魔の深淵
その後、フィオとシイカもまた遺物を一つずつ選び、俺達は元の研究室へと戻った。
フィオが選んだのは、杖。
四千年がどうの、と言っていた杖である。
シイカが選んだのは、ブレスレット、らしきもの。
形状が気に入ったらしい。
フィオは相当悩みまくって決めたようだが、シイカの方は、フィーリングでパパっと選んでいた。
こういうの、性格が表れるな。
で、俺は、呪いの魔剣で決定である。
この遺物は、学院を卒業するまで貸し続けてくれるそうで、つまり最低でも四年間は共にあるということだ。
「……嫌過ぎる」
「インテリジェンス・ウェポンかぁ……それも、相当な曰く付きの。学院長様も、相変わらずのイタズラ好きねぇ」
ちょっと同情した様子で苦笑するのは、アリア先輩。
「イタズラで済む範囲なんすか、これは」
「フフ、そう言いたくなる気持ちもわかるけれど、学院長様が大丈夫と仰られたのなら、本当に大丈夫なのよ。それで、君のためになるというのも、本当なのよ。そのことだけは、信じていいわ」
「……まあ、そうなのかもしれないっすけど」
別に俺だって、ミアラちゃんが悪意を持って俺に刀を押し付けた訳ではないとは思っているが……悪ふざけは確実にあったと思うのだ、アレ。
とりあえずあの人に、愉快犯気質があることは学んだ。
「それにね、あそこには一つ、特殊な魔法陣が張られているみたいなの」
「魔法陣、ですか?」
「えぇ。『相応しき者に、相応しきを』。どういう術式で、どういう原理なのかは全くわからないんだけれど、あの宝物庫ではヒトの無意識領域下に働きかけて、その者が最も必要としている遺物を選ばせるそうなのよ。……まあ、君の場合は選んだんじゃなくて、選ばれたみたいだけど」
クスリと笑うアリア先輩。
……それでも、ミアラちゃんが止めなかった以上、俺にとって最もためになるのがコレだと、彼女は判断したのだろう。
ため息を一つ溢し、俺は傍らに置いた刀を見る。
銘も無き、なんかヤバそうな逸話がいっぱいあるらしい刀。
今は、手を離しているためか、特に意思のようなものが伝わってくることはなく、不気味な圧力だけを放って沈黙している。
そう、俺が受け入れた後は、謎の吸引能力は発揮せず、こうして手を離すことが出来ていた。
が、きっと、仮に捨てようとしたら、また指が吸い付いて離すことが出来なくなるのだろう。
ミアラちゃんの話では、俺が気に入られた、とか言っていたが……これもまたシイカの時みたいに、俺の魔力が特殊らしいことが理由なのだろうか。
ちなみに、宝物庫では抜き身の状態で置かれていたのだが、今は綺麗な造りの鞘に納められている。
ミアラちゃんが、どこからともなく持ってきてくれたのだ。
「……そういや、この授業を受けてるってことは、先輩も遺物を一つ選んだんですよね? 先輩は、何を選んだので?」
「私? 私はねぇ……これよ」
そう言って彼女は、傍らに置いていたものを、俺に見せる。
それは、石板だった。
厚みはあまりなく、大きさはノートと同程度。
ただ、本当にただの石の板だ。
何かが彫られている訳でもなく、光沢のあるのっぺりとした表面だけがそこにはあった。
「これは、『ゲート・ストーン』。ここには、世界の理が書かれているんですって」
「……書かれている?」
「そう。『魔の深淵』の入り口とも言える情報が、書かれているそうなの」
……ということは、石板の元の所有者であろうミアラちゃんは、それをすでに確認しているということか。
「魔の深淵、ですか。入学式でミアラちゃんも言ってましたけど、何なんです?」
「そうねぇ、色々な使われ方をする言葉ではあるけれど……学院長様が話すそれの意味は、一つだけね」
「――魔の深淵かい? それは、私が話そう」
と、そこで、フィオとシイカの面倒を見ていたミアラちゃんが、会話に参加する。
「ユウハ君は魔法を学び始めたばかりだけれど、魔法は無属性が中心にある、っていうのはもう習った?」
「はい、魔女先生――じゃなくて、アルテリア先生に教わりました」
「え、君、アルテリアちゃんのこと、魔女先生って呼んでるの? あはは、いいね、可愛い呼び名だ。私もこれからそう呼ぼうかな」
「あら、アルテリア先生に魔法を教わってるの? あの方、魔法理論に精通してて、教え方も上手いから、わからないことはいっぱい聞くといいわ」
愉快げに笑うミアラちゃんに、先輩らしいコメントをするアリア先輩。
ミアラちゃんはひとしきり笑った後、笑みは浮かべたままだが、少し口調を真面目なものにして言葉を続ける。
「うん、これは、それの延長上の話さ。全ては『無』から始まったと考えられている。何もない、ゼロから、ね。だが、無は無だ。何も存在せず、何も動かない。時、空間、そんな概念も存在しない。けれど、そこから全てが始まり、世界は生み出された。つまり、無は無ではなかった」
何もないのならば、そこから何かが生まれることはあり得ない。
である以上、『無』には何かがある。
……何となく、ビッグバンを思い起こす話だな。
「何かがあり、もしくは何かが外から作用し、世界は、魔法は生み出された。私はそれを、その深淵を探っている。ずっと、ずっとね」
ミアラちゃんは、やはり、笑みを浮かべている。
だが、その瞳だけは酷く真剣で、どこか遠くへと意識を馳せているようだった。
彼女の放つ空気に一瞬呑まれ、何も言えなくなり――が、すぐにその空気は霧散し、いつものようなにこやかな笑みに変わる。
「アリアちゃんも、頑張ってね。解析は七十パーセントくらい進んだみたいだし、あとちょっとさ。その知識を得た時、君の魔法能力は確実に一段階は伸びるよ」
ミアラちゃんの言葉に、困ったような顔になるアリア先輩。
「残りの期間で解析が終了するか、心配ですよ。三年と少しかけて、それですから。解析が終了した後も、その考察をまとめないといけないですし……」
「大丈夫、私がそれが何なのか理解するのには、七年掛かったよ。現時点でそこまで解析出来た君は十分優秀だし、その石板と君は、相性が良い。どうにかなるさ」
「……あの、ミアラちゃん。ずっと気になってたんですが……結局ミアラちゃんは、何歳なんですか?」
「肉体年齢は、身長、体重から見て、人間の九から十二歳ってところだよ」
「……そ、そうっすか」
恐る恐る問い掛けるも、有無を言わせぬにこやかな笑みでそう答えられ、俺は何も言えなくなる。
アンタッチャブルである。
「それより、その剣の話をしよう。安全性を高めるために、その子に銘を付けてあげるといい」
「銘を……?」
ミアラちゃんは、コクリと頷く。
「名を付けるという行為は、古来より強い関係を結ぶための儀式だよ。名は、対象の在り方に必ず影響を及ぼし、在り方を縛る。その剣が過去、災禍を振りまき続けていたのは、名という『枷』を付けられずにいたことも要因の一つだと私は考えてる。――だから、所有者となる君が銘を付けるんだ。その子に相応しい、在り方を示す銘を」
俺は、口を詰まらせながら、言葉を返す。
「……随分と、責任重大ですね」
「君なら大丈夫さ。シイカちゃんから聞いたけれど、彼女の名前も君が付けてあげたんだろう? 君なら良い銘を付けてあげられるよ」
「…………」
……名付けるという行為。
確かに俺は、それをシイカにも行っている。
彼女が俺にこだわる理由の一つには……あるいはそれも、あるのかもしれない。
刀に触れ、鞘から刀身を抜き放つ。
……もう、こうなったらしょうがねぇ。
グダグダ言い続けても意味はないし、言われた通り、良い銘を考えてやるとしよう。
血のような、濃い紅色の刀身。
渦巻く魔力。
ジッと見詰め――そして、決める。
「お前の銘は、『華焔』だ」
すると、刀は――華焔は、ジッと俺を見てくる。
いや、勿論、目がある訳ではないので、あくまで比喩なのだが、何となくこちらを見ているような気がするのだ。
華焔は、しばしそうしていた後、言葉のような、漠然とした文字のイメージを俺へと伝えてくる。
朧げでわかりにくいが……ええっと……血、吸、欲……。
……血を吸いたい、ってことか?
「……ミアラちゃん、やっぱりコイツ、嫌なんですが」
「シイカちゃんと同じ感じで、面倒見てあげてね」
相も変わらず、楽しそうにニヤニヤしているミアラちゃんだった。
こうして俺は、呪いの魔剣を手に入れた。
いらないんだけど……。




