シイカの魔法《2》
――魔女先生の授業が終わり、部屋に戻った後。
「はふぅ……べっど、きもちい」
ぼふ、とベッドに寝転がるシイカ。
ご機嫌そうに、尻尾が揺れている。
「シイカ、制服のまま寝転んだらシワになるぞ」
「しあわせのしわー」
「制服に出来るのは不幸せなシワだ」
「不幸せなのは良くないわ。美味しいものを食べましょう。それできっと、世界は平和になると思うの」
「美味しいものを食べたかったら、先に着替えていただきたいですね、シイカさん」
「んー。しあわせのしわになるわねー」
「いや、だからシワを作るな言うてんねん」
我が同居人よ、脳みそが半分溶けてるぞ。
コイツ、普段からとぼけた言動をしている奴ではあるが、部屋に戻るとこんな感じで、さらにぽわんぽわんになるのである。
外だと、コイツも意外と気を張ってたりするのだろうか。
そこでようやく、「わかったー」と言ってシイカは、部屋着に着替えるため、隣の風呂場の方に行く。
散々言い続けたおかげで、最近シイカは、俺がいるところで着替えなくなった。
良い進歩だ。
このまま順調に常識を実装していってくれ。俺も頑張るからさ。
その後、俺もまたラフな格好になると、俺用の椅子に腰掛ける。
二人で暮らしている内に、どちらがどちらの物、というのは何となくで決まってきている。
まあ、別に厳密に決めてる訳ではないので、相手のものを使ったところで、特に何かを言ったりすることもないのだが。
ただ、シイカは自身の縄張りと示すためか、部屋にあるものには一通り匂いをつけようとする。
なので、布団を干した後とかは、なんかグリグリやっていたりする。
俺の布団にも。
……ベッドに入った際に、ふわりと漂うシイカの香りを感じ、正直ドキッとするものがあるので、勘弁してもらいたいものである。
「それにしても、原初魔法か……お前はそれ、どうやって発動してるんだ?」
先程の授業を思い出しながら問い掛けると、シイカはベットに寝転がったまま、答える。
「思うだけよ」
「思う?」
「ん。必要なものを、必要と思う。それで、魔力を込めると魔法になるわ。……多分、ユウハは、げんしょまほー? を使えると思うわ」
「そうなのか?」
シイカは、コクリと頷く。
「ん。じゅつしき? を使うより、ユウハには合ってると思う。私も、ちょっと違いがわかった」
「どんな違いがあるんだ?」
「ん。多分、じゅつしきの魔法は、疲れにくい。私のは、ちょっと疲れる、かも」
「……負荷がある、ってことか?」
「じゅつしきは、整ってるわ。でも私のは、そんな整ってないの」
大分感覚的な言葉だが……言いたいことは、わかるかもしれない。
魔法の行使は、つまり演算領域という肉体機能の行使だ。
全力で走れば息が切れ、疲れるように、魔法を使い続ければ疲労する。
聞いたところによると、頭が重くなったり、頭痛が出てきたり、気絶したりするようだ。
それでも無理をして使用し続けると、死ぬこともあるという。
まあ、普通は死ぬまで魔法を行使するのは無理だし、その前にストッパーが掛かって気絶するようだが。
ヒトが、全力疾走を続けられないのと同じ理屈だな。
肺が潰れるまで全力疾走し続ける、なんてのは普通は不可能な所業だ。
要するに、魔法の行使は少なからず脳に負荷を与える行為だということだが、その負荷の具合がシイカの原初魔法の方が大きいのだろう。
ヒト種の使う魔法は、術式という形でしっかり整理されている訳なので、その差だろうか。
「でも、じゅつしきだと、魔法が一呼吸分遅いわ。あと、形が決まってるから、融通が利かないの」
「なるほどな……一長一短な訳か。んで、俺はそっちの方が合ってると?」
「正しく言うと、ええっと……わかんないけど、でも合ってるわ」
……俺よりそこらへんの感覚は鋭いだろうし、コイツが言うのならばそうなのだろう。
「……思うだけで、魔法が発動するのか?」
「ん。純粋に、ただそれが必要だと思うの。あとは、じゅつしきのと一緒。魔力で形にして、発動するの。こんな感じ」
そう言ってシイカは、シュボッと手のひらの上に火の玉を発生させる。
「……もう一回頼む」
「ん」
シイカは、点けたり消したりを繰り返し、魔法の発動を俺に見せる。
以前魔女先生に同じものを見せてもらったが、ここまでスムーズではなかった、ように思う。
そして……術式を使って発動する魔法との差異も、感じた、かもしれない。
魔力の流れ。
魔法の発現の仕方。
何度も見せてもらうことによって、ここに、別の理が働いているのが、本当に何となくだが感じられたのだ。
「……サンキュー。試してみる」
俺は楽な姿勢になると、息を大きく吐き出し、集中する。
発動するのは、シイカと同じ火の魔法。
思う。
火。
燃焼。
酸素を取り込み、燃える。
魔力を動かし、想像を形にし――あ?
違和感。
何だ?
今、何か……わからないが、何かを見た、気がする。
別の理。
見た? 感じた? 何かがあった?
上手く言語化が出来ない。
自分の感じたものが、何なのかわからない。
だが、今、確かに何か違和感があったのだ。
「ん、失敗ね。でも、そんな感じで続けていたら、多分出来るようになると思うわ。途中くらいまで上手くいってたように見えるから」
「えっ、あ、あぁ……そうか」
シイカの声で、俺は我に返る。
失敗したのか。
……何だったんだ、今の感覚は。
「――って、あのな、お前ら」
集中していて全然気付いていなかったが、いつの間にか伸びて来ていたシイカの尻尾が俺の胴に巻き付いており、そして左腕で華焔を掴んでいた。
いつもの構図である。
「こっちは気にしないでいいわ。さ、頑張って」
「――――」
シイカの言葉の後、同意するような華焔の意思が伝わってくる。
……まあ、今更コイツらに文句を言っても、どうせ聞き入れられないのはわかっているので、俺はそのまま気にせず原初魔法の練習を続ける。
が、案外簡単に使えるようになった術式の魔法とは違い、こちらは難易度が高く、その日俺が原初魔法を使えることはなかった。
んー……難しいな。
形になりそうな感じはあるのだが、上手く発動しない。
出来そう、という感覚はあるので、無理ではないのだろうが……練習していくしかないな。
そして、感じたあの違和感。
あれは、ずっと残り続けていた。
シイカに聞いても「? よくわからないわ」と首を傾げるだけで、正体はわからなかった。
俺自身、全然上手く説明が出来ていなかったので、そんな反応をされるのも当たり前と言えば当たり前なのだが……。
わからないことばかりが、どんどん積み重なっていく。




