華焔
――百数十年。
次元の魔女との戦いに敗れてから、すでにそれだけは経過しただろうか。
その間、ソレは、ずっと待ち続けていた。
時折フラッとやってくる次元の魔女に、どうでもいいような雑談を延々と聞かされることはあったが、それも数年に一度のことである。
誰かを連れて、彼女がこの場に訪れることは年に一度あるのだが、その時は別に話し掛けてこないので、一対一で話す機会はもっと少ないのだ。
ソレは、次元の魔女と同じく時間という概念が希薄であるため、待つという行為に孤独を覚えたり、忌避感を覚えたりすることはなかったが……やはり少々、退屈ではあった。
退屈だし、外に出て生物でも斬りたい、と思うことがあったのは、否めない事実である。
ある日、その欲求を伝えると、次元の魔女は困ったような顔をする。
「えー、でも君、人斬るじゃん。いっぱい。ファーレン公国が滅んだのだって、君が人を斬り過ぎちゃったせいなんだよ?」
そう言われても。
そもそも、自身は武器である。
元より、戦うために生み出された道具。
殺すことが本懐であり、そこに文句を言われても困るのだ。
そこを否定することは、自らの存在を否定することに他ならないのである。
「うーん、まあ、それはわかるんだけどね? 私だって、そうと造られた時から、ずっと同じようにあり続けてる訳だし」
だったら、こちらの欲求もわかるはずだ。
この身にとって、生物を殺すことは根底に据えられた唯一の価値観であり、人を斬るなと言われるのは、生物に呼吸をするなということと同じなのである。
そう伝えると、しかし次元の魔女は内心の見えない笑みを浮かべ、否定する。
「いいや、それはどうかな? 確かに、武器というものが、敵を倒すための道具であることは否定のしようもない。ただ効率良く殺すため、造られるものだ。でもね、倒す、殺す、という行為は、あくまで手段なんだ。手段には、必ず目的が付随している」
……何が言いたいのか、よくわからない。
「君は、生き物を殺すために造られた。けれど、何故殺すのか、何故戦うのか。自らが武器であることを誇るのならば、表層の結果のみを見ずに、その理由までをも見るべきだ。――私は、君には正しい目的で使われる剣になってほしい」
……であれば、早く次の所有者を連れて来てほしい。
そういう契約なので、待てるだけ待ちはするが、ここからまた何十年も何百年も待つのは、流石に退屈だ。
「あはは、ごめんごめん。悪いけど、もうちょっと待っててよ。世界は広いんだ、君を手にしても問題のない子は、どこかには必ずいるさ。だから、退屈だっていうのなら、代わりに私が面白い話をしてあげよう! 実は以前に話した研究が、一つ先に進んで――」
そうして、いつもウンザリしてしまう、興味のない研究の結果が一方的に話され続ける。
全く、研究者というものは、自分の世界に没頭しているせいで、他者への配慮が欠ける傾向にある。
この幼女も、普段は教育者らしい姿を見せているようだが、箍が外れるとすぐにこれである。
まあ、百年以上の付き合いなので、心を許してくれている、と見ることも出来るかもしれないが、別に嬉しくない。元々敵同士だし。
適当に返事をして、聞き流している内に彼女の話は終わり、再び待つ日々が続くのだ。
* * *
――どれくらい経っただろうか。
またある時、ヒトの気配がやって来たのを感じる。
珍しい。
一人分ではなく、数人分の気配だ。
次元の魔女が誰かを連れてこの場所へ訪れる際は、基本的にはあの幼女と、未熟な魔力を持つ生徒らしき者が一人、という構成である。
どうやら、ここには高い能力を持った将来性のある子供を連れて来ているようなので、今年は豊作なのか――なんてことを思っていた時、ソレは、気付いたのだった。
見たことのない、溢れんばかりの光。
最初は、何だかわからなかった。
圧倒され、そして、理解する。
その正体は、魔力である。
混じり気がなく、純粋で、無垢なる魔力。
いつか、次元の魔女が話していた、『――――』。
そうか、これが……。
何かを欲す、ということがなかったソレは、生まれて初めて執着するという行為を行い――。
* * *
自室にて。
「もう、そんなのまで拾ってきちゃって。ペットは……えっと、何だったかしら。忘れたわ」
恐らく、ちゃんと世話出来るのか、的なことを言いたかったのだろうシイカだったが、途中で不思議そうな様子で首を傾げる。
尻尾も首を傾げる。
ペットっぽいと言ったら、お前の尻尾の方がペットっぽいぞ。
「何を言わんとしているのかはわかるが、しょうがないだろ。決して俺が望んだ訳じゃないぞ」
「でも、そうやって魔力まであげちゃって。ずるいわ」
現在、俺の右手は、華焔を握らされている。
握っている、ではなく、握らされている、というのがポイントである。
そして、チュウチュウと魔力を吸われていた。
自身の体内から、少しずつそれが抜かれていくのがわかるが、俺は抵抗せず好きなようにさせている。
俺に血を吸いたいという意思を伝えてきた華焔だが……それは、「ヒャッハー! 生き血をよこせぇ!」みたいな、ただ生物を斬り殺したいからという理由ではなかったらしい。
華焔は刀であり、無機物だが、俺達と同じく意思が存在している。
だから、俺達と同じように、糧を必要とするのだそうだ。
俺達のような肉体を持つ生命体ではないので、別に何も糧を得なくとも、そのまま存在し続けることが可能ではあるそうだが、それはつまり『空腹』状態である。
万全の状態からは程遠く、現在出せる出力は全体の三パーセント程度なのだとか。
どうやら、危険性を排除するべく、ミアラちゃんが意図的に力を落とさせていたようだな。
……それでも、俺が感じ取れるだけの魔力が渦巻いているのだから、やっぱりコイツ、相当にヤバい魔剣であることは間違いないのだろう。
そういう訳で、血がほしい、というのは食事がしたい、ということと同義であり、だが血なんてそんなすぐに用意出来るものではないので、ちょっと困っていると、今度は代わりに俺の魔力がほしいと言われたため、こうして吸われている。
血じゃなく、魔力もまた糧となるらしい。
これは、言わば華焔に力を与える行為である訳だが……ミアラちゃんが何も言わない以上は、問題ないのだろう。
「むぅ、ずるいから、私も」
と、俺の左腕に尻尾を絡ませてくるシイカ。
コイツの方は別に、俺の魔力を吸い取ることはなく、単純に絡ませているだけだが。
「あなた。ユウハの魔力は、私のよ。新入りなら、私にも一言あるべきだわ」
「お前はいったい何を言っているんだ」
俺の当然の疑問は、しかしスルーされ、シイカは華焔と会話らしきものを続ける。
「……むっ、むむぅ。でも、それは私の役目」
何と言われたのかわからないが、腕を組み、難しそうな顔をするシイカ。
「……シイカ、お前、そんなしっかり華焔の意思がわかるのか?」
「? えぇ。ユウハも話してたじゃない」
「いや、俺のは朧げな意思を拾ってるだけだから、そんなハッキリわからないんだが……」
「カエンは、魔力に意思を含ませてるから、それを感じ取れれば、わかるわ」
「……そ、そうか」
え、当然でしょ? みたいな、きょとんとした顔をするシイカに、俺はただそれだけを返す。
これは俺が魔法の素人だからわからないのか。
それともコイツの感覚がずば抜けてるだけなのか。
……まあ、後者だとは思うが。
そこからも、何事か言い合っていたらしいシイカと華焔だが、やがてお互いが納得する条件でも決まったのか、シイカが重々しい様子で「うむ」と言いたげに一つ頷く。
「ん~……わかった、それなら、まあ、いいわ! じゃあ、よろしく、カエン」
「……どういう交渉が纏まったんだ?」
「ひみつ」
「……ひ、秘密?」
「ん、ひみつ」
シイカはそれ以上答えることなく、「じゃあ私、お風呂入るから」と浴室の扉の向こうに消えていった。
俺は、華焔の方を見るが……華焔もまた、何かを答えることはなく、ただチュウチュウと俺の魔力を吸っていた。
何なんだ、いったい……。
さあ、華焔はどんなになるかなー。




