ミアラの仕事
感想いつもありがとう、ありがとう……。
――学院長ミアラ=ニュクスが、彼女専用の研究室にてコーヒーを飲んでいると、コンコンと扉をノックされる。
「お、来てくれたね、魔女先生」
入って来たのは、ユウハ達の面倒を主に見ている教師、アルテリア=オズバーン。
ミアラの言葉に、一瞬固まってから、言葉を返す。
「……あの、それは、ユウハ君が?」
「うん、可愛いから、これから私も、そう呼ぼっかなって」
「……ご勘弁していただけると……」
気恥ずかしそうにするアルテリアに、愉快そうに笑うミアラ。
「フフ、その可愛いあだ名を付けてくれた、あの二人の様子はどうだい?」
「ユウハ君の方は、真面目に授業を受けてはいるのですが、やはり前提とする知識が足りていない分、ちょっと苦労していますね。ただ、彼の持つ魔の才能は、本物でした。恐らく、二年も学べば、実力はこの学院上位に入るかもしれません。……学院長様は、そこまで見抜いておられたのですか?」
アルテリアが見る限り、ユウハという少年が持つ魔法技能は、非常に高い。
世界各国から、才能ある者達だけが集うこの学院においても、彼の才能はずば抜けて高いのではないだろうか。
まるで、原石。
まだまだ未加工であるが、磨けば磨く程輝くのだろうということが、接しているとよくわかる。
「いや、そこまでわかってた訳じゃないよ。ただ、驚く結果じゃないかな。ぱっと見でも、彼の肉体が魔力と親和性が高そうだっていうのが感じられたからね」
「魔力に対する適性が高い、と? ですが、彼の魔力総量は、一般魔法士並だと思われますが……」
「魔力総量はね。でも、多分彼にとって総量は、意味のない評価だと思うよ」
「……どういうことでしょうか?」
「フフ、さあね。まだ私も、よくはわかってないからさ」
曖昧な、だが何か確信があるような口ぶりで、そう話すミアラ。
その真意を聞こうとし、だがアルテリアは、口を閉じる。
この様子では、彼女は、詳しいことは一切話さないだろう。
それは、本人の言った通り、まだ確証がないからか。
それとも、聞かせない方が良いと思っているからか。
ミアラの濁した言葉から、それだけの考えを読み取れるくらいには、二人は付き合いが長かった。
気を取り直した様子で、ミアラが言葉を続ける。
「シイカちゃんの方はどうだい?」
「あの子は……興味のあるものは、しっかりと学んでいます。どうやら、知識を得ることが新鮮なようですね。ですが、興味のないもの――というか、授業が面白くないと判断すると、すぐに寝ます。もう、本当すぐに」
アルテリアの報告に、ミアラは再び笑う。
「あははは、シイカちゃんらしいや。森での生活のせいで、もしかしたら寝られる時に寝るっていう習慣が身に付いてるのかもね」
「困ったものですよ。教師としては注意しなければならないとは思うのですが、そもそも前提知識がないのに、その応用知識を教わっても何も面白くないし、退屈だというのもわかるので……それに、しっかり基礎の基礎から教えてあげれば、面白そうに聞いてくれるというのも、わかっていますから」
小さく嘆息するアルテリア。
「フフ、ま、よろしく頼むよ。この一年で、他の子達と同じくらいのレベルにしてあげて。私の授業の方でも、ある程度は見ておくから」
――そうして話が一段落したところで、アリテリアが問い掛ける。
「それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「うん、実は、『五ヶ国会議』の日程が正式に決まったようでね。だから、君にそれを伝えておこうと思って」
「! なるほど……随分掛かりましたが、ようやくですか」
この大陸、『ガイア大陸』には、大国が五つ存在している。
人口、国土、生産力、魔法技術力、文化的影響力等々。
その五つの国において、特出している点はそれぞれで異なっているが、しかし共通しているものが一つだけ存在する。
それは――軍事力の強大さである。
その五か国のどれかが、仮に戦争を始めた場合、周辺各国は必ずその動乱に巻き込まれることとなり、大陸に大きな戦火が広がるのが確実視されている。
故に、国家間における利害調整を行う場として、数年に一度必ず『五ヶ国会議』が開かれていた。
「去年から、西の方でちょっとあったからねぇ。しょうがないよ」
「……フィオ=アルドリッジの国ですか。彼女をあなたの授業に呼んだのは、やはり……」
「あの子自身にも相当な才能はあるけれど、ま……保険の一つさ。出来れば機能してほしくはないけどね」
ミアラは、国家の元首ではない。
公的な身分として有しているのは、地方の一学院の、責任者という立場のみ。
言わば、ただの教職員である。
だが――彼女は、必ずこの会議に呼ばれていた。
「話はわかりました。私の方も、そのつもりで準備をしておきましょう」
国に関わる一大行事ではあるものの、数年に一度は行われていることであるため、心得たとばかりにそう話すアルテリアであったが……その時、ミアラの表情に真剣なものが宿っているのを見て、話はまだ終わっていないのだと、理解する。
「……何か、お気になされることが?」
躊躇するように問い掛けると、ミアラは少し重い口調で、答える。
「確証はない。確証はないんだけど……去年から、今年にかけての動き。その流れに、何か作為的なものが見える。ちょっと不自然だ」
「っ……何者かの関与があると?」
「わからない。でも、経験上こういう時には、実際に誰かが何かを裏でやっていることが多かった。だから私は、自分の経験則から来る勘を信じてる。――私がいない間、十分気を付けていてくれ。この学院で何か動きがあるとしたら、まず間違いなく私がいない時だ」
「……承知しました。学院の守りを、固めておきます」
アルテリアは、多少の緊張と共に、頷いた。
ようやく話が動いてくれたか……。