シイカの魔法《1》
キリの良いところまで書いたら、もっとほのぼの回を増やしていきたいね。
俺は、自らの内側に集中する。
感じられる力。
前世には存在しなかった、この、血のように巡る力。
大分これの扱いにも慣れてきた俺は、『演算領域』にて組み上げた術式に、練り上げた魔力で肉付けし――現象として、顕現する。
すると、俺の目の前に置いてある小さな水車のようなもの……回し車、というのだろうか?
それが、カラカラと一定の速度で回り始めた。
「おっ、出来た」
「おー」
隣でシイカが、パチパチと拍手する。尻尾もぺしぺしと机を叩いて拍手する。
今のは、何も使用しない、『無詠唱』による魔法である。
魔法自体は初級も初級のものだが、しかし演算領域にてしっかりと術式を作れていなければ、この水車っぽいのは回らないのだ。
「ん、流石ね。無詠唱の感覚は、これで掴めたかしら」
そう話すのは、魔女先生、アルテリア=オズバーン。
――現在は、彼女による補習授業の時間だ。
授業を受けているのは、俺とシイカだけ。
今のところ、俺達にとって最も必要である授業が、これだと言ってもいいだろう。
俺達が覚えなければならない知識の伝授の他に、日々の授業のわからない箇所の解説などもしてくれるので、この授業がなければ、もうとっくに付いていけなくなっていると思われる。
魔女先生の方も、本格的に授業が始まって忙しいだろうに、わざわざ俺達二人だけのために時間を取ってくれて、ありがたい限りである。
「そう、ですね。どういうものかは、理解出来たと思います。これが相応に難しい行為なんだっていうのも、理解出来ました」
魔法の要である、術式を組み上げる、という行為。
これは、数式を解くかのようであり、一枚の絵画を描くかのようでもあり、理論と感覚が同時にあるように思う。
計算も絵を描くのも、紙に実際にやった方が上手く形になるだろうし、正確にやれる。
だが、全てを脳内でやることも、不可能ではない。
詠唱したり、魔法陣を用いたりして魔法を発動するのと、何もなく全て脳内で行う『無詠唱』という技術にある差は、こういうものだと俺は思っている。
だから、『形』を隅々まで理解している魔法ならば、簡単に無詠唱でも発動出来るようになるが、そうではない術式の構築は難しくなるし、そしてたとえ形を覚えていたとしても、複雑な術式となる程無詠唱は難しくなっていき、魔法を魔法として整えるのが大変になる訳だ。
だから、本当に難しい複雑な術式ならば、しっかりと詠唱を行った方が良いという話だ。
無詠唱のメリットはその発動スピードの速さにあるが、それが発動しなければ意味はないのだ。
その辺りのバランス感覚で、優秀な魔法士と、そうでない魔法士の差が生まれるんだろうな。
「……先が長い」
「安心なさい。あなたは優秀よ。この調子なら、知識はともかく、技術に関してなら前半期だけでも追いつけると思うわ。――それじゃあ、次はシイカちゃんね。同じように、回してみて。一定にね」
「ん」
一定?
俺の時にはなかった条件を付けられたシイカは、尻尾を回し車に向け――魔法が発動する。
カラカラと勢いよく周り、が、速度が一定にならない。
ちょっと速かったり、ちょっと遅くなったりだ。
首を傾げるシイカ。尻尾も首を傾げる。
「魔女の人、一定にならないわ」
「……なるほど、大体わかってきたかしら。……フフ、まさかここでこんな風に、原初魔法のデータが取れるとは。面白いこともあるものね」
研究者らしい顔を見せた後、魔女先生は言葉を続ける。
「それは、ちょっと繊細に調整されているの。あなたはもう一度、魔法書を使って発動してみなさい。その感覚を覚えるのが、大事ね」
「むぅ~、難しい」
「……こちらからすると、あなたの使ってる魔法の方が、よっぽど難しいけれどね」
「先生、結局、シイカのはどういう違いがあるんですか?」
俺達が使う魔法と違い、『原初魔法』という特殊な魔法をシイカは使用しているって話だったが。
「全てがわかる訳じゃないけれど……まず確かなのは、原初魔法は術式を使っていないってことね」
「えっ……けど、術式がなければ、魔法は発動しないんじゃ……」
「そうね。だから、それに相当するようなナニカを演算領域にて展開しているのは間違いないと思うわ。でも、恐らくそれは術式とは全く違うもの。何なのかは、まだまだわからないわね。逆にわかったことも、今ので幾つかあるけれど」
魔女先生は、説明を続ける。
ヒト種が使う一般的な魔法は、つまり術式を使用して発動する魔法は、後から威力を変えることは出来ず、最初の術式構築の時点でそれを設定しておく必要がある。
対してシイカは、発動した後に魔法の威力を変えることが出来るようなのだ。
彼女が魔力を込めれば発動している魔法の威力が上がるし、逆に魔力を抜けば即座に消すことも出来る。
この即座に消すというのも、普通の魔法だと難しい。
構築が完了し、発動した時点で、すでに魔法は現象として半ば独立している。
だから、内部の魔力が尽きるまで、などの終了条件に至らなければ、消えることは通常ないのである。
勿論、火なら水をぶっかけるなどの対抗魔法を放ったり、術式にひと手間加え、魔法が完成した後も制御下に置いておくことで消すことは可能だが、そういうのがなくともシイカは同じことが出来るのだ。
「……なるほど、だから一定か」
「そういうことよ」
俺の言葉に、頷く魔女先生。
この、目の前にある回し車。
俺が使った魔法は、発動した時点で独立した現象となる。
だから、ちゃんと発動出来たのなら、速度が変わる、なんてことはなく常に一定に回り続ける。
外部から新たに手を加えなければ、そこに変化が起こることはあり得ない。
だが、独立しておらず術者と繋がったままの原初魔法だと、ちょっとの力みかなんかで速度が変わってしまうのだろう。
回し車を繊細に設定した、と言っていたが、そのことを確かめるためだったのか。
「シイカちゃんは詠唱とか一切しないけれど、多分それが基本なのよね。私達は技術として無詠唱を習得するけれど、シイカちゃんは元々必要がない。根本的な、魔法に対するアプローチ方法からして、違うものなんだわ」
「へぇ……なかなか、面白いですね」
「そう、そうなのよ! これだから魔法研究はやめられないの。一つわかったかと思えば、次々にもっとわからないことが出て来て、それを追いかけ続ける日々がどれだけ甘美なものか――」
と、興奮した様子を見せていた途中でハッと我に返り、ちょっと頬を赤くしながらオホンと咳払いする。
「……失礼、ちょっと熱くなっちゃったわね。さ、授業の続きよ」
この先生、こういうちょっと可愛いところあんな。