらの世界では、極まった個であれば国すら落とせるらしい。
国落としの物語や、実話などが、本を読んでいると出てくるのだ。
魔法という技術によって、個人が持ち得る戦力が前世とは段違いで、個が戦略次元にすら関わってくるのである。
量より質。
それがこの世界における真理の一つであり、故に教育等の現場においても、集団を伸ばすやり方よりも個を伸ばすやり方の方が重視されており、それが当たり前のものとして受け入れられているのである。
そういう、魔法による前世との差異が本を読んでいるとよくわかり、逆に「あぁ、全然変わんねぇな、この辺りは」という部分もあって、面白いのだ。
「……こうなってくると、続きが読みたくなってくるな」
今読んでいたのは、シリーズものの第一巻である。
本当に熱中して読んだ後に来る、もっとこの作品世界に浸っていたいという欲求が、今沸々と湧き上がってきている。
しかも、続きが図書館に置いてあるのは確認済みなのだ。
……時間は、そんなに遅くない。
図書館、まだ開いているだろうか。
と、本を片手に持っている俺を見て、シイカが口を開く。
「そんな文字いっぱいの、よく読めるわね」
「そんなあなたのために私、こんなのを借りてきました。読んでみろ」
「……不思議な絵ね?」
俺が渡したのは、絵本。
ヒト社会に交じって暮らしてこなかったコイツならば……多分、気に入るんじゃないだろうか。
シイカは「ふーん……」といった感じで両手で本を掴み、そして尻尾でページをめくり。
「…………」
黙って、読み始める。
予想通りの反応である。
彼女の様子に俺は笑い、「そんじゃ俺、続きが気になるから、図書館行ってくるわ」と声をかけ、部屋を出た。
* * *
ありがたいことに、図書館は開いていた。
まだいた司書さんのおかげで、滞りなく借りたいものを借りて来られた俺は、上機嫌で寮へと戻る。
フフフ、今のこの、ワクワク感よ。
真に面白い本は、読む前からもう待ち切れず、堪らないのだ。
そうして、寮の内部階段を上り、ウチの部屋がある階の廊下に出て――お?
「あれ、フィオ?」
「! ユウハさん」
部屋から出てきたところのフィオと、偶然鉢合わせる。
「驚きました。同じ階だったんですね」
「な。全然気付かなかった。同じ寮で、こんな近い部屋なら、もっと早く気付いていてもおかしくなかったろうにな」
「フフ、まあ、クラスも違いますし、この学院は個人主義な面がありますから。意外と顔を合わせる機会は少ないのかもしれません」
確かに。
この学院は選択授業が多い関係上、生徒によって朝が早かったり遅かったりするし、飯時の時間もズレる。
洗濯や風呂なども全て自室で済ませられる以上、フィオの言う通り、同じ階に部屋があっても意外と顔を合わせる機会は少ないのかもしれない。
「その抱えている本からすると、ユウハさんは、もしかして図書館に行ってたんですか?」
「おう、面白いシリーズものがあって、続きがどうしても読みたくなってな」
「あれ、でもそれ、魔法書ですよね?」
「ん、こっちはな。司書さんに聞いたら良さそうなのがあったから、一緒に借りてきた」
「へぇ……意外と真面目なんですね、ユウハさん」
言葉通り、意外そうな顔をするフィオ。
「意外とは余計だ。……まあ、俺はお前らと違って、出発点が相当に低いからな。現時点で差がある以上、自分でも頑張らないと、一生追い付けねぇんだ」
「そうなんですか? ……そう言えばまだ聞いてませんでしたが、ユウハさんは何の魔法が得意なんです?」
「今のところ得意とかはないな」
適性のある魔法属性すら不明だしな。
「えっ……えっと、じゃあ何の魔法が使えるんですか?」
「おう、よくぞ聞いてくれた。つい最近、『ライト』の魔法が使えるようになって、これで使える魔法は三つだ!」
「……他の二つをお聞きしても?」
「『着火』の魔法と『温風』の魔法だ」
前世風に言うと、前者は『ライター』、後者は『ドライヤー』である。
後者に関しては、個人的にはドライヤー魔法と呼んでいる。
この三つは、全て『生活魔法』と呼ばれる魔法だ。
――魔力で生み出す現象は、あくまで疑似的なものである。
例えば、水。
魔法で水を生み出した場合、一時は濡れていても、その終了条件に至れば一瞬で渇く。
何故なら、全て魔力で構成された、偽物の水だからである。
だから、魔法で生み出した水は、飲み水とはなり得ない。
が、偽物であったとしても、それで身体を洗ったりすることは出来るのだ。
何でも補える訳ではないが、そういう日々に必要なものが生活魔法には揃えられており、こちらの世界だと一般的に使用されているのである。
魔力さえあれば電源などいらず即座に発動可能な訳なので、そういう面では前世よりも相当に手軽で便利だと言えるだろう。
故に俺も、真っ先にこの三つを覚え、今では無詠唱でも発動可能である。
と言っても生活魔法は、魔法の中でも相当に簡単な部類なので、詠唱があったとしても一節とか二節だけで済むのだが。
俺の言葉を聞き、フィオはしばし無言になった後、口を開く。
「……ユウハさん、どうやってこの学院に入ったんです?」
「ミアラちゃんのコネ」
「み、身も蓋もない言葉ですね……」
残念ながら、それが事実なもんで。
呆れた様子で、「そう言えば、学院長様が二人を誘ったって、前にあの人自身が言ってたっけ……」などと呟く少女に肩を竦め、それから問い掛ける。
「フィオの方はどうしたんだ? まだ飯食ってないとかか?」
「いえ、実は明日必要な教本を、教室に忘れてきちゃいまして……面倒ですが、取りに行かなきゃと」
「あぁ、なるほど。そりゃ面倒だな」
「本当ですよ。この徒労感。ため息を吐きたくなります。それに……」
と、そこでフィオは、こちらをじっと見上げてくる。
「あの、ユウハさん」
「おう?」
「えっと、その……ま、魔法を頑張らなきゃいけないって言ってましたよね! だから、今から付いてきてくれるなら、私がちょっとだけ魔法を教えてあげますよ!」
「え? そりゃ、ありがたいが、今から?」
「いえほら、誰かと話しながら一緒に行けば、徒労感も薄くなるかなと! そう思いまして」
「お、おう」
なんか知らんが、必死なフィオ。
どうした、コイツ……いや、待て。
そういや今、夜だったな。
教室がある中央棟の方とか、もう誰もいなくなっているだろうし、明かりも最小限だろう。
…………。
「うーん、でもなぁ。もう夜だし、そんな時間に教えてもらうっていうのは、フィオに迷惑だろうしなぁ」
「そ、そこは気にしなくて大丈夫です! 私が提案したことですし、暇潰しがてらのことですから!」
「そうかぁ。いやでも、無理してるんじゃないか? それは俺の本意じゃないし……」
「無理なんてして……もしかしてわざと言ってます、ユウハさん?」
「おう」
「……ばかっ」
バシバシしてくるフィオに、俺は両手で降参のポーズをしながら笑う。
「ははは、悪かった、悪かったよ。ちゃんと付いて行くから。な」
「…………」
ちょっと頬を赤くしながら睨んでくるフィオだったが、決してこちらを拒絶はしなかった。
――そうして俺は、夜中の学院を、彼女と共に歩く。
小さな物音にビクッとしたり、服の裾をちょんとだけ掴んでくるフィオに、和んだ。
空気読み。