慣れてきた日々
――学院が始まってから、少し経った。
まだまだ戸惑うことは多いが、ここでの生活にも、若干慣れ始めたとは言えるだろうか。
今更だが、一週間は七日間で、一日も二十四時間。
それぞれの月の呼び方は前世と違うが、一年が十二か月というのは変わらず、日数も三百六十日と、ほぼ地球の暦と一緒である。
なかなかに、面白い現象だ。
もしかすると、人間のようなヒト型生物が発生し、繁栄が可能な環境は、地球とそんな変わらないのかもしれない。
魔法があるためか、魔物や、シイカみたいな種族が存在しているが、しかしそれだけだ。
基本となる環境が似通っている以上、そこから生み出される生態系もまた、似通るのだろう。
悩んでいた選択授業は、魔女先生やミアラちゃん、ゴード料理長に色々聞くことで、すでに全て決めてある。
つっても、実は三分の二は「あなた達は、これを取っておきなさい。基本だから」と魔女先生に言われたものにしてあるので、俺達が選んだものは少ない。選択授業とは。
あと、勿論シイカが選んだのは、全て俺と同じ授業だ。
必修授業の中には、興味が持てないものもあったらしく、横を見たらすでに寝ているというのが数回あったが、選択授業の方はそんなことはなく、面白そうな様子で学んでいた。
多分魔女先生が、初心者向けで、かつシイカが興味を持つ内容のものをちゃんと選んでくれたのだろう。
うん、やっぱあの先生、優秀だな。
個人授業を受けていた際にシイカの反応を見て、何に興味を引いて何に興味を引かれなかったのかを、しっかり見ていたのだと思われる。
んで、シイカが興味を引くような授業は、同じく知識ゼロの俺からしても、面白いのだ。
魔法実験の授業とかな。
小学校でやった理科の実験が、やたらと面白かったのを覚えているが、それに近しい感じだ。
そうして本格的に授業が始まったので、カル以外のクラスメイトとも、幾らか話すようになった。
よく話すのはカルだけだが、まあこの短期間ならそんなものだろう。
……ぶっちゃけ、若干避けられている気がしなくもないし。
やっぱり俺達は、大分異物みたいだな。
珍しい種族のシイカだけじゃなく、俺もだ。
魔法に関して無知なのに、この学院に来ているというのが、相当アレなのだろう。
常識等についても、残念ながらあるとは言えないし。
故に、授業が始まる前の今――俺は、同クラスの男子生徒に説教を受けていた。
「全く……こちらとて、同級生にあまり言いたくはないが、少々目に余るぞ。武具の持ち込みは、原則禁止だったはずだ。許可を取っているのだとしても、覆いをしておくのが礼儀だろう」
厳しい顔でそう言ってくるのは、メガネを掛けた、茶髪の男子生徒。
彼の名前は、ジオ=ルオンド。
背は俺と同じくらいなのだが、姿勢が良いので、何となく背が高くも見える。
人種は人間。
授業の中で知り合った。
「あー……すまん。これには、やむにやまれぬ事情があるんだ。俺も覆いをしようとは思ったんだが……拒否されてな」
「拒否?」
「おう、だから、悪いが見逃してくれ。俺にはどうしようも出来ん。いや、マジで」
彼が指摘しているのは、俺が持ってきた、華焔である。
今朝、部屋を出ようとしたところで、俺に自身を掴ませたのだ。
突然何だと聞いてみると、伝わってきた意思は、「暇、共、欲」というもの。
どうやら、部屋に放置されるのは暇だから、自分も連れて行け、ということらしい。
言いたいことはわかるので、まあしょうがないかと、こうして持って来ていた。
どうせ、俺が拒否しても指から離れないだろうからな。
「……ならば、あまり人目に付かないよう、気を付けるんだ。余計な不興を買いたくはないだろう。あと、トーデス・テイルの君。前々から思っていたが、君は寝過ぎだ。この学院に来た以上、勉学を目的としているのだろうし、もっと真面目に授業を受けた方がいい」
超真っ当な意見に、だがシイカは頷かない。
「えー、だって、面白くないんだもの。ひっしゅーの授業」
「お、面白く……な、何を言っているんだ、君は。確かに難しい授業は多いが、それが必要なものだとはわかっているのだろう?」
「いえ、別に必要でもないけれど。面白くないのなら、睡眠の方が大事ね」
「……ユウハ、君の方から、彼女に言ってくれないか。彼女と親しい仲なのだろう?」
「すまん、コイツはこういう奴なんだ」
そう答えながら、俺は少し驚いていた。
正直、シイカは怖がられている面がある。
やはり、対外的に見て『トーデス・テイル』という種は、恐れられる対象なのだろう。
だが、ジオは一切そういう面を見せず、本当にただの同級生として接しているのがわかる。
マジの善意で、俺達を気遣って注意しているんだろうな。
それは、なかなか出来ることではないだろう。
と、彼は、わかりやすくため息を吐き出す。
「……とにかく、ちょっと悪目立ちしているぞ、君達。気を付けた方がいい」
「了解、委員長。心配してくれてありがとな」
ちなみに彼は、別に委員長の役職には就いていない。
「いいん……? いや、感謝の必要はない。これは、ただのお節介というものだ。褒められるようなものじゃない」
照れ隠しという訳でもなく、淡々とそんなことを言う彼を少し不思議に感じていると、教室に入ってきた魔族の友人、カルが、俺達のところにやって来る。
「おはよう、ユウハ、シイカ」
「おう、はよ、カル」
「おはよう、カル」
そして次に、カルはジオの方を向く。
「ジオもおはよう。今日も君のメガネは、良いメガネだね」
「おはよう。挨拶が適当過ぎるぞ、カル」
「お? 何だ、お前ら。知り合いなのか?」
親しい感じで挨拶を交わす二人にそう問い掛けると、カルは楽しそうに笑って、ジオは苦笑気味の様子で、それぞれ話し始める。
「うん、家の関係で、ちょっとね。ジオのところは代々近衛騎士の家系で、だから規律とかそういうのにうるさいんだけど、許してあげてね」
「ユウハ、この男はかなりの気分屋だ。振り回されないように気を付けるんだぞ」
「安心してよ、ジオ。どちらかと言えば、振り回されてるのは僕の方だから」
気安げな様子の二人に、俺の口から意外な声が漏れる。
「へぇ……人種も違うし、となると出身国も違うんだろ? なのに、そんだけ絡みがあったのか?」
「まあね。腐れ縁という奴さ。――それよりユウハ、何だか物々しい剣を持ってるけど……それは?」
華焔を見て、若干引き攣った表情になるカル。
「コイツは華焔だ。色々あって、俺が所有者になっちまった。全く、勘弁してもらいたい――いてっ、ちょ、待っ、わかった、わかったって! 悪かったよ!」
俺の言葉が不服だったらしく、俺の腕を操って自身を掴ませ、何かチクチクと刺すような魔力をこちらに流し込み、抗議してくる華焔。
「……その剣は、もしかしてインテリジェンス・ウェポンなのかい?」
「おう、そうだ。ミアラちゃんところで貰った――貰わされたものだから、よく知らんが」
「ミアラちゃん……え、ユウハ、もしかしてそれって、学院長様のこと?」
「ゆ、ユウハ、君は学院長様のこと、ミアラちゃんなんて呼んでいるのか!?」
「え、お、おう。本人がそう呼んでって言ってたからな。お前らも、多分話せばミアラちゃんって呼んでくれって言われると思うぞ」
「……とてもじゃないけど、そう言われたからって、気軽に『ミアラちゃん』なんて風には言えないよ。ユウハ、君、やっぱりとんでもないね」
「……何者なんだ、ユウハは」
そんなこと言われましても。