閑話:料理
流れをぶった切って閑話を投入。
書きたくなっちゃったので。
――とある日の授業終わり。
俺達は、部屋でのんびりしていた。
俺は、魔法の訓練をしたり、図書館で借りてきた本を読んだり。
シイカはゴロゴロしたり、長風呂したり、俺に尻尾を絡ませてきたり。
華焔は、基本的には何も言わず、好きな時に俺を吸い付かせ、魔力をチュウチュウと吸い。
そうして各々が好きに過ごしていると、ベッドに寝転がっていたシイカが、身体を起こす。
「そうそう。聞いて、ユウハ」
「おう、どうした」
「私は、進化する女なの」
「そうか。進化というと、その内尻尾が二本になったりするのか?」
「ん、いいわね。ゆくゆくは三本になって、今より三倍ごはんが食べられるようになりたいわ」
「おう、三本か。食費も三倍になって大変そうだな。それで絡まれたら俺、身動き取れなくなりそうだわ」
「それは素晴らしいわ。尻尾、三本ほしいわね。よし、今日から、尻尾を増やす努力をすることにするわ」
「そうか、頑張れ。ただ同居人として一つ言わせてもらうと、その努力は無駄になるような気がするから、やらんでいいと思うぞ」
「そう。ならやめとくわ。残念ね」
テキトーな会話がひと段落したところで、シイカはごろんとベッドに転がり――が、フルフルと首を横に振って、身体を起こす。
「いいえ、違うの。聞いて」
「尻尾を三本にする努力か?」
「違うわ。私は、進化する女なの」
「おう、まずは二本になるところからだもんな」
「…………」
「いてっ、いてっ、わかったわかった、悪かったって! ちゃんと聞くから! で、何だ、何に進化するんだ?」
するとシイカは、パシパシと俺を叩くのをやめ、薄い胸を張って、言った。
「えっへん。私、料理を覚えたの」
「……ほぉ! そうか」
それは、良いことだ。
うん、文句なく良いことだ。
「ゴード料理長に教わったのか?」
「ん。おいしいものが自分で作れたら、良いと思って。今日は、その成果を見てもらうわ!」
「おぉ……」
あのシイカが、立派になって。
同居人として、嬉しい限りである。
「そういうことなら、協力しよう。野菜洗ったりとか、切ったりとかするぞ。食材はどうする? 今から食堂で貰ってくるか?」
全然使っていないが、この部屋にはキッチンがある。
小さめで狭いのは確かなものの、道具は一通り揃えられており、火も使えるし水も使える。
食材等も、流石に多くは無理だが、言えば人数分を渡してくれるようになっているのだ。
改めてだが、この学院は相当に融通が利くようになってるな。
貴族とかが多いから、というのもあるのだろうが……そういう面で苦労はさせないという、ミアラちゃんの意思も感じられる。
ちなみに売店もある訳なので、そちらなら何の制限もなく食材類が買えるのだが、我々は完全なる無一文であるため売店利用は不可能である。
そう言えば俺、まだこちらの世界の通貨も知らんわ。実物を見たことすらない。
それでも、完全に衣食住が満たされ、しかも世界最高峰らしい授業を受けられるとあっては、ミアラちゃんには頭が上がらないばかりだ。
俺が有する謎の魔力の研究、というのはあるが、十分以上な対価を貰っていることは間違いないだろう。
「いえ、私がすべてやるわ。食材も、もう用意してあるの」
そう言ってシイカは、備え付けの小さな冷蔵庫を開ける。
中には、一通りの野菜類と肉類が入っていた。
いつの間に。
「おぉ……用意がいいな」
「だから、ユウハは、後ろで見てて」
「そうか? ……じゃあ、お言葉に甘えて」
俺が勉強机の椅子に腰を下ろすと、シイカは張り切ってキッチンに立ち、調理を開始する。
冷蔵庫から出した野菜を洗い、同時並行で尻尾が包丁を咥え、トントンと切っていく。
やはり超器用である。
そして丁寧である。
普段の残念さ具合から、何となくドジっ子属性でもありそうなものだが、全然そんなことはなく良い手つきだ。
とても、最近料理を学んだ、という様子ではない。
森で魔物を捌いてた時もそうだったが、コイツは元々、手先と、あと尻尾先が器用なのだろう。
それに、コイツは食べることが大好きだしな。
料理をする、という上でそれは、これ以上ないモチベーションになることだろう。
そうして、意外と料理の才能があったらしいシイカの調理の様子を、安心して横から見守り――やがて、完成する。
出来上がったのは、ステーキと、簡単な根菜のサラダ。
食欲をそそる良い香りが充満し、俺の空きっ腹を刺激する。
「うわ、美味そう!」
「ん、上手く出来て良かった。はい、ふぉーくとないふ」
「おう、サンキュー! ――よし、いただきます!」
「いただきます」
俺の後に、シイカもまた同じように言い、両手を合わせる。
俺が「いただきます」と言っていたら、シイカもまた真似して食事時にはそう言うようになっている。良いことだ。
肉を切り分け、ジュワァ、と肉汁が溢れ出るステーキの一切れを口に運び――ん、美味い!
「シイカ、美味いぞ!」
「ん。良かった」
手放しの称賛に、嬉しそうにするシイカ。
今回のこれが、そんなに複雑な料理じゃないことは確かだ。
切って、焼くだけ。
しかし、しっかりと美味いのだ。
味付けは薄過ぎず、濃過ぎずのちょうど良い具合で、焼き加減も絶妙である。
肉を焼いたりするのは、森でもしていたし、その点に関して言うとシイカは慣れているのだろう。
……こうなってくると、米が食いたいな。米が。
こっちの主食はパンなので、まだ見ていないのだが、ないだろうか、米。
流通とかもしっかりしてるっぽいし、どっかの国のが入ってきてないだろうか。
ゴード料理長に聞いてみるとしよう。
こういう時に米が食いたくなる辺り、自分も元日本人だと実感するな。
「フゥ……ご馳走様! シイカ、マジで美味かったぞ」
「喜んでくれたなら良かったわ。……でも、ちょっと量が足りないわ。もうちょっと焼けば良かった」
俺より先にステーキを平らげていたシイカは、物足りなそうな顔でそう言う。
「……よし、なら次は、俺が作ろう!」
「ユウハが?」
「おう、今回は美味いのをシイカが作ってくれたからな。そのお返しだ」
そう言って俺は、キッチンに立つ。
残っているのは……レタス等の野菜に、豚肉だな。
「シイカ、肉が続くけどいいか?」
「お肉はどれだけでも食べられるけれど」
なら、この豚肉使うか。
俺の方はもうお腹いっぱいなので、シイカ一人分を作るとして……よし。
何を作るか決めた俺は、調理を開始する。
野菜類を洗い、切り、湯を沸騰させ――ここまでやって気付いたが、俺、料理は普通に出来るっぽいな。
記憶が曖昧ではあるが、作ろうと思う料理はすぐに頭に思い浮かんだし、その調理も、特につっかえることもなく出来ている。
多分俺は、それなりの頻度で料理をしていたのだろう。
親が忙しかったりしたのか、それとも一人暮らしをしていたのか。
うーん……そこの部分は全然覚えていないが、まあ、役に立つ技能が俺にあるのならば、喜ばしいばかりだ。
そして、三十分くらいで俺が作ったのは――冷しゃぶ。
ガラス瓶に入っていたドレッシングがあったので、それを振りかけて完成だ。
このドレッシングも、前世のものとそん色ないくらい味がちゃんとしており、悪くない。
こういう細かいところで、この世界の文明力の高さを感じるものである。
「さぁ、出来たぞ、シイカ! 全部お前の分だから、遠慮せず食ってくれ」
すると、何故かちょっと複雑そうな表情になるシイカ。
「むぅ……」
「? どうした?」
「いえ……いただくわ」
我が同居人は、フォークで刺し、一口分を口に運び――そして、何故か俺をパシパシと叩き始める。
「…………」
「いてっ、いてっ、な、何だよ、美味くなかったか?」
「……いいえ。とってもとっても美味しかったわ」
「そ、それにしてはシイカさん、不機嫌そうですが」
「……私が、ユウハにごはんを作ってあげて、喜んでほしかったのに」
ちょっとぶすっとした表情で、そんなことを言うシイカ。
……そうか。
考えてみれば、シイカは頑張って料理を覚えて、それで俺に振る舞ってくれたんだよな。
にもかかわらず、俺の方も普通に料理が出来て、逆に振る舞われた、と
…………。
「……れ、冷しゃぶは簡単だから、手順を覚えればシイカもすぐ作れるようになるから! そ、それに、肉を焼いたりするのは、絶対シイカの方が上手いぞ!」
「…………」
「だから、今日のこの感触からして、シイカさんがもうちょっと慣れたら、俺なんか比べものにならないくらい料理が上手くなるんだろうなー! あぁ、同居人の料理がもっと上手くなったら、きっと最高だぜ! 今日のも超美味しかったし、わざわざ作ってくれてすげー嬉しかったし!」
「……ほんと?」
「ホントもホント、超ホントだ。ありがとうな、シイカ。これからのお前の料理が、メチャクチャ楽しみだ!」
「……なら、いいわ。これから、ユウハのごはん、時々でも作ってあげる」
必死に捲し立てた結果、シイカは機嫌を直してくれたようで、フフン、と上機嫌そうに尻尾を揺らす。
フゥ……セーフ。
思わず安堵の息を漏らしていると、何となく、壁に立て掛けた華焔から感じる視線。
「……何だよ、華焔。言いたいことがあるなら言えよ」
俺の言葉に、だが華焔は黙して語らず。
プイ、と俺から意識を逸らし、黙ったままなのである。